異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加83話 一時帰還してみれば -2-

公開日時: 2021年4月5日(月) 20:01
文字数:3,261

「えーゆーしゃ!」

 

 ロレッタが次なる難関に挑む中、テレサがキラキラした目で俺を見上げてくる。

 教えてほしいらしい。

 というか、その時間を稼ぐためにちょっと難易度を上げたのか?

 だとしたら、こいつはなかなかやり手だな。いい講師になるかもしれん。

 

「じゃあ、テレサ、ちょっと座れ」

「ぁい!」

 

 ロレッタの使っているテーブルの隣に座って、ロレッタのところの木板を一枚奪って、テレサに分数の説明をしてやる。

 木板の表面をナイフで削って文字を消し、まっさらになった面にインクで数字を書き込んでいく。

 

 分子÷分母というのはもちろん、分数を使えば割り切れない数を分かりやすく視覚化できることを教えてやる。

 なぜかジネットとエステラも同じテーブルに座って俺の話を興味深そうに聞いていた。

 いや、お前らはなんとなくでも知ってるだろうが。

 

「普段から『1/3』とかよく使っているけど、こうして説明されるとすごく腑に落ちるね」

「そうですね。『0.333……』という表現では分かりにくいですからね」

 

 普通に計算が出来るエステラとジネットだが、なぜその計算の答えが導き出されているのかという点には無頓着だったようだ。

 知っているヤツにとっては「常識」なことが、知らない者には「大発見」だったりするからなぁ。勉強ってやっぱ偉大だわ。

 

「……マグダの『1/2』は『かわいい』で出来ている」

「じゃあ残りの『1/2』はなんなんだよ?」

「……『エロス』」

「狩猟の要素皆無でいいのか、お前は」

「……じゃあ、『狩猟の腕前』も『1/2』追加で」

「一人分、超えちゃってんじゃねぇか」

「……マグダは実は1.5人いる」

「はみ出すな」

「……じゃあ、『1/3』ずつにする」

「そーしとけ」

 

 このように、理解さえしてしまえば冗談にも使えるのだ。

 

「え? 『1/2』が三つで1.5人になるですか? ちょっと待ってです、計算してみるです………………式が分からないです!?」

 

 ――と、まだちょっと追いついていないヤツもいるが。

 

「そういえば。イメルダはどうした?」

 

 客のいない陽だまり亭はまったりとしていて、ついつい普通に勉強会を開いてしまったが、今は普通に営業中なのだ。

 イメルダのヤツ、手伝う約束なのに帰ったんじゃないだろうな?

 

「イメルダさんには、『面倒くさい担当』をお願いしているです」

「……え? また何か来たの?」

 

 可能性が高いのは、イメルダの家に置き去りにされたマーシャか。

 もしくはルシアがハム摩呂目当てにやって来たのか……

 

「誰が来たんだ?」

「おねーしゃ!」

 

 ロレッタに尋ねた質問の答えはテレサからもたらされた。

 あぁ……バルバラかぁ。

 何を仕出かしたのか知らんが、それは確かに面倒くさそうだ。

 

「バルバラ、今度は何をやらかした?」

「いや、やらかしたとは、ちょっと違うですけど……実はですね」

 

 ロレッタが何かを言いかけた時、俺の背中に『ずしん!』と、突然何かが覆い被さってきた。

 突然の出来事に思わず悲鳴が漏れた。

 

「おぅどぉぉおおおおおおおん!?」

 

 咄嗟に振り落とすと、そいつは「ぎゃっ」と短い悲鳴を漏らして床の上でもんどりうっていた。

 よく見れば、それはバルバラだった。

 

「……何やってんだよ、バルバラ」

 

 急に背後から襲いかかってきやがって! 一瞬心臓が「きゅっ!」っていっちまったじゃねぇか!

 俺の暗殺でも目論んでやがったのか、こいつは?

 ちょっと痛い目に遭わせなきゃならんようだな……と、バルバラを睨みつけると――

 

「ぇ…………ぇぃ……ゅぅ…………!」

 

 両目に涙をいっぱいに溜めた、なんともうるうるした目で見つめられて、正直、ちょっと怯んだ。

 ……え。何泣いてんの、こいつ?

 

「ぇぇええええぃゆぅぅううううう!」

 

 大粒の涙を飛散させながら、バルバラが俺にしがみついてくる。

 がっちりと両腕で拘束され、胸に埋められた顔が高速でグリングリンこすりつけられる。

 痛い痛い痛い! 痛いけど、それ以上に、何この状況!?

 俺、何かした!?

 

「はぁ……やっと剥がれましたわ」

 

 厨房から、ぐったり顔のイメルダが出てくる。

 肩を手で押さえて、腕をぐるぐる回している。

 さっきまであそこに乗っかってたんだろうなってのがよく分かる。

 

「何事だよ、これは?」

「昨日のオバケコンペが怖かったらしいですわ」

「えっ、いまだに!?」

 

 オバケコンペが終わってから、一夜明けてるんだぞ?

 昨日の夜に「思い出しちゃって怖~い」とかなら、まぁ分からんではないが、昼にはまだ早いとはいえ太陽はもう随分高い位置にあるだろうが。

 こんな朝っぱらからオバケが怖いとか、お前はバカか?

 つか、怖がり過ぎだろうが。もし仮にオバケがいたとしても、お前と出くわしたらオバケの方がお前を怖がると思うぞ。ガサツで乱暴だし。

 

「あのな、バルバラ……」

「離れちゃ、ヤダぁ~!」

 

 オバケなんか怖くないと言い聞かせてやろうと思い体を引き剥がしたら、一層強い力で抱きつかれた。

 というか、縋りつかれた。

 

「ぇ……英雄…………おねがい、アーシから離れないで…………おねがぃ……」

「…………」

 

 弱々しく、ぷるぷる震えて、泣きながら縋りついてくるバルバラ。

 俺の中でバルバラのキャラが崩壊していく。

 

「はっ!? お兄ちゃんがちょっとほだされてるです! か弱い女の子モードにまんまとやられて優しくしなきゃモードに移行しかけてるです!」

「……ヤシロ、チョロ過ぎる」

 

 やかましい。

 男ってのはな、泣きながら「頼れるのはあなただけ」って縋りつかれて邪険に出来るようには出来てねぇんだよ。

 この状況で縋りつく女を足蹴に出来るのは極悪人だけだ。

 ……まぁ、俺も極悪な最凶詐欺師ではあるのだが……いや、ほら、詐欺師は面と向かって非道を働いたりしないから。

 困っているなら助け(るフリをし)てやるものさ。ただし、その後で法外な謝礼を請求、ないし気付かぬうちに掻っ攫っていくだけで、見捨てたり突き落としたりはしないもんなんだよ。詐欺師って、スマートな生き様が売りだから。

 

 それに、ヤップロックとウエラーがいい物を食わせてやってるんだろうな――ちょっと大きくなってるじゃないか、バルバラ!

 運動会の時は精々Bだったが、今はCマイナーというところか。半年ほど栄養価を気にした食事を心がければDだって狙えるぞ!

 頑張れバルバラ!

 

 と、そのための先行投資だ。うん。

 

「はぁ……しょうがねぇな」

「……ヤシロ、陥落」

「お兄ちゃん、最近、ちょっと心配になるくらいチョロ助です」

 

 やかましいよ、お前らは。

 二人揃ってチョロいチョロいと……誰に言ってんだ、こら。

 もし俺が乙女ゲーのキャラなら、全キャラクリア後にようやく解禁される隠しキャラばりの高難易度だっつぅの。

 

「おい、バルバラ」

「やだ! 離れない! 怖いもん!」

 

 怖いもんって……

 もん、って……

 

「おねーしゃ、夜、ずっとこゎかったの」

「まさか一睡もしてないのか?」

「寝たらオバケ来るもん!」

 

 来ねぇよ。

 ……来ない、よな? な?

 うん、来ない来ない。

 オバケなんてのは寝ぼけたヤツが見間違えただけだ。

 

「おねーしゃ、朝になったら、かげ、こゎいって」

「ドツボだな、お前」

「離れちゃダメぇ! 離れると影出来るからぁ!」

「実はですね、お兄ちゃん。バルバラさんは、『影が追いかけてくるー!』って号泣しながら陽だまり亭に飛び込んできたです」

「いや、それ、当たり前だろ……」

「……マグダは割と萌えた」

 

 いいよな、お前は他人事を貫けるもんな。

 萌えてられる状況じゃねぇんだよ、巻き込まれた者はよぉ。

 

「……あまりに騒がしかったので、生け贄……もとい、適任者になすりつけ……委託した」

「本音が建て前より前に来ていますわよ、マグダさん!?」

 

 こういう時って、マグダはうまいこと被害を避けるよなぁ。ズルいよなぁ。

 

「押しつけられて以降、ずっとおんぶオバケでしたわ」

「オバケ!? おんぶしてるとオバケ来るのか!?」

「おんぶオバケはあなたですわ!」

「アーシ、オバケだったのか!? いつ死んだ!?」

「言葉の綾ですわ!」

「ことばのあや? なんだ? 必殺の技、みたいなもんか?」

「全然違いますわよ!?」

 

 なんだよ。

 意外と大丈夫そうじゃねぇか、バルバラ。

 

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