異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

323話 呪いか否か -1-

公開日時: 2021年12月26日(日) 20:01
文字数:4,440

 今日は楽しいピクニックになるはずが、とんでもない番狂わせだ。

 

 エステラが選出した者たちが続々と陽だまり亭にやって来る。

 ウッセやデリアはまぁ分かるとして、ミリィやパウラまで呼ばれている。

 楽しいイベントをやろうって話し合いでもないのに、随分と顔見知りを集めたものだと思ったら――

 

「デリアやパウラ、ミリィは『湿地帯の大病』で親を亡くしているからね。……きっと、また周りがやかましくなると思うから、事前に状況を知らせておこうと思ったんだよ」

 

 ――という理由らしい。

 きっと、ウィシャートの子飼いどもがことあるごとに『湿地帯の大病』の話を持ち出してくるだろう。

 それ以外にも、こちらへの害意はなくとも不安から『呪い』なんて言葉を口にするヤツもきっと出てきてしまう。あの大工たちのように。

 

 そんな雑音がこいつらの耳に入ったら……やっぱ、気にするよな。

 自分の親が『呪い』にかかって亡くなったって言われているような気になるかもしれない。

 そんなくだらない放言でこいつらが心を痛める必要はない。

 

 事前に、ちゃんと説明をしておいてやろう。

 

 で、『湿地帯の大病』とは直接関係のないネフェリーやノーマがいるのはなぜかと問えば、「いや、ほら。呼ばないと拗ねそうじゃない?」だそうだ。

 まぁ、拗ねるだろうけどさ。特にノーマは。頼りになるからいいけどさ。

 

「英雄様。何か大変なことが起こったようですね」

 

 セロンとシャイニングウェンディもやって来た。

 外が薄暗くなってきているから、ウェンディの存在感が増している。

 こいつらも、光のレンガで工事に携わっているので、工事の一時中断を報告するのだ。

 

「ワシらにも、話を聞かせてもらうぞ。陽だまり亭の穀潰し」

 

 そして、ゼルマルやムム婆さんを含むジジイ5も呼び寄せた。オルキオを除く四人だけど。

 こいつらも『湿地帯の大病』にはいろいろ思うところがあるだろうからな。

 ――と、まぁ、そんなことを言い出せばこの街の人間は全員『湿地帯の大病』に思うところはあることになるが、その中でもエステラや俺が直接話をしてある一定以上の協力を要請できる人物を選りすぐって集めている感じだ。

 

 それにしても人数が多いな。

 どこまで影響が出るか分からないから、とりあえず集めておこうというわけか。

 今回ここに呼んでいない者たちには、ここにいる連中から話をしてもらうつもりだ。

 

「一応、オルキオにも手紙を出しておいたよ。彼もまた、『湿地帯の大病』を経験した一人だからね」

 

 四十二区以外の者でも、知らせる必要がありそうな場所へは手紙を送ったらしい。

 ルシアやドニス、マーゥルなどだろう。……あ、今ロレッタが『とどけ~る1号』を使っているから、マーゥルはきっともう知っているだろうな。

 

「ただいま戻ったです!」

 

 勢いよくドアを開け、ロレッタが戻ってくる。

 一緒に長男と次男を引き連れて。

 さらに、イネスとマーゥルが入ってきた。……来ちゃったよ、マーゥル。

 

「それで、どうだったの、ロレッタ?」

 

 エステラに問われ、ロレッタが長男次男を前に押し出す。

 

「ウチの弟に街門の外まで見に行ってもらったです。じゃあ、報告頼むです」

「うん」

 

 ロレッタに背を押され、長男と次男が説明を始める。

 

「直接見た感じ、三十区の街門の外に異変はなかったよ。地すべりや崖崩れの影響は見られなかった」

「でも、見ただけじゃ分かんないと思って、行商人のおっちゃんたちに話を聞いてきたんだ。『ここ最近、困ったトラブルはなかった? 手強い魔物が出たとか、地震があったとか』って」

 

 ほぅ。

 直接「地震がなかったか」と聞くのではなく、内容をぼやかして質問したのか。

 そうすることでこちらの意図を相手に察知されずに調査が出来る。

 ウィシャートのお膝元で「地震が~」なんて言えば、何かあったと勘繰られるからな。

 質問をぼやかしていたとしても、もし地震が発生していたら「今朝地震があったぜ」という意見が必ず出るはずだ。

 実にうまい。随分と慎重な判断だ。

 

「私がそう尋ねるようにと、口添えをいたしました」

「わぁ、さすがイネス、すご~い。偉い偉い」

 

 まぁ、たぶんそんなところだろうとは思ったけど、まさか自分から功績を全面的にアピールしてくるとは。

 おざなりに褒めてやれば、そんなもんでも満足したのかEカップの胸をこれでもかと張って誇らしげに鼻を鳴らした。

 

「むふふん」

「ぷるるん」

「ヤシロ、うるさい」

 

 ……また俺だけ。

 

「あたしも、三十区の門番さんたちの詰め所に行って話を聞いてきたです。門番をやっていて大変だったことランキング第一位はケンカの仲裁で、第二位は貴族の対応、第三位がはぐれ魔獣の討伐で、自然災害は圏外だったです。すっごいお爺さんが『むか~し、大きな地震があってのぅ、その時は大変じゃったわい』って言ってただけです」

 

 お前は、どんだけ聞き込んできたんだよ。

 門番も、ロレッタ相手だったら調子に乗ってペラペラ話しちまってただろうなぁ。容易に想像がつくぜ、その光景。

 

「そのお爺さんの話に乗っかって、『地震ってどんな感じです? みなさんは経験したことあるです?』って聞いたら、誰も地震を経験したことなかったです」

 

 もし今日の昼間、地震や地滑りが起こっていれば、たとえ軽微であっても揺れを察知したはずだ。

 まして、ロレッタに乗せられている状況なら、嬉々として「今日地震があったんだぜ」と話していただろう。

 ロレッタは素直に「すごい、すごい」とはしゃいでくれるから、くっだらないことでも自慢したくなるんだよな。特に、オッサン連中は。

 

 つまり、今日地震は発生していない。

 崖の上の連中が騒ぐようなことは何一つ起こっていない。

 それどころか、崖の上の連中は何一つ異変に気付かず日常を過ごしていた。

 

 ウーマロが「確かに削ったはずだ」という洞窟内の岩壁がせり出し通路を塞いでいたあの現象は、ウーマロが工事の進捗を勘違いしたのでない限り――自然発生したものではないってわけだ。

 

 こんな不思議現象を巻き起こせるのは精霊神くらいしか想像できないんだが……エステラがまた気にするかもしれん。しばらくは黙っていよう。

 ただし、そいつを念頭に置いて慎重に調査はするけどな。

 

「んじゃ、そろそろ始めるか。気分が重たくなるような話し合いを」

 

 陽だまり亭を埋め尽くす陰気な顔、不安顔、心配顔を見渡して、俺は重い口を開く。

 まずは状況説明。

 大工がカエルを見たというところから、調査に行ったがカエルは見つからなかったというところまで。

 せり出してきた謎の壁については、未確認で未知数なことが多いので保留にする。

 

「少々不可解な現象が起きている」

 

 そんな言葉で、明確な言及を避けておく。

 

「そんな不可解を調査しなければいけないんだが……」

 

 ちらりとエステラに視線を向ける。

 エステラは神妙な顔で頷いた。「それに言及せずには語れない」と、そんな思いを込めているのであろう瞳で。

 

「目撃された影が本当にカエルだった場合、どのような危険が起こるか予測が出来ない」

 

 それこそ、ウィシャートのところの執事が悪辣に騒いでいたような『呪いをもらう』なんてことも、ないとは保証できない。

 

「だから、調査への参加を強要するつもりはないし、参加しないことを引け目に感じる必要はない。それはエステラの望みでもある」

 

 無茶をして、こいつらの身に何かあれば、きっとそれが一番こたえるはずだ、エステラには。

 呪いや大病を危惧して距離を取りたい。そんな思いを、エステラは非難しない。

 むしろ、推奨すらするかもしれない。

 

「だから、お前らに頼みたいのはたった一つだ。悪意を持った情報拡散に街の人間が翻弄されないように、お前らが屋台骨となってこの街を守ってほしい」

 

 くだらない煽りや決めつけに領民が翻弄されないように、真偽不明の噂話に惑わされないように、領主から発信される真実のみをしっかりと街の隅々まで行き渡らせる、その手助けをしてほしい。

 

「不安は恐怖心を煽る。そんな時、揺るがない寄る辺があると人々は安心感を覚えるものだ。その寄る辺に、お前らがなってくれ」

 

 あとのことは、こっちでなんとかしてみる。

 そんなつもりで話をまとめたら、デリアがいつもの調子で声を上げた。

 

「で、ヤシロ。洞窟の調査はいつ行くんだ? あたい、漁の予定変更するから言ってくれな」

 

 さも当然のように。

 

「あたしも、昼間だったら比較的時間作れると思うよ。夕方以降は、カンタルチカがあるから難しいけど」

「私は夕方からの方がいいかなぁ。朝はニワトリのお世話があるし」

「だったら、みんなで交代で、ね? みりぃも、協力するから」

「あんたらじゃ、調査じゃなくてピクニックになっちまうだろぅ? アタシが行ってやるさね」

 

 パウラもネフェリーもミリィもノーマも、さも当然というように話を進めている。

 それ以外の連中も、自分に何が出来るかを話し合い始める。

 

 誰一人として、「じゃ、あとはよろしく」なんて蚊帳の外へ出て行こうとしていない。

 それには、エステラも若干の焦りを見せる。今のこの雰囲気が、逃げられない空気を作っているのではないかと。

 

 だが。

 

「あ、あのね、みんな。無理はしなくていいよ? ないとは思うけど、もし万が一にもまた厄介な病気が蔓延したら――」

「なに言ってんだよ、エステラ。そんなの、レジーナに頼めばいいだろ」

「そうね。レジーナならなんとかしてくれるんじゃないかな」

「あれ、そういえば今日はいないのね?」

「あの引きこもりが、こんなに人が集まる場所に出てくるかぃね。あとでアタシが話しに行ってくるさね。薬よろしくってさ」

 

 レジーナがいるから大丈夫。

 いつの間にか、四十二区の中にはそんな常識が広まりきっていた。

 誰の目にも、恐れはなかった。

 

「なぁ、ヤシロ。またウィシャートが何か言ってきてるんだろ?」

 

 デリアが拳を握って呟く。

 獲物を見据える、獰猛な獣の瞳で。

 

「あたいの父ちゃんと母ちゃんは『湿地帯の大病』で死んじまったんだ。最後まで川を守ろうとして、あたいと、川漁ギルドのみんなを守ろうとして、最後の最後まで戦っていたんだ」

 

 握りしめられたデリアの拳がギリギリと音を鳴らす。

 

「それを、『呪い』だなんて、まるで悪いことをしたみたいに言ってきてるんだろ……」

 

 拳が手のひらに打ち付けられ、凄まじい音を鳴らす。

 その場にいた者すべての呼吸が一瞬止まった。ほんの一瞬の完全なる静寂の後、デリアが怒りに満ちた声で言う。

 

「父ちゃんと母ちゃんを悪く言うヤツをぶちのめすためなら、あたいはなんだって協力する。なんだってやってやる」

 

 あまりに凄まじい怒気をはらむその言葉に、ミリィがこくりと頷き、賛同する。

 

「みりぃも、同じ気持ち、だょ」

「あたしも。ウチのお母ちゃん、すっごく優しくていいお母ちゃんだったもん。……悪く言うヤツには噛みついてやる」

 

 パウラが犬歯を覗かせる。

 

 気にしないわけがない。

 けれど、泣き寝入りするだけの弱いヤツらじゃない。

 

「徹底的に調査して、ウィシャートに言ってやるんだ、『ふざけんな』って!」

 

 デリアの言葉に、その場にいる者たちが一斉に頷いた。

 

 

 

 

 

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