異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

197話 大豆があるのに -1-

公開日時: 2021年3月19日(金) 20:01
文字数:3,072

「これが、一晩浸け込んだ大豆じゃ」

「「おぉ~……っ!」」

 

 元のサイズの二倍ほどに膨らんだ大豆を見て、エステラとアッスントが声を漏らす。

 俺も初めて見た時は驚いた。「どんだけ乾いてたんだよ、豆!?」ってツッコミそうになったもんだ。懐かしいなぁ、小学校の社会科見学。

 

 というか、アッスントの声がわざとらしい。

 

「こんなに大きくなるものなのですねぇ! いやはや、驚きました!」

「…………無理せんでいいのじゃ。おぬしは知っておるのじゃろう、どうせ」

「い、いえっ! この工程は存じ上げておりませんでした。いやはや、勉強不足でお恥ずかしい!」

「…………何事も、中途半端というのは一番イカンのじゃ。聞きかじった知識をひけらかしているようでは、いつか大きな恥をかくことになるからのぅ」

「う…………肝に銘じておきます…………」

 

 盛大に空回っている。

 というか、リベカの中でアッスントに対する好感度が急降下している。

 今は何を言っても逆効果だと思うぞ。ちょっと黙っとけよ。

 

「それでの、エステラちゃん。この大豆を、今度はまたたっぷりの水で煮ていくんじゃが、四時間も煮込めば親指と小指で押し潰せるくらいに柔らかくなっての……」

 

 身振り手振りを交えてエステラに味噌作りの工程を説明するリベカ。

 それを「へぇ~」とか「え、そんなに!?」とか、子供が好みそうな反応を次々返すエステラ。あいつのあの聞き上手は天性のものなのかね。

 

「リベカ様。味噌はともかく、今は豆板醤のお話を。ここにいらっしゃる方は皆様、お暇ではございませんので」

 

 ぴしゃりと言って、そそっとこちらに目配せをするバーサ。

 俺たちがこの後二十四区の領主に会いに行くということを知っているのか……単純に他区の領主を長く引き留めておけないと思っているのか…………いい加減、リベカに仕事へ戻ってほしいのか………………最後が有力候補だな。

 

「なんじゃ。みんながわしのクイズを楽しんでおったというのに……のぅ?」

「それじゃあ、また今度ゆっくりとクイズ大会を開こうか?」

「おぉ、大会かぁ! 面白そうじゃな、それは! さすがエステラちゃんじゃ!」

 

 エステラ『ちゃん』が馴染まず、名を呼ばれるたびにエステラの頬が微かに引き攣る。

 嫌がってはいないようだが。

 わちゃわちゃとやかましいお子様はエステラに丸投げして、こっちはこっちで話を進める。

 

「アッスント。頼んでおいた物は持ってきてくれたか?」

「はい、もちろんですっ!」

 

 己の領分に入るや、アッスントが生き生きとし始める。

 やはり、どう触れていいか分からないお子様の相手をするより、こっちの方が気が楽なのだろう。

 

「二十四区の商人に言って、高品質のものを用意しておきましたよ」

 

 そう言って差し出されたのは、見事な太さのキュウリだ。

 触れると痛みを感じるくらいにしっかりとしたトゲを持つ新鮮なキュウリ。

 これで豆板醤の味を見てみようというわけだ。

 

「小皿にお取り分けいたしますか?」

「あぁ、そうだな。頼むよ」

「では……」

 

 バーサが、小さな壷から豆板醤を掬い取る。

 赤茶けたいい色合いの豆板醤が小皿へとよそわれる。深い香りが鼻孔をくすぐる。まだまだ熟成は足りないが、豊かな香りだ。

 

 バーサの持ってきた壷は小ぶりで、片手で持てる程度のサイズだ。

 おそらく、別の場所で保管されている豆板醤を小分けにして持ってきたのだろう。こういうのは、あまり空気に触れさせるのもよくないからな。

 

「ヤシロ様。食べやすい細さにカットしておきました」

 

 バーサが豆板醤をよそう間に、ナタリアがキュウリを縦長にカットしていてくれた。

 その際、舌に刺さりそうなトゲは除去されていた。キュウリのトゲくらい気にしないのに、几帳面なヤツだ。

 

 そして、『ザ・野菜スティック』みたいな形状になったキュウリに豆板醤をつけて、齧る。

 

「辛っ!」

 

 刺さるような辛みが味蕾を襲う。

 舌の奥側、両サイドがピリピリと痛む。

 豆板醤は熟成させるほどに、この刺々しい辛みがまろやかになっていくのだが、まだまだ刺激が強過ぎる。

 

 だが、美味い。

 

「うん。確かに辛い……けど、美味しいね」

「そうですね。深みがあって、複雑な味わいです」

 

 エステラとナタリアが顔をしかめながらそんな感想を寄越す。

 いや、辛いんだよ、マジで。決して不味くて顔をしかめているわけではない。

 

「このまま熟成させてくれれば、かなり美味い豆板醤が出来るはずだ。さすが職人だな、リベカ」

「むふふん! 当然なのじゃ。さぁさ、遠慮せずもっと褒めるといいのじゃ」

 

 これでもかと鼻を高くするリベカ。

 初めてでこの味が出せたのなら、存分に調子に乗るといい。

 

 この出来上がった豆板醤(未成熟)をもらって帰りたい。

 こいつがあれば、陽だまり亭に加えようとしている『アレ』の試作品が作れるかもしれない。

 豆板醤を使った大人気メニュー。

 押しも押されもせぬ、中華料理の代表格。

 

 麻婆豆腐。

 

 あれが作れれば、絶対にヒットする。

 

「なぁ、リベカ……」

 

 頼みたいことがあるんだが…………と、俺が言う間に、リベカの方から話を持ち掛けられた。

 

「のぅ、我が騎士よ。一つ頼みたいことがあるのじゃ」

 

 それは、出来る限り潜めた小声で、それでいて切実で、俺にだけ訴えかけるようにこっそりともたらされた要求だった。

 

「これで料理を作ってほしいのじゃ」

 

 料理。

 ん、まぁ、以前アッスントに託した『豆板醤もどき』ではなく、本当の豆板醤を使った料理に興味があるってのは分かる。分かるんだが……なぜ小声?

 

「リベカ様。もっと大きなお声で話されてはいかがですか?」

「う、うるさいのじゃ! これは、わしと我が騎士との、二人きりの秘密の相談なのじゃ!」

 

 訳知り顔のバーサ。

 あいつは、リベカのこの不可解な行動の理由を知っていそうだ。

 こそこそと人目を盗んで行われたお願い。その意味を。

 

「豆板醤の味を見てみたいけれど、あまりに辛くて泣いてしまうので、何かお子様でも食べられる料理はないですかと、はっきりお聞きください」

「な、泣いてないのじゃっ! それにお子様でもないのじゃ!」

「そうやって意地になるのがお子様の証拠です」

「違うのじゃ違うのじゃ! わしは大人なレディなのじゃ!」

「その語尾と一人称も、大人っぽく見せたい一心で無理やり始めたことではないですか」

「ぬぁぁああ! バラすななのじゃあー!」

 

 バーサに飛びかかり、小さい拳でぽこぽこと叩く。

 バーサは柳に風と言わんばかりに無反応だ。きっと、ちっとも痛くないのだろうな、リベカパンチは。

 

 というか、あの「わし」とか「~じゃ」ってのは大人っぽく見せるためだったのか…………大人っぽくを通り越してババアっぽくなってんじゃねぇか。

 

「ふ、ふんじゃ! バーサは意地悪じゃ! 自分ばっかり歳を取って、ズルいのじゃ!」

 

 いや、歳はみんな平等に取っていくもんだよ。……俺は若返ったけれど。

 

「いい加減、私と張り合うのはおやめください。年齢に関しては覆しようがないのですから」

「そんなことないのじゃ! 『バーサはいつまでも若い』って、工場のみんなも言っておるのじゃ! 子供じゃ、バーサは!」

 

 いや、それは単なる褒め言葉だぞ、リベカ。

 

「いいえ! ババアです!」

 

 言い切ったな!? まさか自分で言うとは!

 

「若いのじゃ!」

「若者と同じ口調で話しても、ミニスカにチャレンジしてもババアです!」

 

 チャレンジしたのか、バーサ!?

 

「ん~~~~んっ! バーサは若いのじゃ! わしと変わらんのじゃ!」

「いいえ! 三百六十度、どこから見てもババアです! 老若男女、誰の目にもババアです! 二十四時間、変わらずババアです!」

「ズルいのじゃぁああーっ!」

 

 ……お前らの価値観が、よく分かんねぇよ。

 

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