異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加24話 KJI in NTA -4-

公開日時: 2021年3月30日(火) 20:01
文字数:2,847

 その後、ほどなくして俺たちは各々の持ち場へと散らばっていった。

 ウーマロはニュータウンへ戻り入場門等大道具の手配と小道具作りの人員派遣を、イメルダは木こりギルド四十二区支部へ戻り木材の選出を行う。

 ノーマも一度金物ギルドに戻り、ライン引きの作成を男衆に伝えてくることになった。……自分で作りたいと渋っていたけれども。用事が終わり次第、会場となる広場へ来て小道具作りに参加してもらう。

 トルベック工務店の工房を借りようかとも思ったのだが、玉入れの籠とか、そこそこ大きな物もあるし、会場で作っちまった方が移動の手間が省けるだろうと判断したのだ。

 先祖代々の天気予報術を継承しているナタリア曰く、しばらく雨は降らないそうだからな。

 

 ウクリネスとアッスントは、各々「自分なりに必要だろうな」と思うものがあるようで、さっさと帰っていった。あいつらのやることなら、こっちから口を出さなくてもうまくやってくれるだろう。丸投げでOKだ。

 

 で、ウッセは「一応運営委員だからな。今晩から会場近辺を若い連中に見回らせるぜ。道具とか、壊されると困るんだろ?」なんてことを言って、その手配へと向かった。

 なんだかんだで、混ぜてもらえて嬉しかったようだ。

 

 デリアとパウラとネフェリーは……省略する。

 張り切り過ぎだ、あいつらは。

 

 そして、教会の前まで戻ってきた俺たち。

 ベルティーナと別れる前に伝えるべきことを伝えておく。

 

「ベルティーナ。ハムっ子を何人か使いに出してくれ。手の空いている弟妹は広場に集合。あと、何人かはミリィのところへ行って細工用の竹をもらってきてくれって」

「はい。そのように伝えておきますね」

「あと――」

 

 運動会の運営よりも重要な役割が、ベルティーナにはある。

 

「新しいパンの審査を頼む。なるべく早めにな」

「はい! そちらはもう全力で準備を進めていますよ」

 

 昨日。ソフィーと共に教会へ行った俺は、新しいパンの技術を教えてやるとベルティーナに告げた。

 ただし、いくつかの条件をつけて。

 

 一つは、新しいパンが貴族専用にならないこと。貴族が独占するためのパンなら、俺は極刑を食らってもその技術を教えないと、強く訴えておいた。貴族連中のためにタダ働きをしてやるつもりは毛頭ない。

 その点はベルティーナも賛同してくれて、「利権のための道具にはさせません」とはっきり言ってくれた。どんな身分の人間でも、きちんと食べることが出来るようにと。

 

 二つ目に、使用する小麦を限定しないこと。

 これも利権を生まないための手段だ。貴族砂糖みたいに、どこかが出し渋って流通を操作されたのではパンの価格が暴騰してしまう。それをさせないよう、様々な区の小麦を使用することを条件に盛り込んだ。

 

 そして三つ目に、パンにランクをつけてもらうよう要請した。

 つまり、貴族様専用の超高級な、オシャレでラグジュアリ~なパンと、貧乏人用の安ぅ~いド低級なパンを作り、階級を明確に分けるのだ。

 貧乏人の多い外周区で超高級パンを売ったところで、誰もそれを買えない。その結果売れ残りパンが無駄になる。おまけにパン職人の利益が減る。

 そんなことにならないように、パンにランクを付けるのだ。

 外周区にはランクの低いパンを、中央区にはランクの高いパンを置いてもらう。

 

 こうすることで、貴族によるパンの独占を防ぐことが出来る。

 なにせ連中は、安価で味も一級品であるサトウダイコン由来の甜菜砂糖を『貧民砂糖』などと呼んで忌避しているのだから。

 わざわざランクの低いパンを貧乏人から巻き上げて独占しようなどとは考えないだろう。

 

 つまり俺は、新しいパンの技術を教えてやる代わりに、『そのパンが平等に行き渡ること』を条件に挙げたのだ。

 四十二区のガキどもが毎日でも柔らかいパンを食えるように、な。

 

「ランクが低い」と、「B級C級」と、「高貴な自分の口には合わない」と、好きなだけ見下せばいい。味は変わらん。

 むしろ、名目上ランクを下げることで貴族が寄ってこなくなるなら万々歳だ。

 

 そして、最後に。

 情報提供者の個人情報を徹底的に秘匿してもらう。

 それが俺であることはもちろん、陽だまり亭の関係者であることも、四十二区の人間であることも、すべて隠してもらう。

 理由は簡単。厄介ごとを呼び込まないためだ。

 革新的な技術は、トラブルを巻き起こす要因になるからな。

 

 その点は、ベルティーナもよく分かっていて、最初から情報提供者に関する情報は秘匿するつもりだったようだ。そもそも教会がそういった方針であるらしい。

 

 ま、四十二区発のパンを貴族様がありがたがって貪り食うなんて、教会としても隠しておきたいだろうしな。

 逆に、売名行為に教会を利用されたくないとすら思っているかもしれない。

 

 なんにせよ、俺にとっては好都合だ。

 

 ……俺の名が轟いてしまったら、ゆくゆく、俺がこの街一番の詐欺師になる際、足枷になるからな。

 

 というわけで、パンの試作は四十二区の教会にて秘密裏に行われることになる。

 試作に立ち会うのも審査するのもベルティーナになるとのことで、俺はパン職人にも教会の偉いさんにも会うことはないらしい。

 下手に顔を合わせてコネを作らせないためなのだろう。主食たるパンを作るパン職人も、そして当然教会の関係者も、このオールブルームではかなりの力を持つ組織だ。悪用しようなんてヤツは五万といるだろうからな。

 

 俺の作り方を見て、レシピをもとにベルティーナが教会関係者に作り方を伝え、そして、教会の人間がパン職人にレシピを伝えるのだそうだ。……うわぁ、すげぇ不安。

 

 分かりやすいレシピを作ってやらなきゃな。

 パンは美味いものだと広まってくれないと…………俺が儲けられなくなるからな。

 

 ふふふ……

 俺が技術を無償提供すると思った?

 当然稼がせてもらうに決まってるじゃないか。

 

 パンの権利は教会へ譲渡されるので、パンで稼ぐことは出来ない。そればかりか、ロイヤリティももらえない。

 だったら――

 

『パンがあるからこそ儲けが出る方法』で稼ぐしかないじゃないか。なぁ?

 

 俺の提唱するパンが認証され、世に流通するようになれば……陽だまり亭はまた一儲けできる。

 認証までに時間はかかるそうだが、それでも十日後くらいには認証が下りるだろうとベルティーナは言っていた。(俺の作るパンに問題がなければ、という条件付きだが、その点は心配していないそうだ)

 

 と、なれば。

 その十日間のうちに運動会を開催しなければいけない。

 なんとしても、だ。

 

 この運動会が、パンの知名度を爆上げするきっかけとなり、ひいては、『パンがあるからこそ儲けが出る方法』の布石となるのだ!

 

「ベルティーナ」

「はい」

「美味し~いパンを作るから、教会への働きかけ、よろしくな」

「はい♪ そこは任せてください」

 

 以前食べた柔らかくて美味しいパンがまた食べられるということで、ベルティーナはずっと嬉しそうだ。

 美味しいパンを食わせてやれば……俺のお願いも聞いてくれるだろう。

 なぁに、ささやかなお願いさ。

 

『パン職人ギルドを、運動会のスポンサーにつけて』っていう、ささやかな、な。

 

 

 

 

 

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