異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

76話 似てるけど違う -2-

公開日時: 2020年12月12日(土) 20:01
文字数:2,133

「ヤシロさん」

「のほぅっ!?」

 

 突然ドアが開き、そこからジネットが顔を出した。

 ……心臓、飛び出すかと思った。

 

「……あ、あの……わたし、ひょっとしてタイミングが悪かったでしょうか?」

「い、いや、……ちょっと驚いただけだ。気にするな」

 

 俺はもちろんだが、ジネットもなんだか焦った表情を見せている。

 お互いにドキドキとして、向かい合わせで各々の胸を押さえる。

 心臓が痛い……

 

「それで、なんだ?」

「あ、そうでした。エステラさんのキノコのお話がとても面白かったので、夕飯にキノコを使った料理を出そうかと思うのですが」

 

 あいつは、どこのキノコ大使なんだよ?

 

「ほうれん草とキノコのソテーはお好きですか?」

 

 そう言って、手に持ったほうれん草を掲げて見せる。

 

「美味そうだな」

「では、それをお作りしますね」

「あぁ。そこに卵を落とすとさらに美味くなるぞ。半熟目玉焼きっぽくなるようにな」

「卵…………確かに、美味しそうですね」

 

 ポパイエッグってヤツだ。ベーコンが入っていると、なおグッドだな。

 味が想像できるだけに、期待もひとしおだ。

 夕飯と言わず、今からちょちょっと作ればいいのに。

 

「あ……」

 

 ミリィが、いつもの消えそうな声ではなく、比較的はっきりとした声を上げる。

 何かに気付いたようで、ジネットの持つほうれん草を凝視している。

 

「どうかしましたか、ミリィさん?」

「それ…………違う。ニセモノ」

 

『ニセモノ』と、ミリィはジネットの持つほうれん草を指さして言う。

 ……ニセモノ?

 

 言われて、俺もジッとその『ほうれん草』を見つめる。

 確かに、葉っぱがほうれん草というには少々ギザギザしているような……ほうれん草の葉っぱはもっと丸みがある。それに、茎も少し太いか……

 

「それは、臭ほうれん草……」

「ク、クサホウレンソウ!?」

 

 なんだ、それ?

 また異世界独自の奇妙な植物か?

 

「とても、泥臭くて……食べられない」

「そうなんですか?」

 

 と、ジネットが葉っぱを一齧りする。

 

「んっ!?」

 

 途端に口を押さえ、ジネットが悶絶する。

 体をよじり、身もだえる。「んっ! ん~っ!」と、鼻から苦しそうな息を漏らし、眉を切なげに歪ませる。…………なんか、エロいぞ、ジネット……

 

「く…………臭いです……」

 

 食堂経営者の意地なのか、ジネットは決して口にしたものを吐き出すことはなかった。

 しかし、相当きつかったのだろう。両目が真っ赤に染まり、涙目だ。

 

「これは……食べられません」

 

 心底悲しそうに呟く。

 ……そんなに臭いのか?

 

「どれ……」

「あ、やめた方が……」

 

 ジネットの言葉も聞かず、俺はその臭ほうれん草を一齧りする。

 

 ……栽培したヤツを殴り倒したくなった。

 

「クッッッッッッッッサッッッッッッッッ!?」

 

 俺はジネットほどお行儀よくないので、即座に吐き出した。

 その後、口に残った唾液もすべて吐き出してやった。

 なのにまだ臭い。ずっと臭い。

 なんだこれ!? 呪いか!?

 

「……ぅぅ…………夏の日差しで熱せられたアスファルトが突然の雨で濡れていく時のにおいがする……」

「あすふぁると?」

「いや……なんでもない…………気にしないでくれ……」

「土……いえ、泥臭いですよね……」

 

 なんだよこれ、なんでこんなもんがウチに……

 

「アッスントに騙されたのか?」

「あ、いえ。これは昨日、四十区に行った時に購入したものです。帰り道で見かけた露天商で……」

「……四十区で騙されたのか…………」

「いえ……わたしが勝手に勘違いして…………お安かったものでつい……ですので、騙されたというよりかは、わたしが無知であったという方が正確です」

 

 いや、こんな食えもしないものを売っていたこと自体が悪だ。

 知らない人間を引っかけてやろうとする悪意がひしひし伝わってくる。

 

「ぁの……四十区は、ほうれん草の栽培が盛んで…………でも、中には美味しいほうれん草が作れない人もいて……」

 

 ミリィが、そんな四十区のほうれん草事情を教えてくれる。

 味が悪いから騙してでも売りつけようってのか……ろくでもねぇヤツだ。

 

「悪気は、ないの……でも、あの人たちも……どうしていいか分からなくて……」

 

 ……ん?

 あの人たち?

 

「ミリィ。この臭ほうれん草を作ってるヤツに心当たりがあるのか?」

「…………ぅん。幼馴染」

 

 びっくりだ。

 世界って狭いんだな。

 

 でもあれ?

 

「じゃあ、ミリィは四十区の子なのか?」

「うぅん……もともと、ネックとチックは…………ぁ、幼馴染の双子の子は、四十二区にいたの。ウチと一緒で生花ギルドに所属していたんだけど、二人のお父さんがある日突然、『ほうれん草始めます』って……」

 

 冷やし中華でも始めるような軽いノリで心機一転、四十区へと引っ越してほうれん草農家を始めたらしい。

 だが、新参者に優しくする農家はなかったようで……まんまとハズレのほうれん草を掴まされちまったってわけだ。

 

「ぁ……でも、ネックとチックはお花を探す名人なの。だから、ソレイ……」

「おっと! ミリィ……それは、オフレコだ」

「……ぉふ?」

「ないしょ、な?」

「…………ぁ。うん。ないしょ」

 

 ジネットをチラリと見て、ミリィは納得したように頷いた。

 そして、嬉しそうににっこりと微笑む。

 

「てんとうむしさん……やさしい」

 

 何をもってそんな感想に行き着いたのかは知らんが……やめてくんない? なんかむず痒いから。

 

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