砂糖工場を出た後、しばらくパーシーの様子を窺っていたのだが、特に怪しい素振りは見受けられなかった。
俺たちが帰った後に作業員を集めて作業を始めるかとも思ったのだが……昨日は本当に一日休みにしていたようだ。
くっそ、こんなことならジネットと四十区をぷらぷらしてくればよかったぜ。
「店長さん。四十区はどうでしたです?」
「はい。とても楽しかったですよ」
まぁ、当のジネットが満足そうなのでいいっちゃいいのだが……いかんな、エステラの時といい、昨日といい……どうも俺は一つのことに集中するとそばにいる人を蔑ろにしてしまう傾向にあるようだ……その癖を治さないと、いつか刺されそうだ。
……ロレッタで練習するか。いや、あいつなら多少酷いことをしても平気というか……
「……ヤシロ」
「ん? どうした、マグダ?」
工場見学に行った翌日、よく晴れた午後の陽だまり亭。
見知った顔が並ぶ食堂内で、俺が自分というものと向き合っていると、マグダが俺のそばへ近付いてきた。
表情に乏しい顔が俺をジッと見つめている。
「……次はマグダの番」
「……何がだ?」
「……エステラ、店長とくれば……次はマグダ」
「…………四十区へ連れて行けってのか?」
「……そう」
別に遊びで行っているわけではないんだが……
「あ、だったらあたしも行きたいです! お兄ちゃん、あたしも連れてってです!」
「あのなぁ……」
「……ロレッタ」
遊ぶ気満々のロレッタに苦言を呈してやろうかと思ったのだが、それよりも先にマグダがロレッタに向かって言葉を発した。
「……ロレッタは、次の次」
「次は誰です!? あたし、誰の次になるですか!?」
特に何か考えがあっての行動ではなかったようだ。
マグダの中には純然としたルールでもあるのかもしれんが……なんでこいつはこんなに自信満々なんだか。
「や、やあ、諸君! 今日はいい天気だねぇ」
「あ、エステラさん」
昼時も過ぎ、そろそろティータイムという頃合いで、エステラが陽だまり亭へと顔を出した。
頭には、シイタケの髪留めがついている。
「あ、可愛い髪留めですね」
さっそく、ジネットがわざとらしく見せびらかされている髪留めに気付く。
……エステラめ、自慢しに来たのか?
「え? なんのこと? あ、髪留め? あぁ~、これね」
なんだ、そのわざとらしい芝居は?
話したくて口元がうずうずしてるぞ?
自慢したいならすればいいじゃねぇか。
「どうされたんですか、これ?」
大きな瞳をキラキラさせて、ジネットが興味を示す。
……いい観客だよ、お前は。実にいい。相手の自尊心をくすぐりまくりだ。それも、悪意など微塵もなく、相手の浅ましさも感じることなくだもんな。
「いや~、まぁ、ちょっとね。あるルートで入手したというか……」
「俺が作ってやったんだよ」
「あっ、ヤシロ! なんでバラすのさ!?」
なんでも何も、隠すようなことじゃねぇし、……逆に隠してると、後ろめたいみたいでおかしいじゃねぇか。後々バレた時に変な空気になりそうだし。
「も、もぅ。そんなことバラしちゃって……へ、変な噂とか立っちゃったら……困るじゃないか」
うん。ないよ。ないない。
そんな噂は立ちませんとも。
「とてもよくお似合いですよ。可愛いです」
な?
そんなもんだよ、周りの反応なんて。
「……マグダはマサカリの形がいい」
「あたし、どんぐりかヒマワリの種がいいです!」
……なんか、予約が入ったんだが?
「誰が作るって言ったよ……」
「……大丈夫。ヤシロは作る」
「そうです。作るからこそのお兄ちゃんです!」
こいつら、ホント根拠のない自信に満ち溢れてるよな。まぁ、作ってやってもいいけども。
で、こういう時にジネットは「うふふ」って、遠くから眺めているだけなんだよな。
こいつはおねだりとかしないのだろうか?
してくれりゃあ、もうちょっと……いろいろ渡したり出来るのに。
「店長さんはどんな形がいいですか?」
「わたしですか?」
「……今言っておけば、なんだかんだで作ってくれる」
「うふふ。ヤシロさんは優しいですからね」
「そういうキャラ付け、やめてくんない?」
一応抗議はしておく。
今のところ、結構いろいろやってやってはいるが、今後もそうであるという保証はしかねる。
けどまぁ、一応聞くだけ聞いてみようかな。ジネットがどんな形の髪留めを欲しているのかを。
「わたしは、どんなものでも構いませんよ」
……うわぁ。一番困るヤツだ。
「何食べたい?」「なんでもいいよ」「じゃあラーメンにするか」「え~、ラーメン?」みたいなことには、ジネットはならないだろうが……
どうせなら、本当に喜んでもらえるものをあげたいじゃないか。
何をやってもそこそこ以上に喜んでくれるこいつが、心の底から大喜びするようなもの……それは、やっぱ自分で探し出さなきゃいけないんだろうな。
引き続き、ソレイユの花が第一候補かな。
「みんなも、シイタケにしたらどうだい? 可愛いだろう?」
それはない。
見ろ、この「え……なんて言えばいいんだろう……本人超喜んでるし、否定もしにくいなぁこの空気」みたいな顔になってんじゃねぇか。
「……仕事に戻る」
「あたしもです」
あ、逃げた。
コメントは保留されたようだ。
「なんだよ、みんなぁ…………あれ、あの花って?」
仕事に戻ったマグダたちを不満そうに目で追っていたエステラは、カウンターに飾られた花瓶へと視線を向ける。
「もしかして……ヤシロからのプレゼント?」
「え? あ、いえ。生花ギルドのミリィさんから戴いたものです」
「あ、そうなんだ。…………ほっ」
何をほっとしてんだ。
別に俺がジネットに花束を贈ったって、それがそのままプロポーズってわけじゃないからな?
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