「ヤシロさ~ん!」
ジネットが、ジネットなりの全速力でやって来る。
なんだか物凄い慌てっぷりだ。
「よかった……、投獄されたわけではなかったんですね」
ん~、やっぱり正確には伝わらなかったか。
昼時に合わせて弁当を持ってきてもらおうと思ったのだが、俺がいきなり陽だまり亭に戻ると――
ドア「ガチャー」
着替え中の女子「きゃー!」
――みたいな事件が起こりそうだったのでエステラんとこの庭掃除を手伝っていたハムっ娘に伝言を頼んだのだ。
「監獄にいるから、弁当を持ってきてほしい」と。
で、その結果が……
「あの、『今、監獄にいて陽だまり亭に戻れないから、お弁当を持ってきてほしい』と伝言をいただきまして……」
ん~……間違ってはいないんだが、解釈によって意味がどうにでも取れちまう玉虫色の伝言になっちまったな。
なんとなく予想はしてたけど。
「それで、みなさんが『ついに……!?』と」
「よぉし、その『みなさん』を具体的に教えてくれるか?」
「あ、いえ。みなさん、心配されただけですから、ね?」
心配されること自体が不服だっつの。
かくいうジネットも、相当慌ててやって来たようだし。……あり得ないとは、言い切れなかったんだろうな。くそ。
「それで、あの、お弁当です。ヤシロさんの好きな、川魚の唐揚げを入れておきました」
はは……好物持ってきてくれるとか、マジで面会だな。捕まってねぇわ。
「そっちはどうだ?」
「はい。みなさんとりあえず体力は戻られたようで、普通に動くことが出来るようになりましたよ」
「そうか」
「今はデリアさん指導の下、『軽い運動』をされている最中です」
デリアが指導をしている時点で、絶対に『軽い』なはずがない……いや、デリアにしてみれば『軽い』んだろうが、俺ら視点で見れば猛特訓や重労働に分類されてもおかしくないレベルの運動に違いない。
「悪かったな、昼飯前に呼び出しちまって」
「いえ。実は、お昼は少し遅めにとる予定なんです」
というのも、長らく偏った食生活をしていたアホっ娘トリオの胃を無理なく正常に戻すために、軽い食事を複数回、時間を空けて食べるようにしているのだそうだ。
ちょっとずつ複数回飯を食うのは、消化って観点から見ると合理的ではある。ただ、満腹感が堪能できないから俺はあまり好きではないが。
「明日からは、普通にダイエット教室になりそうです。レジーナさんの検診でも異常はありませんでしたし」
「来てたのか、レジーナ?」
「はい。いきなり無茶をすると体を壊すからと、朝の早い時間から来てくださいまして、今も一緒に見守ってくれているんですよ」
へぇ……あいつがねぇ。
「それで、ノーマさんがお家でも出来る簡単なお料理をみなさんに教えるとおっしゃってまして、お昼はノーマさん任せなんです」
「イメルダは何をしてるんだ?」
「えっと…………『完璧なナイスバディを見て目標になさいまし』と、水着姿でみなさんの前をうろちょろと……」
「何やってんだ、あいつ……」
「で、でも、そのせいかみなさん奮起されていまして」
「『絶対見返してやる!』ってか?」
「はい……うふふ、そんな感じです」
まぁ、それだけ元気があるなら大丈夫か。
「ホントよかったよ、手遅れになる前に気が付けて」
「そうですね……」
呟いて、ジネットはあごを引き、視線を地面へ落とす。
気付けなかったことへ自責の念でも抱いているのか、それとも、強引に連中の世話を焼くと言ったことを申し訳なく思っているのか……
「お前が反省することなんかないだろう?」
「いえ。わたしがわたしを許すことが出来るかどうか……これもまた、自分勝手な感情なんですが……」
あはっ……と、無理が見え見えの笑いをこぼす。
そんなお前には、この言葉を贈ってやろう。
「ジネット」
「はい?」
「懺悔してください」
「ぁ…………くす。はい。懺悔します」
自分の罪と向かい合い、忘れないため、そしていつか自分自身を許すために。
「嬉しいです。ヤシロさんが、覚えていてくれて」
くすぐったそうに自身の体を抱いて、覗き込むような上目遣いで俺を見てくる。
やめろ。連れ去りたくなるだろうが。
「……ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた後、「えへへ……」と照れ顔ではにかむ。
あれぇ、これって持って帰っていいやつだっけ? 枕元に置いときたい。
……はっ!?
いかんいかん。
もう少しで本当に投獄されるところだった。
とりあえず話題を変えておこう。
「陽だまり亭を休んだことで、変な罪悪感はないか?」
「はい。……えっと、変な気分ではありますが」
陽だまり亭が完全に休業となるのは、店舗改装の時以来か。
三十五区遠征の時は、屋台で営業してたしな。
「陽だまり亭のことを大切に思ってくださる方は、ありがたいことにたくさんいてくださいます。それと同時に、陽だまり亭にもまた、大切にしたい方がたくさんいます。そんな方々の力になれるのであれば、お休みも悪くないと……最近は思えるようになりました」
かつてのジネットは、陽だまり亭を休むことをどこかで怖がっていた節があった。
店を閉めれば、そのまま店がなくなってしまうとでも考えていたのかもしれない。
少なくとも、一人で店を切り盛りしていたころなら絶対に店を休んだりはしなかっただろう。どんなに客が来なくとも。どんなに荒れた天候の日でも。
けど、ジネットは変わった。
それと同時に陽だまり亭も変わった。
今ならちゃんと理解できるはずだ。
一日二日休んだところで、陽だまり亭はなくならないと。
ジネットは、ちゃんと陽だまり亭の店長としてレベルを上げている。
逞しくなったものだ。
まぁ、売り上げや利益って部分に全然目が向いていないから、経営者としてはまだまだ赤点だがな。
「でも、このあとちょっとムムお婆さんのところに顔を出そうかとは思っているんですが……」
陽だまり亭で茶を飲むのが日課だというムム婆さん。
ジネット的にも、ムム婆さんの顔を見ないのは落ち着かないらしい。お前も日課になってんじゃねぇか、ムム婆さんと茶を飲むのが。
「それから、マグダさんの様子も見てこようと思っています」
昼飯の準備をノーマがするということで、ジネットには時間があるらしい。
ジネットが顔を出せばマグダも喜ぶだろう。
………………はっ!?
「ジネット、カンタルチカは危険だ」
「へ?」
あそこには、ジネットのことを邪な目で見てやがった客がいる。
そんな場所にジネット一人で行かせるなんて……
「俺も行こうかな。一緒に飯でも食うか?」
「あ、いえ。お昼時はお忙しいでしょうから、ちょっと顔を見てすぐに帰ろうかと……ノーマさんが、わたしの分も作ってくださると言ってましたし」
「あ、そうなのか」
まぁ、ぱっと行ってぱっと帰るなら大丈夫か…………いやしかし、酔っ払いはたちが悪いからな……って考えるとマグダやミリィも心配になってくるわけだが………………よし!
「ここの武器庫にメイスがあったから、それを持っていくといい!」
「いえ……わたしは、そういう物の扱いはちょっと……」
「なら俺が指南してやる! 動きやすい服に着替えて、再度ここに集合だ!」
「ヤシロさん、落ち着いてください。大丈夫ですから。ね?」
甘い! 甘いぞ、ジネット!
どれくらいお前が甘いか、今この場で俺が実践してやろうか!?
後ろから羽交い締めにして荒ぶる大きな二つの膨らみを……うっしっしっ…………ってぇ! だから、それしたら投獄だから、俺!
「……分かった。でも十分気を付けてな。知らないオジサンに声をかけられてもついて行くなよ。お菓子あげるとか言われてももらっちゃダメだからな」
「あの、ヤシロさん……わたしは子供ではありませんよ?」
バカ!
お前はそこらの子供よりも無防備だから言ってるんだろうが!
「怪しい謎の一流シェフに『新しい料理のレシピを教えてあげよう』って言われたらついて行くだろう!?」
「えっと……一流のシェフは謎ではないのではないかと……」
そんなことはどうでもいいのだ!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!