教会への寄付を終えた俺たちは、俺の意向で少し遠回りをして帰ることにした。
『なんとなく』そうしたい気分だったのだ。
「朝のお散歩、楽しいですね。食堂がオープンすると、なかなか出来なくなりますからね」
ジネットが満面の笑みを浮かべている。
養鶏場ではちょっとご機嫌ななめのようだったが、すっかり機嫌が直ったようだ。
マグダもいつものようにボーっとしてフラフラとした足取りながらも先頭を歩いているあたり、朝の散歩を楽しんでいるのかもしれない。
と――
特に当てもなく歩いていた俺たちは、とある農家の前で言い争いの声を耳にした。
「あれれぇ~? なんだか騒がしいぞぉ~? 何かあったのかなぁ?」
「……なんだい、そのわざとらしいセリフは?」
エステラが俺のナチュラルな演技に眉を寄せる。
まったく、これだから貧乳は……
何か事件が起こりそうな時は、主人公が関係者をそちらに誘導するものだろうが。「殺人鬼と一緒になんかいられるか!」って言って出て行ったヤツが次の犠牲者になるのと同じくらい決まりきったことだろうに。
ともあれ、俺の巧みな誘導に、俺たちは揃ってそちらに向かうことになった。
そして、目撃する。
「ちょっ、待てくれよ! そりゃねぇだろ、旦那ぁ! なぁ! それじゃあ、これから俺らは……どうやって生きていけばいいんだよぉ!? なぁ、待ってくれってばよぉ!」
爽やかな朝の時間に、悲痛な声を上げていたのは米農家のカモ人族・ホメロスだった。
地面に四肢をつきうな垂れるホメロス。そんな彼を無視するように遠ざかっていくのは行商ギルドの人間と思われる。
おそらく、『急に舞い込んだ異常事態に関連した決定事項』でも伝えに来たのだろう。
「何があったんでしょうか? お話を伺ってみましょう」
心配そうにジネットがホメロスに駆け寄る。
そして、蹲るホメロスに手を貸し、立たせてやっている。
ホメロスは生まれたての小鹿のように足をふらつかせて辛うじて立ち上がった。
ま、顔はカモなんだけどな。
「どうされたんですか? 顔が真っ青ですよ」
俺には真っ茶色に見えるけどなぁ。
「あ……あんたは、たしか……」
「陽だまり亭のジネットです。先日お邪魔させていただいた」
「あ、あぁ……そうか……いや、すまねぇな……こんな、無様なところを見せちまって…………」
「そんなこと……それより、何か問題でもあったんですか?」
「うぅ…………っ!」
「ホメロスさん!?」
ジネットの言葉に、ホメロスは顔を覆い、泣き始めてしまった。
おろおろとするジネット。
マグダもジッとホメロスを見つめている。
「……実は…………さっき行商ギルドの商人がやって来て……もう、うちの米は買えないと……」
「えぇっ!?」
ななな、なんだってー!
――という表情を、ジネットはしている。
「どうしてですか? だって、先日までは品薄なくらいだと……」
「それが……ウチの米は、主に鳥のエサ用に買い取られていたんだが……養鶏場の連中が全員、今後米は買わないと言い出したって…………」
「え………………」
ジネットの顔色が急速に悪くなっていく。
そして、錆付いたカラクリ人形のようなぎこちない動きで、ゆ~っくりと俺の方へ視線を向ける。
マグダとエステラも、俺をジッと見つめる。
あんまり見ちゃ、いやん。
「だから、今後は、食糧担当の商人に売る分だけでいいって…………けど、米を食べる人間なんてほとんどいねぇし…………これじゃあ稲作ギルドは崩壊……いや、壊滅……いやいや、消滅しちまう…………身の破滅だ……俺ぁ……もう、おしまいだぁ…………」
膝の力が限界に達したのか、ホメロスは再び地面へとくずおれた。
今回は、ジネットも助け起こさなかった。そんな余力が、ジネットにもないのだろう。
しょうがないなぁ、まったく。
「ミスターホメロス」
俺は、地面に蹲り背を丸めるホメロスの肩に手を載せる。
そして、慈悲の心をもって救済の手を差し伸べる。
「大量に余ったその米……俺たちゴミ回収ギルドが引き受けてやってもいいぞ?」
「……え…………あんた……」
「『ゴミ』という呼び名を採用しているが、他のギルドから仕入れている物も商品としてなんら見劣りのしない一級品ばかりだ。お前の米の名が汚されることなんかない。むしろ、ここの米ならウチで一番のブランド品になるかもしれない。『やっぱりホメロスの米はすごい』と、世間が認識するんだ」
「……俺の米を…………認めてくれるのか?」
地面についていた泥だらけの手で、すがりつくように俺の左手を握ってくる。両手で包み込むように、しっかりと。
俺はその両手の上に、右手を載せ包み込んでやる。
「俺は、『最初から』あんたの米が欲しいと言っていただろ?」
「あ…………あぁ…………っ……す、すまなかった……この前は、酷い態度を……なのに、あんたは………………俺は、恥ずかしい……」
「気にすんなよ。誰だって自分の大切なものを得体の知れないヤツに預けるのは躊躇うものさ。それに、信用ってのは一朝一夕で得られるものじゃないってことも、俺たちは理解している。あんたを責めるつもりはねぇよ」
「……あんた………………いい人だな」
むふ。
そう思う?
本当にそう思うの?
むふふふ……
「じゃあ、ここの米を俺たちに売ってくれるか?」
「あぁ! もちろんだ! 行商ギルドに一度いらねぇと言われちまった米だ。あんたになら格安で譲ってやるぜ!」
「それは助かる。今後とも、末永くよろしくな」
「こちらこそだ!」
俺とホメロスは握り合った手を、もう一度ギュッと握りしめ、それをもって契約の握手とした。
こうして、陽だまり亭には安定して米が供給されることになったのだ。
新米、食べ放題だ!
わっほ~い!
物語はハッピーエンドを迎え、俺たちは意気揚々と帰路についた。
ホメロスの農園を離れ、陽だまり亭が近くなったところでエステラが俺に声をかけてきた。
「これを狙っていたね?」
振り返ると、なんともジトッとした目が俺を見ていた。
「なんの話だ?」
「養鶏場に親切に相談に乗ったのも、技術を無償提供したのも、みんなこのための伏線だったんだね!」
「何を怒っているんだ? ネフェリーたちは愛するニワトリを処分せずに済み、卵の生産量が上がった。ホメロスにしたって、売却先が行商ギルドからゴミ回収ギルドに変更になっただけだ。それも、自分の作る米の名も汚されず、自尊心も傷付かない平和的な幕引きだったじゃないか。誰かが不利益を被っているか?」
「……確かに、誰も不利益は被っていないけれど…………君が得をしている」
「そこはほら……日頃の行いがいいから?」
「……今の発言、精霊神はどう判断するだろうね?」
きっと諸手を挙げて「そうだそうだ」と賛同するさ。
幸運は、人徳の高い人間のもとへ自然と舞い込んでくるものだからな。
「えっと……確認なんですが……」
控えめに挙手をして、ジネットが不安げな表情で尋ねてくる。
「今回の一件は…………誰も不幸にはなっていない……ん、です、よね?」
「もちろんだ」
ニワトリの飯を俺が取り上げただけだからな。
まぁしいて言えば、ホメロスの収入がほんの少しだけ減ったかな。
でもまぁ、ゼロになるところを救われたのだ。万々歳だろう。
しかもだ。
現状では主に『鳥のエサ』としてしか出回っていない米だが、その認識がいかに愚かなことか、俺の力をもってすれば必ずや思い知らせてやれる。
米の可能性と有用性をアピールし、このオールブルーム内でなくてはならない代物に成り上がらせるのだ。現在主役の座を独占しているパンを脅かすほどの存在にな。
需要が増せば価値が上がる。そうなれば、一度落ち込んだ収入分などあっという間に取り戻せる。
何事も、長期的な視野を持つことが重要だ。故に、今は莫大な利益を得るための潜伏期間だと捉えればいい。
そして、耐え忍んだ先に待っているのは、輝かしい未来。
それを思えば、ホメロスが不満を述べる余地など何一つない。
「……では、めでたしめでたし……ということで……?」
「問題ない」
俺はきっぱりと言い切り、そのタイミングでたどり着いた陽だまり亭へと入っていく。
うむ。実にいい商談だった。
米に卵。
当初の予定通り確保完了だ。
「……どうしてだろうね。ヤシロを素直に褒めたくない気分なのは……」
「不思議ですが…………でも、ヤシロさんはみなさんのために頑張ってくださったんですよね?」
「……自分のため」
ドアの向こうで三人娘のそんな会話が聞こえてきたが、俺はそれらをさらりと無視することにした。
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