「オシナの店、経営が危ないんだってな」
「なんだい、やっぱりダーリンのところに来たのかい。店を閉めているから、たぶんそんなことだろうと思ったよ」
「オシナが店を空けるってのは、これまでも結構あったのか?」
「いいや。これまでは、アタシくらいしか頼れる相手がいなかったからね、あの娘には」
つらくてもどん底でも、踏ん張って店にしがみついていた……と、メドラは言う。
それじゃあ、俺のところに来たのも、相当切羽詰まっての行動だったんだな。ほんわかほのぼのしているから、とてもそうとは見えなかったけれど。
「四十一区と言えば肉だからね。野菜を中心としたメニューのあの店には、なかなか客が寄りつかないんだよ。アタシは、美味いと思っているんだけどね」
まぁ、筋肉むきむきのオッサンが、オシャレなワンプレートの野菜中心ランチをきゃっきゃうふふと突き合うなんてことは、四十一区では起こり得ないだろうな。あそこの筋肉どもは、その筋肉が何よりの商売道具で、そいつを維持するためにも肉・肉・肉な食生活を余儀なくされているだろうからな。
「まぁ……ここらが潮時なのかも、しれないねぇ」
「と、言う割には、全然諦めきれてないって顔してるぞ」
「そりゃあ……アタシはあの店の味が大好きだからね。出来るなら続けてほしいさ。……けど、あの娘が悩んでいる姿も、ずっと見てきたからね」
オシナが逃げ出すなんてのは、相当なことなのだそうだ。
メドラは、やりきれない表情ながらも、オシナの行動に一定の理解を示した。
「お前がオシナを雇うってのは出来ないのか?」
「それは、何度か持ちかけたことはあるんだけどね……」
オシナの方が難色を示すのだそうだ。
そして、メドラ自身もあまり乗り気ではないという。
「雇用関係になっちまうとさ、やっぱり対等じゃなくなる部分があるだろう? アタシらは、どこまでも対等な友人関係でいたいんだよ……子供じみたわがままだとは、思うんだけどね」
いや。
その気持ちは分かる。
どんなに親しくても、踏み込んではいけない領域というものがある。
親しいからこそ、その領域には踏み込まず良好な関係を維持したい。その気持ちはよく分かる。
男女間でも、恋に発展させずずっと良好な関係でいたいっていうのは、ままあることだ。
「じゃあ、もし」
そこに共感が出来るからこそ、俺は一つの提案を持ちかける。
「俺がオシナの店の経営難をなんとかしてやるって言ったら……どうする?」
「嫁に行くよ! 今すぐに!」
……う~ん…………提案するの、やめようかな。
「いや、メドラは狩猟ギルドに必要な人間だし、俺もその方が助かるからさ」
「ダーリンは、狩猟ギルドにいるアタシが好きなのかい?」
「あぁ、そうだな……(俺のそばにいられるよりかは)その方がいいな」
「きゅんっ!」
デカい体を丸めて、体を揺すって身悶える。
川から上がったクマが、こんな動きを見せるよな。
「大通りは宿場街として機能しているだろ。でも、二本目以降、奥へ入ると店が雑然と並んでいるだけなんだよな、四十一区は」
「まぁ、大食い大会の時に店を移動させたからね。もともとまとまりがあったわけじゃないけど、今は結構酷い有様だね」
「そこを整理すると、客足が伸びるぞ」
客というのは、興味のある物にしか見向きもしないものだ。
ジネットが武器屋に入らないように、自分に必要がない物、興味がない店には足を運ばない。
前を通っても素通りしてしまう。
だが、似た系統の店を一ヶ所に集めれば、買い物客の足はそこで止まる。
原宿の竹下通りのように、客層を合わせた店が並ぶ通りを作ったり、中野ブロードウェイのように特定の趣味に特化した店を一ヶ所に集めたりすれば、『そこへ行く』というのが目的となる。
何が欲しいわけではなくとも、「そこに行けば何かある」と思わせることでリピーターの来場率を上げることが出来るのだ。
そして、それが盛んになれば、その場所自体が観光名所になる。
「そこでだ。オシナの店を中心に、あの付近を美容の拠点にしたらどうだろうかと思っているんだが――」
と、ここで話の矛先を領主へと向ける。
「――どう思う、リカルド?」
「美容だぁ? んなもん、四十一区には必要ねぇよ。四十一区は、『漢』の街だからな」
「……という偏見が、女性の就職率の低さ、ひいてはオシナの店の売り上げを引き下げているんだ」
「んだと!? 俺のせいだって言いてぇのか!?」
原因の多くは、その街を作った施政者にあるのは明白だろう。
あんな男くさい街のどこで女性が働くんだよ。そもそも、女性が楽しんで買い物できないような街に女性は集まらない。集まらないから盛り上がらない。盛り上がらないから需要が生まれない。需要が生まれないから利益も上がらずその産業が根付かない。
「というわけで、負のスパイラルの出所は、視野の狭い領主であると帰結するわけだ」
「オオバぁ……言わせておけば」
ずかずかと足音を荒らげこちらへ近付いてくるリカルド。
鼻息で砂埃が舞いそうな勢いだ。
「なら聞かせてもらおうか。貴様の描く青写真をな」
「素直に『教えてください』と言えんのか、お前は?」
「やかましい! 領主様が聞いてやると言ってるんだ、さっさと報告しやがれ!」
「え~……どーしよっかなぁ~」
「んじゃあ、今回の件とチャラでいいから、教えろ!」
やっぱり聞きたいんじゃねぇかよ。
今回、テレサ救出隊を出してくれた礼は、何か別の形でと考えていたらしいエステラだが、リカルドが自分で「これでいい」と言ったのだから情報提供で済ませてしまえ――と、そんな顔で俺にサムズアップを寄越してきやがった。
……なんでお前への貸しを俺が肩代わりしてんだよ。今度きっちり取り立ててやるからな。
「『そこに行けば綺麗になれる』――なんて場所があったら、女子たちが集まってくるだろう」
「なんか詐欺くせぇな。大体、その場所に行っただけで顔がどうこう変わるわけねぇだろうが」
「だから、『綺麗になるための秘訣』が集まる場所なんだよ」
「ふん。顔をどうこうして悦に浸るとは……女って生き物は理解できねぇな」
「……だからモテないんだよ、お前は」
「んだと!?」
そもそもだ。
綺麗になるってのは、顔の造詣をいじくるって意味ではない。
「肌が綺麗になったり、爪を手入れしたり、髪型をちょっと変えるだけで、女子ってのは喜べるもんなんだよ」
「はぁ? 肌や爪を綺麗にするって? 洗えばいいだけじゃねぇか、そんなもん」
「あぁ、ダメだこいつ……」
「まったく理解していないようだね」
「リカルド。あんた、ちょっとはダーリンを見習わないと、一生独身のままだよ」
「あんだよ、エステラとメドラまで、オオバの肩を持ちやがって!」
俺の肩を持ってるんじゃねぇ。お前に呆れてるんだよ。
「お前は経験がないか? 格上の相手に会う前に、少しでも威厳を出そうと衣装や髪形を完璧に整えたことが」
「それは礼儀だろうが」
「戦いに行く前に武器の手入れをしたり、少しでもいい状態にしようと鍛錬して筋肉を鍛えたりするだろう?」
「当たり前だろうが。命がけなんだぞ、こっちは」
「女子は恋に命がけなんだよ」
「はぁ!? おま…………バカか?」
俺の意見を、なんともムカつく顔で切り捨てるリカルド。
ホント……そーゆー顔させると右に出るものがいないな、こいつは。
「一番好きな男に、一番綺麗な自分を見てもらいたい。女子はみんなそう思って日々努力を重ねているんだよ。お前がくだらねぇと切り捨てる肌や爪、髪や服に気を遣ってな」
「そんなもんに時間と金をかけるなんざ……は~ぁ、女ってのはホンット馬鹿だよなぁ」
「「……言いたいことはそれだけかい、リカルド?」」
リカルドの無神経発言に、エステラとメドラが物凄い殺気を放つ。特にメドラは強烈だ。外壁の向こうの魔獣が群れをなして逃げ出していきそうな物々しさを感じる。
「……いや、まぁ……自分磨きってのは必要だよな、男女問わず……うん」
体内から水分がすべてにじみ出してんじゃないかってほどの滝汗をかき、懸命に保身に走るリカルド。
お前さぁ、口は災いの元って言葉、百回書き取って脳みそに刻みつけといた方がいいぞ。何気ない一言が原因で起こっちゃったりするもんなんだから、……殺人事件って。見た目は子供な名探偵の物語を愛読していた俺が言うのだから間違いない。
「まったくリカルドは……けど意外だね。ヤシロがそんな女子たちの機微に敏いなんてさ」
「バッカ、エステラ。当たり前だろう? ……『綺麗』と『幸せ』は、実物がなくてもいくらでも金を生み出してくれる最高の商品なんだからよ……くっくっくっ」
「……君を少しでも見直してしまった自分を叱責したい気分だよ」
『綺麗になりたい』――それは、いつの時代も、どんな世界でも、共通した女子たちの願いだ。
そこに商機を見出さないなんてのは、愚かとしか言いようがない。
四十二区では、ちょっと展開するタイミングと場所がなかったから温存していた計画なのだが……今回のような無茶なダイエットをしている女子が他にもいるようだし、そろそろどこかで形にしてやるのもいいだろう。そういう時期に来ているのかもしれないな。
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