異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

233話 酔いが回ったらスキンシップも増える -4-

公開日時: 2021年3月24日(水) 20:01
文字数:2,751

「では、逆に尋ねよう。ヤシぴっぴ。そなたなら、あの者たちの未来のために何をしてやれる?」

 

 ドニスが俺に尋ねてくる。

 そうだな。

 あえて正解を挙げるのだとすれば……

 

「ソフィーの言っていたことが一番近いかな」

 

 合図を送ると、ハムっ子たちが巨大なシートを剥ぎ取っていく。

 中から現れたのは、大きな二つの、木製の遊具。

 

 一つは、クローブジャングルという、丸いジャングルジムがクルクル回転するヤツ――を改造したもう少し安全な遊具。

 座面に背もたれを取り付け、踏ん張りの利かないガキでも安全に座れるようにしたものだ。

 クローブジャングルとコーヒーカップを合体させたような仕上がりになっている。

 

 もう一つは、箱型シーソー――の、デカいヤツだ。

 遊園地にあるバイキングという乗り物の小さいヤツ、とも言える。

 

 横回転手と縦揺れ(回転まではいかない)、その代表的な遊具だ。幼い日に遊んだ記憶があるヤツも多いだろう。

 

「さぁ、ガキども! ウーマロお兄さんの言うことを聞いて、順番に仲良く遊ぶんだ!」

「「「「ぅわっはぁ~い!」」」」

「ちょっ、ちょっと待つッス! 勢いがあり過ぎぶべぁっ!?」

 

 ガキの群れが全力でウーマロに突進していく。

 あれだけ元気があれば存分に楽しめるだろう。

 

「それじゃあ、最初のグループは中に座ってしっかり掴まるッスよ! 絶対立ち上がっちゃダメッスからね!」

「「「「ぅははーい!」」」」

 

 ウーマロお兄さんの言うことをよく聞いて、ガキどもが遊具を初体験だ。

 ハムっ子四人が外からクローブジャングルを掴み、一斉に駆け出す。

 途端に、中から悲鳴と歓声が聞こえ始めた。

 

「随分と早く回るのだな」

「あの主軸に秘密があるんだよ」

 

 あの主軸と胴体を繋いでいるのは、ノーマたち金物ギルドの力作、コロベアリングだ。

 本体と軸の摩擦を限りなく少なくして、少ない力で回転させることが出来、なおかつ安定感も増す。

 大量にガキが乗って満席になったって、余裕で回すことが出来る。

 

 同様に、箱型シーソーもベアリングの力でスムーズに動き出す。

「きゃーきゃー!」と楽しそうな声がして、順番待ちのガキどもがキラキラした目でそれを見守っている。

 

「なるほどな……普通、か」

 

 ドニスが騒ぐガキどもを見て呟く。

 

「こうして眺めていると、どちらの子たちも変わりなどないように見えるな」

「そうですね。あの子たちの笑顔……どちらも変わらず、素敵だと思います」

 

 ドニスとフィルマンが、はしゃぐガキどもを見てそんな感想を漏らす。

 

 ガキどもはどいつもこいつも、同じような顔をして笑っている。

 初めて経験する速度や動きに、心の底から声を出している。

 結局は、一緒なのだ。

 楽しければ笑うし、悲しければ泣く。感動したら、思わず声を出してしまう。

 

「あいつらは、自分が他人と違うなんてこと、重々分かってんだよ。その上で、自分の生き方を探している」

 

 誰に「あれしなさい」「これなら出来るよ」「あなたの人生を示してあげる」なんて言われなくても、あいつらは自分で生きていける。

 ただ、そのためにはいろいろ不便なことがあるのは事実。だから。

 

「俺たちは、あいつらが何かをやりたくなった時に支えてやれるような、受け皿を作っておいてやればいいのさ」

 

 前例がないから出来ない。

 自信がないから難しい。

 そんなことがなくて済むように。

 

 少なくとも、今日以降、この教会が以前のように重い鉄門扉を固く閉ざすことはなくなるだろう。

 あのはしゃぎ回るガキどもを見て、誰が哀れに思うだろうか。誰が蔑んだりするだろうか。誰が、あいつらを傷付けようと思うだろうか。

 

「ミスター・ドナーティ」

 

 エステラが、領主の顔つきで俺たちの前へとやって来る。

 そして、笑顔の絶えないガキどもを見て、しっとりと微笑む。

 

「あれが、ボクたちの目指す未来です」

 

 最貧区と言われていた四十二区の、明日の飯すら危うかったガキどもと、スラムの住人として忌避されていたハムっ子たちと、深い傷を負った二十四区のガキども。

 そんなガキどもが入り乱れて、一緒になって、同じ物で同じ笑顔を見せている。

 

「可能性は無限大です。その可能性の幅を広げるために、ボクたちは、今出来ることに全力で取り組んできたんです。未来を切り拓くために」

 

 四十二区の躍進は、そうしてもたらされたのだと、エステラは力強い瞳で訴える。

 そして、白くしなやかな指を揃えて、ドニスの前に手を差し出す。

 

「協力してください。ボクたちと、あなたたちのために。そして、――未来ある彼らのために」

「……うむ。そうだな」

 

 うっすらと笑みを浮かべて、ドニスが、エステラの手を取った。

 

「ワシも、少し興味が湧いたよ。そなたらの言う未来の姿に」

「光栄です」

 

 手に力を込め、しっかりと握手を交わす。

 

 はぁ……なんとかドニスを丸め込むことが出来た。

 いろんな連中の力を借りて……つか、無理やり巻き込んでようやくだ。

 

 そんなあれやこれやの過程の後で、ここ一番のおいしいところを掻っ攫っていったエステラだが、やはり最終的な決定は領主の仕事だからな。よくやった。

 

「では、この握手を祝して、もう一騒ぎといきませんか?」

「もう一騒ぎとな?」

 

 エステラがこちらへ視線を寄越す。

 まぁ、準備は整っているだろう。

 

 ジネットとエステラ以外の面々は、それぞれこっそり、順番にこの場を離れていたし……

 

「あれ? そういえば、みなさんはどこに行ったんでしょうか?」

 

 ガキどもが遊ぶ遊具を夢中で眺めていたジネットだったが、ここにきてようやく人が減っていることに気が付いたようだ。

 不安そうな顔で俺を見るジネット。

 思わず、エステラと笑みを交わしてしまった。

 ふっふっふっ。盛大に驚くがいい。

 

 懐から取り出した竹笛を高らかに吹き鳴らすと――

 

「……わぁっ!」

 

 ジネットがその光景に感嘆の声を漏らす。

 

 教会から、マグダたちがぞろぞろと出てきたのだ。

 全員、浴衣姿で。華やかに。

 

 浴衣姿の美女たちが、ウーマロの用意した屋台へと向かい、開店準備を始める。

 その中にはベルティーナの姿もある。

 ジネットに、自分の作った料理を食べさせたいと、さっき名乗りを挙げたのだ。

 絶対食う側に回ると思って、声を掛けないでおいたんだが……張り切ってるな。

 

 そして、初めて見るベルティーナの浴衣姿だが……いいな。大人の女性の慎ましやかな色香がそそる。

 甘酒でほろ酔いなところも高得点だ。

 

「あ、あの、ヤシロさん。これは?」

 

 おろおろしながらも、わくわくするジネット。

 うんうん。いい表情だ。

 あ~、悪巧みって面白い。

 

 ドニスやフィルマンも何が始まるのかと興味津々だ。

 リベカは、屋台と遊具、どちらに行くべきかを悩んでいる様子だ。

 

 やるべきことはやった。

 あとやるべきことは……、盛大な打ち上げ、だな。

 

「それじゃあ、ヤロウども! 祭りの始まりだ!」

「「「「おぉー!」」」」

 

 

 高らかに叫んで、『宴』は最高潮を迎える。

 

 

 

 

 

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