「ホコリちゃ~ん、元気しとったかぁ? あれ? な~んや、ちょっと見ぃひん間に大きゅうなったなぁ。二回りくらい大きなったんちゃうん? この前までは一摘まみ程度やったのに、今ではもう一握りくらいあるもんなぁ。はぁ~、時の経つんは早いなぁ。なんや、ちょっと綺麗なったんちゃうか? 恋か? もしかして恋なんか? 恋の病なんやろか!?」
「お前は違う病にかかってるみたいだがな」
「のゎあああっ!?」
部屋の隅をジッと見つめながら俺には見えない誰かと会話していたレジーナが、羽目を外し過ぎたエビみたいな勢いで仰け反り飛び去っていく。……引きこもりのくせにいい動きをしやがる。
「い、いいぃぃいいいいぃ、いつからそこにおってんなっ!?」
「まぁ、今の一連はガッツリ見せてもらったがな」
「ど、どど、どっから入ってきたんや!?」
「いや、普通にドア開いてたし」
「ドア開いとったら勝手に入ってくるんか!?」
「入るだろう。ここ、薬屋なんだし」
「客かっ!?」
「客だよ!」
ここは、言わずと知れたレジーナの家。薬剤師ギルドの本店……と言えば聞こえはいいが、薬剤師ギルドに所属しているのはレジーナ一人なのでそんな大層なものではない。
日当たりの悪い、普通の薬屋だ。
もっとも、この薬品独特の香りがなんか少し落ち着いて、俺は割と気に入っている。……なんてのは内緒だがな。
「掃除くらいしろよ。薬扱ってるんだから」
「アホ。メッチャしとるわ。清潔第一。衛生管理も怠りあらへん。毎日キレーキレーに掃除しとるっちゅぅねん! ……この一角以外」
「だから、なんでその一角だけやらねぇんだよ?」
「ホコリちゃんがおらんようになったら、ウチは誰と会話したらえぇんや!?」
「まず、ホコリと会話すんじゃねぇよ……」
こいつの家には、定期的に顔を出してやらなきゃいかんかもしれんなぁ……
「それで、今日はなんの用やのん? 言っとくけど、ホコリちゃんはあげへんで?」
「いらんわ!」
なんか無性に100番100番に電話したくなってきた。
くっそ……さすがに異世界にまでは出張してくれないよな……
「客や言うてたけど、薬やったらこの前補充しに行ったとこやで?」
「あぁ、いや、すまん。薬を買いに来た客というか、お前に頼み事をしに来た『来客』って意味だ」
「……ウチ、エロいことは、あんまりやねんなぁ……」
「なんで俺の頼みがエロいことだと決めつけた上で話進めてんだ。あと、嘘吐くなよテメェ」
レジーナの半分は腐れたエロで出来てんじゃねぇかよ。
「大会に出てくれるように頼みに来たんだよ」
「無理や!」
物凄く力強い即答だった。
レジーナは俺に背を向け、床に蹲り、頭にクッションを載せそれを両手でギュッと頭に押しつけるようにして、カタカタ震え出した。
「大食い大会メッチャ怖かったわ……物食べるいうレベルやないで、アレは。置き薬の補充しに陽だまり亭行った時に、店長はんがものごっつぅ上機嫌でなぁ、せやからウチ『どないしたん? なんぞえぇことでもあったんかいな?』なんて質問したんやけど……それがそもそもの間違いやったんや……あの後、店長はんがえらい嬉しそうに『レジーナさんも参加してみませんか?』とか言うさかいに、『あ、こら断ったら店長はんに悪いかもなぁ……まぁ、物食べるくらいえぇかぁ……』思ぅて『えぇよ、参加したるわ』とか言うたあの時の自分を毒殺してやりたいっ! メッチャ見られてたやん! ウチ、メッッッッッチャ見られてたやん! あんなん、飯食べるどころの騒ぎやないで!? メッッッッッッッッッチャ見られたさかいな!?」
どうも、観客の前に座らせられたのが相当トラウマになっているようだ。
まぁ、謎の黒い薬剤師はいまだに街の人間とは打ち解けておらず、溶け込めていないからやたらと目立ち、視線を集めた結果、より一層孤立の道へ突き進んでしまったわけだ。
……重症だなぁ、こいつのボッチも。
「ウチが出たかて、勝たれへんわ! 出場なんか絶対せぇへんからな!」
「出場じゃねぇよ」
そもそも、一口たりとも食わなかったお前に期待など出来るか。
「大食い大会だからな、万が一に備えて薬剤師としてそばにいてほしいんだよ」
「……薬剤師として?」
「あぁ。頼れるのはお前しかいないんだ。頼むよ」
「…………つまり」
レジーナは一瞬だけ黙考し、涼やかな声で聞いてきた。
「ドーピングさせろと?」
「違ぇわ!」
大食いのドーピングってなんだよ!?
その薬を使うと飢餓状態にでもなるのか? そんな薬が存在するなら、そっこうで廃棄処分してやるわ!
「食い過ぎて気分悪くなるヤツが出てくるかもしれないだろう? デカい大会で、ついつい無茶しちまいそうなヤツが何人もいるからな、ウチには」
「あぁ、あのキツネの人な」
「ウーマロはいいんだよ。あいつは無茶してナンボだから」
「えぇなぁ。おいしいポジション独り占めやな、キツネの人」
「お前も混ぜてやろうか?」
「遠慮しとくわ。ウチ、乙女やさかい」
「あぁ、あの髪の毛ツヤツヤになるヤツな」
「ワカメやな、それは。自分とこの味噌汁、ウチ好きやで。って、違うがな!」
ぽんぽんと言葉が出てくる。
こいつとの会話は、本当に気兼ねがいらない。
楽でいいなぁ、ここ。
「まぁ、そういうことやったら、協力したらへんでもないけど…………人多そうやなぁ……」
「俺のそばにいれば大丈夫だろ? 守ってやるぜ」
「――っ!?」
レジーナが、肉食獣の気配を感じたプレーリードッグみたいな動きでこちらを見る。
コモンマーモセットみたいな目だ。
「自分……そういうの狙ぅて言うてんのんか?」
「他意はねぇよ。素直に受け止めとけ」
俺のそばにいれば、視線を浴びて具合が悪くなってもすぐに対処できるって、それだけの意味だ。
「それはそれで、なんや味気ないわぁ……」
「じゃあ、どうしろっつうんだよ?」
むふん、と鼻を鳴らし、レジーナは飛びっきりのイタズラを思いついた子供のような顔で言う。
「他意があるような感じで、思わせぶりに誘ってくれたら、ウチな~んでも協力したるのになぁ……」
ふふんと、勝ち誇った顔でほくそ笑むレジーナの目は、「ま、自分にはそんな度胸ないやろうけどな」と、物語っていた。
……このやろう。
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