異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

26話 お宝発見 -1-

公開日時: 2020年10月25日(日) 20:01
文字数:2,500

 陽だまり亭を出て、西へ向かう。

 この先にはいつもデリアたち川漁ギルドの連中が漁を行っている川があり、その向こうには湿地帯が広がっている。

 トウモロコシ農家なんてあったかなぁ……などと思っていると、先頭を行くヤップロックが草むらの前で立ち止まった。

 

「足元、気を付けてくださいね」

 

 そんなことを言って、草の生い茂る茂みの中へと分け入っていく。

 ヤップロックの妻ウエラーとトットとシェリルも、臆することなくそれに続く。

 

「え……」

 

 戸惑いを隠せないのは俺だけではないようで、エステラも明らかに顔をしかめる。

 

「こんなところに道があったんですね」

 

 ジネットが茂みを覗き込む。

 そこには、人一人が辛うじて通れるような細い道が存在した。

 標識も何もない、人が通ったような形跡もよく見ないと発見できない、まさに獣道だ。

 何度か人が通ったおかげでそこだけ雑草が生えていない。そんな程度の道と呼ぶのもおこがましい道で、先に広がる林へと続いている。

 

 ……正直、雨の日には近付きたくもないロケーションだ。

 

「エステラ。レディファーストだ」

「ヤシロ、さっさと行ってくれるかい? あとがつかえているんだ」

 

 ……こいつ、俺に安全確認をさせてからあとに続くつもりか!? なんてヤツだ!

 

「でしたら、わたしが最初に……」

「いや、ジネットは俺の次に来い」

 

 こんなぽや~っとしたヤツを先頭とか殿にしたら何が起こるか分からん。

 蛇に噛まれても「お腹が空いているんですね……」とか言って好きに噛ませていそうだもんな。マムシを発見しても頭を踏み潰すなんてこと絶対しないだろう。

 

「あの? どうかされましたか?」

 

 ついてこない俺たちを心配してヤップロックが戻ってきた。

 

「いや、なんでもない。すぐ行く」

「すみませんね。ここ、人があまり通らないもので……」

 

 ヤップロックが頭を下げる。別にこいつが謝るようなことでもないのだが……

 

「領主は何をやってるんだ。住民がこんな不便を強いられているというのに、知らんぷりか」

「あのねぇ、ヤシロ……」

 

 誰もが抱くであろう当然の憤りを吐露した俺に、エステラが呆れ顔で反論してくる。

 

「四十二区だけでも相当広いんだ。他区との外交もあるし、すべてに目を行き届かせるなんて現実的に不可能なんだよ」

「お、なんだ? 金持ちの肩を持つのか?」

「一般論だよ」

 

 ふん。

 金持ちなど庇ってやる必要はないのだ。ヤツらは『金を持っている』という一点だけで十分恵まれているのだ。一般人の六倍くらいの苦労を強いられて当然、それでプラマイゼロなのだ。

 

「一度申請してみるといい。街に出るのにこの道を主立って使用しているのであれば、住民の生活環境保護の観点から領主が動いてくれる可能性がある」

「そんなっ! 恐れ多いことです」

 

 エステラの提案に、ヤップロックは小さな体を縮こまらせて首を振る。

 

「私たちしか通らないような道のために領主様にお手間をおかけするだなんて……私たちが我慢すればいいんです。むしろ、私たちで道を作るべきだったのに、それを怠ってしまって、お恥ずかしい限りです」

 

 ……こいつ、被害妄想の気でもあるのか?

 明らかに行政の仕事だろう、道の整備なんてのは。

 それに、住民は領主に税を納めているんだから、受けられるサービスは遠慮なく受ければいいのだ。

 俺なんか、夏場は用もないのに市役所に入り浸って涼んでいたぞ? あそこ、ウォータークーラーもあるしな。

 

 体が小さく、体重も軽いヤップロック一家しか通らない道だから、尚更雑草を踏みつける力が足りないのだろう。おそらく、たまに通る行商ギルドの商人が踏みつけた部分が道になっているのだ。

 ……トウモロコシを運ぶとすると、道ももっとちゃんと整備しなけりゃなぁ…………

 

「小せぇな、お前は」

「す、すすす、すみません!」

「ヤシロ。ヤップロック氏をいじめるんじゃないよ」

「そうじゃなくて、こいつらがもっとデカいクマ人族とかなら道ももっと踏み均されていたのにってことだよ。イタチ人族じゃあ限界があるからな」

「あの、私たちはイタチ人族ではないですよ」

「え……違うのか?」

 

 ヤップロックの顔を見る。

 ………………イタチに見えるのだが?

 まぁ、イタチやフェレットを並べられても、俺はなんとなくでしか分からんけども。

 

「じゃあ、お前ら何人族なんだよ?」

「オコジョ人族です」

「オコジョッ!?」

 

 って、北海道の大雪原の中に「ぴょこっ」って顔を覗かせる超ラブリーな小動物か!?

 …………異世界にいるんだ、オコジョ。

 

「…………微妙な一族」

「も、ももも、申し訳ありませんです!」

「ヤシロ。いじめないように」

 

 いじめてはいない。

 素直な感想を述べているだけだ。

 

「んじゃ、そろそろ行くか……」

 

 相変わらず雨は降り続いており、少し寒くなってきた。

 ふと、背後を見る。

 ジネットにエステラにマグダが俺を見ている。

 

 エステラとマグダは鍛えているようだし、こういう雑草も平気だろう。

 だが…………

 

「あの、ヤシロさん? わたしの顔に何かついていますか?」

 

 こいつは雑草で足を切ったり、草の根に足をひっかけて転んだり、足を挫いたりしそうだなぁ…………

 

「ヤップロック。少々草を踏み固めながら進みたい。速度が落ちるが構わないか?」

「えぇ、それはもちろん。では、私もお手伝いいたしましょう」

 

 いや、お前じゃ無理だろう。……ま、無いよりマシか。

 

「んじゃ、行くか」

「あの、ヤシロさん」

 

 いざ獣道へ足を踏み入れようとした矢先、ジネットが俺に声をかけてくる。

 

「ヤップロックさんたちのために道の整備をしようというその心遣いは素晴らしいと思うのですが、今はこんな空模様ですし、晴れた日に改めて行った方がよいのではないでしょうか? 雨の後は雑草もまた伸びますし……」

 

 …………こいつは、何を言っているんだ。

 

「……え? あの、わたし、何かおかしなことを言いましたか?」

「別に……俺は『今』、ここを通るために雑草が邪魔だと感じたんだよ。いいからお前は下がってろ」

 

 ……ったく、誰のためにこんな面倒くさいことをやろうとしていると思ってんだ…………

 俺が草を踏みしめる背後で、エステラがくすくす笑っているのが気に食わん。

 まったくもって気に食わん。

 

 苛立ちを足に込め、俺は獣道を進んでいった。

 

 

 

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