異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

250話 エピローグ的な陽だまり亭の日常 -3-

公開日時: 2021年3月26日(金) 20:01
文字数:2,646

「話を聞く限り、君は随分と甘やかされて生きてきたようだね」

「ん~……どうかなぁ」

 

 間違ったことをすりゃあ叱られたし、ルールや常識ってやつは徹底的に叩き込まれた。特に、人を思いやる心ってのに関しては、本当に毎日毎日言われ続けていたっけな。

 

「でもまぁ、よく褒めてくれたかな」

 

 厳しさの中にも、しっかりと愛情は感じていた。

 そして、よく笑う明るい家庭だった。

 

「……だからヤシロは、女将さんが好き」

「ん?」

「そういえば、何かにつけて話に出てくるですね」

「そうか?」

 

 そんな自覚はないのだが。

 

「女将さんの話をされる時は、ヤシロさん、いつも嬉しそうな顔をされていますよ」

「いや、さすがにそれはないだろう?」

「いいえ。こう、にっこりと、優しく」

 

 そう言って、穏やかな笑みを浮かべてみせる。

 俺がそんな顔をしてるってのか?

 

「それはアレだな。女将さんの話をする時は、大抵飯の話だからだろうな。美味い飯のことを考えると、人は自然と笑顔になる」

 

 つまりそういうことだ。

 それ以上の何かがあるわけじゃない。

 

「けど、フィルマン君に好きなタイプの女性を聞かれて、女将さんを挙げていたじゃないか」

「だから、アレは……」

 

 そう言うのが一番角が立たないだろう?

 あそこで下手に「じゃあ、目の前にいるエステラってことにしよう。あとで説明して誤解を解けば問題ないし~」なんて短絡的な行動に出ていたら、……どんな惨事を生み出していたか、言わずとも想像に容易いだろう。

 

「素敵なことだと思いますよ。自分の家族をずっと大切に思えるということは」

「まぁ、親不孝者よりかはね」

「ということは、お兄ちゃんはこれからもずっと身内に甘くしてくれるです!」

「……マグダは、未来永劫甘え続ける覚悟と自信がある」

「好き勝手言いやがって……」

 

 そう言うお前らだって…………いや、やめておこう。この言い合いは不毛だ。

 家族は特別。それでいいじゃねぇか。わざわざ否定するようなことでもない。

 

「うふふ……ヤシロさんの過去の話が聞けて嬉しいです」

「そういえば、珍しいよね」

「あたし、もっと聞きたいです、お兄ちゃんの昔話」

「……根掘り葉掘り」

「やなこった。過去の話なんぞ、弱点をさらすようなもんだからな」

 

 大抵の場合、人の過去なんてのは黒歴史満載なものなのだ。

 おのれが未熟だったころの話を進んでしようなんてヤツは、そうそういない。

 

「ごちそうさま。温まったよ」

 

 コーンポタージュスープを飲み干し、エステラが「ほふぅ」と温かそうな息を漏らす。

 

「お腹、それでは満たされませんよね? 何か作ってきましょうか?」

「そうだねぇ……」

 

 こんな時間にやって来たということは、エステラは飯を食っている暇もないほど忙しかったということだろう。

 そんな状態の時にコーンポタージュスープ一杯では足りるはずもない。

 

「でも、もう閉店なんだよね」

「構いませんよ。気にしないでください」

 

 ジネットなら、何時だろうと喜んで飯を作ってくれることだろう。

 だからこそ、気を遣ってしまう時があるのだが。

 

「じゃあ、またアレでもするか。材料も、たしか揃っていたはずだし」

「『アレ』?」

 

 なんのことか分からず、ジネットが小首を傾げる。

 

「絆の料理だよ」

「あぁ! いいですね! あたし、お手伝いするです!」

 

 いち早く答えに至ったロレッタが元気よく立ち上がる。

 そういえば、以前もこのメンバーで食べたんだっけな、この席で。

 

「あたし、前回は賄いを食べた後だったので、あんまり食べられなかったです。お兄ちゃんたちも、途中で出掛けちゃったですし。河原では弟たちの面倒見てたですし」

「……河原…………ふむ。合点がいった」

 

 ロレッタの話を聞いて、マグダが思い出したらしい。

 そういや、途中で出掛けたんだっけな。

 その後、河原で大人数で食い直したんだよな、たしか。

 

「何を作る気だい?」

「わたしも、気になります」

 

 いまだ答えにたどり着けない二人がやきもきしている。

 ここ数週間で、ホントいろいろな物を作ったからな。

 最初の方の記憶が薄らいでいるのかもしれない。

 

「手巻き寿司だよ」

「「あぁっ!」」

 

 答えを聞いて、ジネットとエステラがぱっと表情を輝かせる。

 海漁、川漁、農業、行商、狩猟と、各ギルドから仕入れた食材をふんだんに使った料理で、ロレッタが『絆』という言葉で表現した料理だ。

 

「準備をするから手伝ってくれ」

「はいです!」

「……マグダも手伝う」

「わたしも、お手伝いしたいです!」

「じゃあ、エステラ。座って待っててくれ」

「いや、手伝うよ! ここで一人残される方が嫌だもん」

「いやいや、領主様にそのような雑務をさせるわけには」

「そーゆーセリフ、もっと別のところで聞いてみたいものだね!」

 

 で、結局全員で厨房に入り、あり合わせのものを切ったり焼いたりして具材にした。

 やっぱりジネットがいると早いわ。手際のよさが桁違いだ。

 刃物の扱いに期待が集まったエステラだったが、ヤツは『刺す』専門で『切る』はイマイチだった。まぁ、ナイフ使いだからな。ナタリアなら、『刺す』『切る』『貫く』『刮ぎ取る』となんでもこなしちまうんだろうけれど。

 

「……エステラは料理が下手」

「そ、そんなことないよ! 今回はちょっと手間取っただけで」

「そうですよ、マグダっちょ。店長さんとお兄ちゃんが常人離れしてるだけで、エステラさんくらい出来れば普通レベルです」

「うぅ……ロレッタに普通って言われると、すごいショックだ」

「なんでです!? フォローしたですよ、あたし!?」

 

 他の誰に言われるよりも心に負荷を掛けるロレッタの「普通」発言に落ち込むエステラ。

 丸まった背中を撫でつつ、ジネットが励ましの言葉をかけている。

「そんなに背中を丸めていると、ただでさえ無い乳が埋没してしまいますよ」……とか言えば面白いのに。言わないかなぁ…………言わないよな。

 

「そんなに背中を丸めていると、ただでさえ無い……」

「ボク、『刺す』のは得意なんだよね」

 

 魚一つ捌けないエステラだが、俺の命を刈り取るのは容易いのだろう。

 ヤツが刃物を持っている時は発言に注意するべきか。…………エステラが刃物を持っていない時なんかないんじゃないのか?

 

「んじゃ、酢飯を作るぞ」

「はぁぁあ……あたし、この匂い好きです!」

 

 たしか最初は酢の匂いが好きになれないとか言ってなかったか、こいつ。

 

 俺が酢飯を持って再びホールへと向かうと、ロレッタとマグダが嬉しそうに具材を運んでくる。

 直火であぶった海苔を手にエステラがわくわくとした表情でそれに続き、ジネットはというと、全員分のお茶をお盆に載せてやって来た。

 

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