異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

102話 虫 -3-

公開日時: 2021年1月8日(金) 20:01
文字数:2,123

「ね、ねぇ…………」

 

 絞り出すような声で、パウラが俺を呼ぶ。

 

「あたし…………嘘、吐いてないよ……」

「……嘘?」

 

 なんだ、急に?

 

「自分の悪いところを隠すために、誤魔化したりとか嘘吐いたりとか、本当にしてないからね!」

 

 あ……そうか。

 虫の混入経路がはっきりせず、で、俺が難しい顔をしたから「こいつ、嘘吐いてんじゃねぇのか?」って疑われていると、そう勘違いしたわけか。……追い詰められてるな、こいつも。

 

「お前を疑うほど、俺は人を見る目が無い男じゃねぇよ」

 

 このお人好しだらけの四十二区の中でも、パウラは特に信用のおける相手だ。

 

「お前がバカ正直な頑張り屋で、いつもまっすぐ前を向いて努力してるヤツだってことくらい、俺はお見通しなんだよ」

「……ヤシロ」

 

 こいつが保身のために嘘を吐くことはないだろう。

 それは、ここで過ごした時間の中で十分過ぎるほど理解している。

 

 ほら見ろよ。俺が「信じる」と言ってからのパウラの尻尾。すっげぇパタパタしてんだろ?

 あれは「しめしめ、うまく騙せた」って感情じゃない。「わーい! 信じてくれてうれしーなー!」という時の反応だ。

 …………あのパタパタのせいで虫が入ったとか、無いよな?

 

「作業工程に問題はない。となれば、環境だな。少々時間はかかるが、厨房の中を徹底的に調べるぞ。虫が入ってこられそうな隙間とか、もしかしたらどこかの陰に巣でもあるかもしれん」

「うぇぇ……それを探すのイヤだなぁ……」

「客のためだ」

「そ、そうだね! あたし頑張る!」

 

 俺とパウラは二人で手分けして厨房の中を隈なく捜索した。

 ウッドチップなんかがあるから、そこに紛れ込んでるのかとも思ったのだが…………結果は白。問題なし。クソムカつく程に綺麗で整理された、清潔な厨房だった。

 

 ……う~む。参った。

 どうしたものか……

 

 もういっそのこと「調べたけれど問題なかった。だからもう大丈夫!」って発表しようかな。

 こんだけ頑張ったんだしいいよな。努力って、もっと評価されるべきだと、俺は思うな。

 

「……くっそ。この店完璧過ぎる。もっと手ぇ抜いて不衛生な経営してりゃあいいものを」

「ダメだよ、そんなの!? ウチは真心込めてお客さんをもてなしてるの!」

 

 しかし、こうまで綺麗だととっかかりも掴めない…………あ、そうか。

 

「なぁ。混入した虫ってどんなのだったんだ?」

「…………なんで?」

 

 物凄く嫌そうな顔をされた。

 虫嫌いなのか? 思い出し虫唾か?

 

「いや、虫の種類である程度絞れるかもしれないだろ?」

 

 羽虫ならどこでも入ってこられるが、それがミミズみたいなのだったら侵入経路は限りなく狭まる。

 

「……実は、戒めのために取ってあるんだよね」

「マジでか!?」

 

 すぐに捨てろよ、そんなもん……まぁ、今回はありがたいが。

 

「見せてもらっていいか?」

「…………うん。ちょっと待ってて」

 

 そう言って、パウラは厨房の奥へと向かう。

 この建物も、二階が住居になっているようだ。厨房を抜けて住居スペースへと向かったのだろう。

 さほど待たされることもなく、パウラが戻ってきた。

 手には、手のひらサイズの小さな箱が握られている。……袋だとなんか嫌だもんな、逃げそうで……死んでたとしても。

 

「じゃあ、見せてもらっていいか?」

「う、うん……」

 

 小箱を俺に渡すと、パウラは少し距離を取る。

 虫を見たくないらしい。こういうところ、ちょっと女の子っぽいんだな。

 

 俺は小箱の蓋をそっと開ける。

 

「…………は?」

 

 思わず声が漏れた。

 仕方ない……いや、仕方ないんだ。

 

 箱の中には、体長が8センチほどもあるバッタのような虫が入っていた。

 

「……パウラ」

「な、なに?」

「ようやく分かったぜ……何が悪かったのか……」

「えっ!? な、なに!?」

 

 身を乗り出してくるパウラに、俺はハッキリと言ってやる。

 

「お前の頭だよ!」

 

 こんなでっかい虫がうっかりとハンバーグに混入するわけないだろうが!

 これは、悪意を持って入れられた虫だ!

 

「結論を言ってやろう。カンタルチカは何も悪くない!」

「ほ、…………ほんとに?」

 

 ほふぅ……と、息を漏らして、パウラが地べたへとへたり込む。

 安堵のために足腰から力が抜けたのだろう。

 

「…………よかった」

 

 あぁ、よかった。

 よかったのだが…………別の問題が浮上した。

 

「これを持ってきた客の顔を覚えているか?」

「え……う、うん。こんなことがあった相手だし……さすがにね」

「どんなヤツらだった?」

「ガタイのいい二人組で、すごく目立ってた。でも、見たことがない顔だったなぁ」

「冒険者か?」

「ってわけでもないと思うんだよねぇ。荷物がすごく少なかったから。それに着ている物も冒険者って感じじゃなかったし……」

「そうか。で、そいつらに金銭的な賠償は請求されたか?」

「え、ううん。ご飯の代金をタダにしただけ……」

 

 ってことは、ゆすりたかりの類いじゃないってわけか…………

 だとするならば、考えられるのはただ一つ。

 

「誰かがこの店の評判を落とそうとしているようだな」

「えっ!?」

 

 ネガキャンというヤツだ。

 悪評を立ててこの店から客を奪おうとでもいうのか……それとも、潰してやろうとでも画策したのか……

 

 なんにせよ。

 

「とっちめてやんなきゃいけねぇよなぁ……そういうバカは」

 

 

 二度と、この街をウロつけなくなるくらいには、な。

 

 

 

 

 

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