異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

122話その1 密室の会談・前編 -2-

公開日時: 2021年1月28日(木) 20:01
文字数:2,602

「大食い大会をやるメリットを挙げてやろう。これを聞きゃ、俺のアイデアがいかに素晴らしいかがよく分かる。頭の悪いお前でもな」

「ほぅ…………話してみろよ、バカ面」

 

 負け惜しみを挟んでくるあたり、相当悔しかったんだな。ぷぷぷーっ。

 

「会場はここ、四十一区に作る。手が余っている領民をかき集めて街中を綺麗にさせろ。ゴミ一つ落ちていない最低限の見栄えを確保しろ。悪臭なんてもってのほか、反抗的なヤツは投獄してでも、このイベントに向けて前向きに参加させろ」

「投獄って……お前、ウチの領民をなんだと思って……」

「きったねぇんだよ、四十一区! あと、臭い!」

「な……っ!?」

 

 俺がきっぱり言うと、イメルダとハビエルがうんうんと頷き、デミリーが控えめに笑った。

 その反応を見て、リカルドがまた目を見開く。……気付いてなかったのか。慣れんじゃねぇよ、この悪臭に。

 

「期日までに綺麗に出来なきゃ、まぁ、しょうがねぇから四十二区を貸してやるよ。貴族も呼べる、美しい街並みだからな」

 

 ……まぁ、イメルダは貴族みたいなもんだし、ラグジュアリーのお得意さんの貴族たちもたまに陽だまり亭に来るし、うん、嘘じゃない。

 

「どうせ仕事してねぇんだから働かせろよ」

「あのなぁ! そのためには賃金が必要になるんだよ! 街全体を整備するような一大公共事業に出す金なんか、どこにあるってんだよ!?」

「四十区が出す」

「えぇー!?」

 

 デミリーが奇声を上げる。

 なんだよ、ハゲた頭でうるせぇな。急に立ち上がんじゃねぇよ。日の出かと思うだろうが。

 

「正確には、四十区と四十二区が準備金を出す。四十一区も多少は金を出せ。お前んとこが綺麗になるんだからな」

「あ、あの、オオバ君。それは寄付しろってことかい? このイベントを成功させるために?」

「違うな。投資……いや、広告費だ」

 

 四十一区は人手を集め、四十区と四十二区はその費用を負担する。その代わり、イベントまでの期間、四十一区の大通りに店を出させてもらう。

 

「いくつか空きになってる店があったろう?」

「大通りにはねぇよ。あるとすりゃ、二本目以降だ」

「じゃあ、大通りの店をそっちに移して店舗を明け渡せ」

「はぁ!? お前、バカだろう!?」

「でなきゃ、費用は四十一区の税収で賄え。領民から巻き上げてな」

「…………テメェ」

 

 これも重要な計画の一つなんだよ。

 あの大通りには必要の無い店が多過ぎる。外部の人間が真っ先に訪れる大通りに武器屋を置いてどうする。

 飯屋と酒場、それから宿屋だ。

 名物の魔獣の肉すら、大通りでは買えない。じゃんじゃん焼いていい匂いで来訪者の財布の紐を緩めさせてこそ収入を得られるんだろうが。それも出来ないで、なんのための大通りだ!

 立ち食いや歩き食いが増えると品性が落ちるとでもいうのか?

 格式とか見栄えばっかりにこだわりやがって。

 

「立ち退き云々に関するいざこざは領主がなんとかして抑え込んでくれ。金でも武力でもなんでも使って納得させてくれりゃあいい」

「……サラッと難題を押しつけやがって」

 

 楽していい思いが出来るなんて思ってんじゃねぇよ。

 お前には、イベントまでの間一番動き回ってもらうからな。

 

「四十区と四十二区は、資金を出す代わりに一等地に店が構えられる。インフラ工事の間行き来する大量の作業員相手に飯だの宿だのを提供すればある程度元は取れるだろうし、うまくすれば別の区の新規顧客を獲得することも可能だ」

「ふむ……だが、やはり損失が大きいか……」

 

 細かい金勘定を始めたデミリーが渋い表情で呟く。

 表面上だけ取ればそうかもしれない。だが……

 

「それだけじゃないぞ、デミリー」

「ちょっと、ヤシロ。オジ様を呼び捨てとは、どういう了見だい?」

 

 俺の発言に、エステラが厳しい顔をする。

 話の腰を折るなよ、エステラ。

 まぁ、気になるってんならそれ相応の呼び名で呼んでやるけどさ。

 

「しょうがねぇなぁ。言い直せばいいんだろ」

「親しき仲にも礼儀ありだよ」

 

 俺は襟を正して、デミリーへと向き直る。

 

「それだけじゃないですよ、つるりんエンジェル・デミリー」

「呼び捨てでいいかなぁ!? オオバ君と私の仲だしね! フレンドリーな関係で行こうじゃないか。だから二度とその名を口にしないでくれるかい!?」

「……ヤシロ…………あとでお説教だよ」

 

 なんだよ、エステラ。

 だいたい、リカルドにタメ口利いても文句言わなかったクセによぉ。

 

「俺は、相手が誰であろうと、差別せず平等に付き合うんだ」

「……それは自分より立場が下の者に対して言うセリフだよ」

「呼び名なんざどうでもいい! もとより、テメェに礼儀なんか期待しちゃいねぇんだ。話を続けろ」

 

 リカルドが足をバンバン踏み鳴らして言う。

 ま、これで全領主の許しを得たわけで、今後は心置きなくタメ口で話させてもらおう。

 

「四十一区の道が綺麗になれば、四十区から四十二区まで、すべての道が整備されたことになる。移動がかなり快適になるぞ」

「ふむ。なるほどな。確かにここの道路は酷いからなぁ」

 

 と、ついこの間まで道がボッコボコだった四十区の領主が言う。どの口が言ってんだ。

 

「何より、大きなイベントが大いに盛り上がり、大成功を収めれば多額の金が動く。利益以上に、この人と金と物の流れを重視するべきだ」

「イベントの後も、交流が盛んになる可能性もあるってことだね」

 

 エステラがいいことを言う。

 イベント中に出来た新たな関係は、その後も持続されるだろう。

 行きつけの店が増えたり、同業種での交流がきっかけで共同作業をしたり、異業種間でコラボしたり。可能性は無限にある。

 

 ウチも盛大に宣伝するつもりだ。

 四十二区は、今や食文化の発信地なのだ。四十区や四十一区の連中が知らない食い物が大量にある。

 それを存分にアピールすれば、四十二区に客を引き込める。

 

 最果ての地、用がなければ行かない街、終の土地。

 そんな四十二区に、人が押し寄せるようになるかもしれないのだ。やる価値は十分にある。

 

「デミリー。トルベックに追随するような大工はいるか?」

「ふむ……腕のいい大工なら他にもいくつか知ってはいるが」

「よし。なら、大工どもを総動員して道と会場を作っちまおう」

「ハムっ子たちを総動員すれば、かなり早く道が整うだろうね」

「なんだか、いよいよ盛り上がってきたねぇ」

 

 エステラとデミリーも食いついてきたようだ。出資者が楽しそうなのはいいことだ。失敗して赤字が出たって「まぁ、楽しかったしね」である程度は有耶無耶に出来る。

 

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