異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

61話 出店を出店 -1-

公開日時: 2020年11月29日(日) 20:01
文字数:2,438

「いいじゃない、それ! 面白そう!」


 エステラと共に、四十二区内の古株、土地持ち、生き字引なんかの家を回り、精霊神の祭りへの支持を得た後、俺たちは手分けをして飲食店を回っていた。

 企画の趣旨を説明し、出店でみせへの出店しゅってんを要請する。…………「でみせ」を「しゅってん」って重複表現か? まぁとにかく出店でみせへの参加をお願いして回っているのだ。


 飲食店は日中大忙しなので、交渉は開店前の早朝か、閉店後の夜に行うことにしている。

 今は開店前の早朝だ。

 陽だまり亭では今頃ジネットが朝の仕込みを行っているところだろう。


 そしてここはカンタルチカ。

 普段は人で溢れている店内に客の姿はなく、やけに広く見える。

 カウンターの向こうで黙々と開店準備を進めるこの店のマスターを尻目に、交渉の全権を握るイヌ耳店員のパウラが、俺の話を聞いてテンションを上げている。


「稼げる! それ絶対ボロ儲けだよ!」


 最近、ここカンタルチカは食材の仕入れ値が安定した影響でかなりの利益を上げているらしく、パウラは若干イケイケモードに突入しているらしい。要するに「稼げるだけ稼いで、飲食店王に、あたしはなるっ!」みたいな状況だ。

 店先で蹲って泣いていたヤツとは思えない変貌ぶりだ。


「それもこれも、み~んなあんたのおかげだよ」


 店の好調ぶりに話が及ぶと、パウラは朗らかな笑みを俺に向けてきた。

 そして、少しだけ照れくさそうに顔を俯けて、俺にこんなことを言う。


「ありがとね、…………ヤ、ヤシロ」


 名を呼ぶのがそんなに恥ずかしいか。

 言った後で、頭から垂れさがっている大きな耳を掴んで顔を隠し「きゃー!」とかしましく吠える。……あぁ、女子だな。


「パウラさん、なんか女子みたいですね」

「女子だよ! てか、うっさい! なんであんたまでいんのよ!?」

「にゃあ! なんであたしにはそんなに厳しいですか!? もう、あたしここのバイトじゃないですのに、なんか自然な感じで怒られてるです!」


 ロレッタが余計な一言を口にしてパウラに怒鳴られている。

 こいつらはきっと、もともとの相性が悪いのだろう。

 努力が顔に出てしまう努力家のパウラと、苦労を欠片も感じさせない苦労人のロレッタ。

 同じ状況下で、同じ目的地を目指していても、そこに至るまでの方法が違い過ぎるためにお互いを理解できないのだ。根っこは似ていると思うのだが、なまじ似ているからこそ相容れない部分があるのだろう。

 特に、パウラにとってロレッタは、「努力もしないで成功を手にしている」ように見えるだろうから、尚のこと気に入らないのだろう。


 まぁ、だからパウラが狭量だとか、ロレッタが秘密主義的だとか言うつもりはない。

 各々が各々の道を進む時、どうしても相容れないものは出てくるもので、そこに労力を割く必要などない。

 ほら、アレだ。嫌なら関わらなければいいのだ。必要最小限だけに留めてな。


「あたしはですね、ニュータウンの代表者として、今回実行委員に選出されたです。お兄ちゃんの推薦でです! なので、パウラさんよりちょこっと地位が上なのです。えへんです!」

「えっと……実行委員を殴れるのは一人何回まで?」

「にょへっ!?」

「すまんが、そういうシステムは導入していないんだ」


 ……もしかしたら、ロレッタがウザいくらいにパウラに絡むから嫌われているだけなのかもしれないな……悪意はないんだろうけどなぁ……


「ん~、でも、出店で何を売ればいいんだろう?」

「この店の名物はなんだ?」

「そりゃやっぱり、魔獣のビッグソーセージだよ!」


 あぁ、そういえば、この店で酒を飲んでいるヤツらの傍らには、いつも赤銅色のでっかいソーセージが置かれていたっけなぁ。あれ、魔獣のソーセージだったんだな。


「ボリューム満点、味も最高! 一度食べたら病みつきの美味さだよ!」

「そうなんですよ、お兄ちゃん! ここのソーセージって、脂身が美味しくて、一齧りしたら二齧りせずにはいられないんです! あたしがここで働いていた時も、マスターがこっそりくれる魔獣ソーセージが一番の楽しみだったと言っても過言ではないくらいでですね、こんな大きなソーセージなんですが、一本なんてぺろりで、二本目もさらりで、多い時なんかマスターから五本もソーセージをいただいたことがあるですよ! 仕事中に食べるソーセージがまた格別で……」

「うるさぁい!」


 話をかっさらっていくロレッタに、パウラが牙を剥く。

 こいつら、ずっとこんな感じで仕事してたのか? そりゃパウラも疲れるだろう。


 でも、なんというか……ロレッタの絡み方は姉に甘える妹のような感じだな。


「あんたはそこに座ってお口チャック! いいわね!?」

「ぷぷっ、お口チャックって……パウラさん、可愛い表現使うですねぇ」

「うっさぁい! お口、まつり縫いにするよ!?」

「はぅっ!? 黙ってますですっ!」


 まつり縫いにされたらもう開かないだろうな。

 ……で、チャックってあるのか、この街に?


「でもさ、この『食べ歩きが出来るもの』って、どういうこと?」


 俺が提示した企画書を指さしながらパウラが尋ねてくる。

 出店をするにあたり、トラブルを避けるために気を付けるべき点と、売り上げを上げるためのコツ、あと少しの紳士協定について書かれている企画書だ。

 スペースからはみ出して営業しないことや、値段を20Rbから80Rbの間(出来れば50Rbが最適)に設定することなどが書かれている。祭りの食い物は500円くらいがいい感じだからな。


 そんな中にある一つの項目。

『出店で提供するのは食べ歩きが出来るものが好ましい』という点についての質問だ。

 こいつの理由は言うまでもないと思ったのだが……まぁ、お祭り初体験なら気になるか。


「出店のスペースは限られているんだ。店の前で食われると回転率が悪くなって売り上げが落ちる上、通行の妨げになる。買ったらすぐに歩き出し、流れを止めないことが祭りにとっては重要なんだ」


 そのためにも、食べ歩き出来るものが好まれるというわけだ。

 ドンブリいっぱいのラーメンは美味いが、祭りには向かない、そういうことだ。


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