アップルボビングが終了して、次のゲームの準備をしている時、そいつは現れた。
「ヤシぴっぴ、来ちゃった☆」
「もう二~三十年前に言ってほしかったな、そのセリフ」
マーゥルが陽だまり亭のドアの前に立ち、にこにことこちらを見ている。
周りを見てもお供が誰もいない。
いつもは給仕長のシンディを連れているのに……
「そうか、シンディ、ついに……」
「まだまだ元気よ、彼女」
「縁起でもないこと言わないの」と、ぺこっと額を押される。
「今、シンディとモコカには仮装の準備をしてもらっているのよ」
「仮装するつもりかよ……」
年齢を考えろ、年齢を。
そんなもん見て喜ぶのはドニスくらいだぞ。
「今日、シンディも誘ったんだけどね、『私は見るより見られる方が好きなんです』って」
「うわぁ、なんだろう、胃のあたりがずーんと重くなる情報だな、それ。聞きたくなかったよ」
シンディなら、すっぴんで十分ハロウィンに参加できるだろうに。
ジャック・オ・ランタンの被り物でもしてくれりゃ、多少は見られるようになるかもな。顔が隠れる分。
「それで、今は何をしているのかしら? 私、街を見せてもらいたかったのだけれど」
「あ、でしたらボクが案内を――」
「いや、待て、エステラ」
まだ早い。
どうせ行くなら、もっと後の方がいい。
なにせ、まだ日が高いからな。
「少しゲームで遊んでから、『みんなで一緒に』見に行こうぜ」
折角サプライズを仕掛けたんだ。驚く顔は一つでも多く見たいだろう。
「そうッスね! たくさんの反応が見たい……じゃなくて、大勢の方が楽しいッス!」
「そうさね! きっとみんなびっくり……ではなくて、一緒の方が楽しいさよ!」
「大広場が一番見物ですわよ!」
「ちょっ、イメルダさん! まだ内緒ッスよ!?」
「任せるさね! アタシが黙らせてくるさね!」
俺の思惑を悟った仕掛け人たちが銘々自爆していく。
……あいつら、秘密を黙っていられないタイプなんだろうな。特にイメルダが。
「なにか、思惑があるのね? いいわ。それじゃあそのゲーム? っていうのに参加させてもらおうかしら」
サプライズがあるなら甘んじて乗っかるわよと、そんな顏でマーゥルが微笑む。
こういう気遣いは非常にありがたい。
こっちも驚かせ甲斐があるってもんだ。
そんなわけで、もう少しの間陽だまり亭でゲームをして過ごすことにした。
「それじゃあ、ピニャータを始めるぞ」
「ピニャータって、どんなゲームなんですか?」
ジネットもくす玉制作を手伝ってくれていたから大体は察しが付くだろうが、改めて説明しておく。
「ピニャータってのは、平たく言えばスイカ割りと同じルールだ」
簡単明快に説明した俺を、ジネットがきょとんとした顔で見つめてきた。
「……すいか、わり?」
くそっ!
こっちではスイカ割りもしないのか!?
そういやビーチで遊ぶようなイメージないもんな!
門を出たら帰るだけでくっそ高い入門料取られるし、外壁の外には恐っそろしい魔獣がうようよいるし。目隠ししてスイカ割ってる場合じゃないよな。
「え~っと、じゃあ、ハム摩呂にやってもらうか」
「思いがけない大抜擢やー! シンデレラストーリーやー!」
シンデレラストーリーではないだろう。
「けど、荷が重いのでお断りやー!」
「大人しくやるですよ! こういう時に頼れるヒューイット家を存分にアピールするですよ! 打倒トルベック一味です!」
「なんか目の敵にされてるッスか、オイラたち!?」
そんな野望を抱いていたのか、ロレッタめ。
「じゃあ、ハム摩呂。この『聖剣・セクシーカリバー』を持つんだ」
「惜しいなぁ、エクスカリバーなら聞いたことがあるんだけどなぁ、ボク!」
「見てください、エステラ様。あの剣、S字のシルエットが微妙に巨乳美女に見えます。セクシーカリバーで間違いないでしょう」
「ナタリア、没収してきて。後に要焼却」
「畏まりました」
わぁ、こら!
割と時間がかかった力作なのに!?
みんながくす玉作ってる隙にこっそり作った傑作なのに!
「ではハム摩呂さん。この『聖剣・わるいこ退治棒』を使ってください」
あぁー!?
俺のセクシーカリバーを見つけて「そんな剣は子供たちに使わせられません!」ってジネットが後から作った棒をしれっと渡されてしまった!
『聖剣』っつってんのに、名前が『棒』っていう矛盾の吹きだまりみたいな微妙な武器を!
まぁ、『聖剣』だなんだと言っているが、実際はただの棒だ。棒に飾りを付けただけの物だ。
こいつでくす玉を叩けば、紙で出来たくす玉は割れて、中に仕込んだお菓子やら紙吹雪が落ちてくると、そういうわけだ。
お化け退治をする武器なので『聖剣』とか言っているだけだ。
「わるいこ退治棒ー! かっこいいー! こういうの欲しかったー!」
なんか、ハム摩呂がすごく気に入っている。
そして弟たちがわらわらと群がっている。まるで、聖剣を抜いた伝説の勇者にひれ伏す群衆のように。
「選ばれし、弟やー!」
「我が家から勇者様が誕生するとはー!」
「精霊神様のお導きやー!」
妹たちもなんか『勇者誕生ストーリー』に乗っかっている。
「オイラなら、もっとイカした聖剣を作れるッスけどね!」
「アタシなら、もっと実用的なものをさね……!」
張り合うな、職人キツネ。
ジネットも適当に飾り付けしただけだから。
「で、武器を持ったら目隠しをするんだ」
「ゆーかい?」
「違うわ!」
誘拐するなら、武器なんぞ持たせるか。
スイカ割りと同じルールだから目隠しをさせるんだが……何か設定を載っけてやった方が盛り上がりそうだな、こいつらなら。
……よし。
「お化けは相手の心を惑わせ、仲間に引きずり込もうとしてくるんだ。マインドコントロールってヤツだな。そうならないように、お化け退治する者は目隠しをしなければいけない」
「けど、見えないよ?」
「「「見えないよ?」」」
「お兄ちゃん、目隠し初心者?」
「「「初心者?」」」
ハムっ子総出で首を傾げられた。
知ってるわい。
つか、目隠し初心者ってなんだ。お前らはベテランなのか。
「だから、周りにいるヤツらがお化けの場所を教えてやるんだ。『もっと右』とか、『もっと上』とか、『そこだ、叩け!』とかな」
「「「「なるほどー! ヘソからお茶やー!」」」」
「目から鱗だよ! ヘソと茶なら沸かせ!」
パン食い競走の時に作った木枠を使って、くす玉を一つぶら下げる。最初なのでハム摩呂の身長に合わせた高さで一つだけだ。
フランケンみたいな顔のお化けがハム摩呂を睨みつけながらぶら下がっている。
「よし、ハム摩呂。準備はいいか?」
「はむまろ?」
「準備は?」
「Don’t 来いやー!」
「どっち!? ドンと来いでいいのか? 来ちゃダメなのか!?」
「いーよー!」
ハム摩呂に目隠しをして、くるくると三回ほど回転させる。
「はわわ、目が回る~」
棒を片手にふらふらするハム摩呂。
その姿にほんわかした空気が流れる。マーゥルがことさら楽しそうに見つめている。
「んじゃ、弟妹たち、ハム摩呂にお化けの居場所を教えてやれ」
「「「は~い!」」」
「じゃあ、スタート!」
「ハム摩呂、まずはまっすぐ突き進むですよ!」
「お前が一番張り切るのかよ!?」
号令と共にロレッタがデカイ声を出す。
お前は、ここぞとばかりに……
「ロレッタはあとで選手で出してやるから、ちっこい弟妹に譲ってやれ」
「ホントですか!? あたしやっていいですか!? じゃあ、あんたたち、しっかりやるですよ!」
「「「お前もな~!」」」
「どこで覚えてきたですか、そーゆーの! いくないですよ!」
仲のよい姉弟の戯れをよそに、妹たちが賢明に指示を出してハム摩呂を誘導する。
「みぎ~!」
「そっちひだり~!」
「まえ~!」
「いきすぎ~!」
「もうちょっとだけみぎ~!」
「そっちひだり~!」
あいつら、自分たちが向かい合ってること忘れてるな。
妹から見た右は、ハム摩呂にとって左だ。
「「「そこー!」」」
「悪霊、退散やー!」
振り上げた『聖剣・わるいこ退治棒』を勢いよく振り下ろす。
振り抜かれた聖剣が、見事にお化けの顔面を捉え、突き破る。
「わぁ~!」
「お菓子の滝ー!」
「空からお菓子ふってきたー!」
間近で見ていたハムっ子たちの上に、小分けにラッピングされた飴やマシュマロが降り注ぐ。
「みえないー!」
「ハム摩呂、目隠し取っていいぞ」
「ん~…………、ん? ん? 降ってないよ?」
目隠しを取って天井を見上げるハム摩呂。
もう降り終わったんだよ。
と、思ったら、ジネットが床に落ちたマシュマロをハム摩呂の上からばらばらと撒き散らす。
「わぁ~! お菓子の国の、流れ星やー!」
降ってくるお菓子をキャッチして大はしゃぎする。
その姿を見て、ジネットが嬉しそうにニコニコしている。
「手に入れたお菓子は、みんなで仲良く分けるですよ!」
「「「「はーい!」」」」
ロレッタがちゃんとお姉ちゃんしている。
分けるとはいっても、ハムっ子の数に対してお菓子がちょっと少ないか。
「あと何回かやらせてやるか」
「そうですね。きちんとみなさんに行き渡るように」
「マーゥル。もうちょっと待っててくれるか?」
「えぇ、もちろんよ。ホント、みんな可愛いわぁ。見ているだけで楽しい気持ちになるもの」
特等席に座って、紅茶片手にハムっ子たちの戯れを見ているマーゥル。
いつの間にかしっかり接待されてやがるな。
なら、スポンサーになれっつの。
「マーゥル。本番でも多くのガキどもにお菓子を配ってやりたいんだが……」
「うふふ。分かったわ。少しだけれど、協力するわね、エステラさん」
「本当ですか!? 助かります、マーゥルさん」
マーゥルに感謝を述べた後で「ヤシロ、でかした!」と親指を突きつけてくる。
俺に言われなくてもそれくらいはやれっつの。
ただで接待とか、もったいないだろうが。
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