「ね、ねぇ…………」
絞り出すような声で、パウラが俺を呼ぶ。
「あたし…………嘘、吐いてないよ……」
「……嘘?」
なんだ、急に?
「自分の悪いところを隠すために、誤魔化したりとか嘘吐いたりとか、本当にしてないからね!」
あ……そうか。
虫の混入経路がはっきりせず、で、俺が難しい顔をしたから「こいつ、嘘吐いてんじゃねぇのか?」って疑われていると、そう勘違いしたわけか。……追い詰められてるな、こいつも。
「お前を疑うほど、俺は人を見る目が無い男じゃねぇよ」
このお人好しだらけの四十二区の中でも、パウラは特に信用のおける相手だ。
「お前がバカ正直な頑張り屋で、いつもまっすぐ前を向いて努力してるヤツだってことくらい、俺はお見通しなんだよ」
「……ヤシロ」
こいつが保身のために嘘を吐くことはないだろう。
それは、ここで過ごした時間の中で十分過ぎるほど理解している。
ほら見ろよ。俺が「信じる」と言ってからのパウラの尻尾。すっげぇパタパタしてんだろ?
あれは「しめしめ、うまく騙せた」って感情じゃない。「わーい! 信じてくれてうれしーなー!」という時の反応だ。
…………あのパタパタのせいで虫が入ったとか、無いよな?
「作業工程に問題はない。となれば、環境だな。少々時間はかかるが、厨房の中を徹底的に調べるぞ。虫が入ってこられそうな隙間とか、もしかしたらどこかの陰に巣でもあるかもしれん」
「うぇぇ……それを探すのイヤだなぁ……」
「客のためだ」
「そ、そうだね! あたし頑張る!」
俺とパウラは二人で手分けして厨房の中を隈なく捜索した。
ウッドチップなんかがあるから、そこに紛れ込んでるのかとも思ったのだが…………結果は白。問題なし。クソムカつく程に綺麗で整理された、清潔な厨房だった。
……う~む。参った。
どうしたものか……
もういっそのこと「調べたけれど問題なかった。だからもう大丈夫!」って発表しようかな。
こんだけ頑張ったんだしいいよな。努力って、もっと評価されるべきだと、俺は思うな。
「……くっそ。この店完璧過ぎる。もっと手ぇ抜いて不衛生な経営してりゃあいいものを」
「ダメだよ、そんなの!? ウチは真心込めてお客さんをもてなしてるの!」
しかし、こうまで綺麗だととっかかりも掴めない…………あ、そうか。
「なぁ。混入した虫ってどんなのだったんだ?」
「…………なんで?」
物凄く嫌そうな顔をされた。
虫嫌いなのか? 思い出し虫唾か?
「いや、虫の種類である程度絞れるかもしれないだろ?」
羽虫ならどこでも入ってこられるが、それがミミズみたいなのだったら侵入経路は限りなく狭まる。
「……実は、戒めのために取ってあるんだよね」
「マジでか!?」
すぐに捨てろよ、そんなもん……まぁ、今回はありがたいが。
「見せてもらっていいか?」
「…………うん。ちょっと待ってて」
そう言って、パウラは厨房の奥へと向かう。
この建物も、二階が住居になっているようだ。厨房を抜けて住居スペースへと向かったのだろう。
さほど待たされることもなく、パウラが戻ってきた。
手には、手のひらサイズの小さな箱が握られている。……袋だとなんか嫌だもんな、逃げそうで……死んでたとしても。
「じゃあ、見せてもらっていいか?」
「う、うん……」
小箱を俺に渡すと、パウラは少し距離を取る。
虫を見たくないらしい。こういうところ、ちょっと女の子っぽいんだな。
俺は小箱の蓋をそっと開ける。
「…………は?」
思わず声が漏れた。
仕方ない……いや、仕方ないんだ。
箱の中には、体長が8センチほどもあるバッタのような虫が入っていた。
「……パウラ」
「な、なに?」
「ようやく分かったぜ……何が悪かったのか……」
「えっ!? な、なに!?」
身を乗り出してくるパウラに、俺はハッキリと言ってやる。
「お前の頭だよ!」
こんなでっかい虫がうっかりとハンバーグに混入するわけないだろうが!
これは、悪意を持って入れられた虫だ!
「結論を言ってやろう。カンタルチカは何も悪くない!」
「ほ、…………ほんとに?」
ほふぅ……と、息を漏らして、パウラが地べたへとへたり込む。
安堵のために足腰から力が抜けたのだろう。
「…………よかった」
あぁ、よかった。
よかったのだが…………別の問題が浮上した。
「これを持ってきた客の顔を覚えているか?」
「え……う、うん。こんなことがあった相手だし……さすがにね」
「どんなヤツらだった?」
「ガタイのいい二人組で、すごく目立ってた。でも、見たことがない顔だったなぁ」
「冒険者か?」
「ってわけでもないと思うんだよねぇ。荷物がすごく少なかったから。それに着ている物も冒険者って感じじゃなかったし……」
「そうか。で、そいつらに金銭的な賠償は請求されたか?」
「え、ううん。ご飯の代金をタダにしただけ……」
ってことは、ゆすりたかりの類いじゃないってわけか…………
だとするならば、考えられるのはただ一つ。
「誰かがこの店の評判を落とそうとしているようだな」
「えっ!?」
ネガキャンというヤツだ。
悪評を立ててこの店から客を奪おうとでもいうのか……それとも、潰してやろうとでも画策したのか……
なんにせよ。
「とっちめてやんなきゃいけねぇよなぁ……そういうバカは」
二度と、この街をウロつけなくなるくらいには、な。
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