異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

23話 エステラ・ずぶ濡れ物語 -6-

公開日時: 2020年10月22日(木) 20:01
文字数:2,605

「ベ、ベッドの匂いとか、か、嗅いでないだろうねっ!?」

 

 戻るなり、エステラが俺に噛みついてくる。

 ……嗅がなきゃよかったと思っているところだよ。

 俺はその問いかけを無視して、作ってきた服を手渡す。

 

「着てこい。厨房ででもいいし、俺の部屋使ってもいいから」

「え……これに、着替えるのかい?」

「早くしないと、尻を丸出しでは体が冷えるぞ」

「丸出しじゃないやいっ!」

 

 エステラは俺から服をひったくると、その服で尻を隠しながら厨房へと姿を消した。

 足音が遠ざかっていき、中庭へと出て行く。……俺の部屋で着替えるんだな。

 

「ヤシロさん、一体何を?」

「まぁ、見てのお楽しみだ」

 

 たぶん、これでうまくいく。

 どんなに頭の固いヤツにだって、一発で伝わるメッセージ……そう、メッセージだ。

 

 それから数分後、着替えたエステラが顔を引き攣らせながら戻ってきた。

 

「……ヤシロ、これって……」

「わぁ~っ! すごい……素敵ですね」

「えぇ…………素敵…………かなぁ?」

「素敵です! わたしも欲しいです!」

 

 エステラとジネットの意見が真っ二つに分かれる。

 まぁ、それもそうだろう。

 エステラが着ている服の前面には、でかでかと、こんな文字が縫いつけてあるのだ。

 

 

『 陽だまり亭・本店

  安いっ! 美味いっ! 可愛いっ!

  野菜炒め 20Rb~ !! 

  四十二区にて絶賛営業中!!

  年中無休

  来なきゃ損っ! 友人・家族を誘って是非お越しくださいっ!! 』

 

 

 まぁ、世界中でジネットだけが「素敵」と言うデザインであることは間違いない。

 当店オリジナルグッズとか、テンション上がるからな……やってる側が。文化祭のお揃いTシャツみたいにな。

 

「……ヤシロ、これって……」

「こんだけ派手に書いておけば、男がどうこういう前に目に入るだろう」

「そりゃ……入るだろうけど…………」

「そしたらきっと、第一声はこうだぜ? 『……なんだ、それは?』」

 

 こんなふざけた服を着て帰ってきた娘に、『男と密会してたのか!?』なんて発想を抱く親などいるはずがない。もしいたら、その親は一度頭を検査してもらうべきだ。

 

「マントを脱ぐまでの時間に先制されると厄介だ。傘を貸してやるからマントは着ずに帰れ」

「こ、この格好で街を歩くのかいっ!?」

「お前のためだよ」

「体よく店の宣伝に使おうとしてるだけじゃないかっ!」

「ギクゥ……っ! ど、どど、どうしてそのことをー!?」

「ワザとらしいよ! せめて隠そうとしてほしいもんだね!」

 

 この店はどうにも宣伝不足なんだよ。少しくらい協力しやがれ。

 

「それで、着心地はどうだ? 生地の厚いものを選んだから、寒さも多少はマシだと思うんだが……」

「……着心地は…………悪くないよ」

 

 ややむくれて、エステラはそっぽを向く。

 そんなに怒るなよ。

 確かにふざけた解決策だが、ふざけて考えたわけじゃない。こいつが最良なんだ。

 

「………………くんくん…………ヤシロの匂いが…………っ!」

 

 襟元を引き、服に鼻を近付けるエステラ。……なんか失礼な行動だな。

 

「臭くはないだろう?」

「臭くはないけど…………なんか、ドキドキするというか…………」

「はぁ?」

「いやっ、なんでもないっ! 忘れて!」

 

 なんだ、俺、ダンディーフェロモンでも出ちゃってんのか?

 俺に惚れるなよ?

 とか、冗談でも言うと確実に殴られるな。うん、黙っとこ。

 

「じゃ、じゃあ……か、帰る…………から」

 

 ふらつく足取りで、エステラが出口へと向かう。

 大丈夫かよ……

 

「また転ぶなよ」

「転ばないよっ、もったいないっ!」

 

 もったいない?

 

「やっ、なんでもない! あ、あの……洗って返すから」

「いや、そのままでもいいぞ」

「洗うっ! 跡形もなく洗ってくるから!」

「いや……跡形は残しといてくれよ」

 

 なんだか、熱に浮かされているように見える……本当に大丈夫か?

 

「エステラさん、では、これを」

 

 ジネットが差し出した傘を受け取り、エステラは外へと出る。

 雨は、まだ激しく降り続いていた。

 

「送るか?」

「大丈夫! 君の世話にはならないよ」

「別にストーキングとかしねぇぞ?」

「分かってるけど…………でも、本当に大丈夫だから」

「そっか」

 

 そこまで言うのなら、しつこく言うのもなんだろう。

 

「じゃ、気を付けてな」

「ありがとう。その……いろいろと」

「いーって」

 

 まぁ、今後なんらかの形で返してもらうさ。

 

「では、また明日です。エステラさん」

「うん。ジネットちゃんもありがとうね。濡れるといけないから、もう入りなよ」

「はい、では」

 

 ジネットがぺこりと頭を下げ、俺たちは室内へと戻った。

 ドアを閉める。

 ジネットがぱたぱたとカウンターへと駆けていき、俺だけがドアの前に残った。

 

「…………」

 

 そっとドアを開けて外を覗いてみると…………襟を引っ張ってそこに顔を埋め、エステラが俺の服の匂いを盛大に嗅いでいた。

 …………匂い好きの女子って、いるよなぁ………………

 

 これまた、見つかれば「見ぃ~たぁ~なぁ~」と山姥化されそうな光景だったので、俺はそっとドアを閉め、今見たことを心の奥へとしまい込んだ。

 ……エステラも、なかなかの変態だな。

 

 

 その後、マグダの帰りを待っていたトルベック工務店の連中は、雨脚が強くなったことを受け、マグダの帰還前に帰っていった。

 帰る間際、ウーマロが「これ、マグダたんに! オイラからって!」と、トウモロコシをジネットに渡していた。……必死だな、おい。

 

 夜遅くに帰ってきたマグダは、なんだか疲れた様子で早々に寝室へと引き上げていった。ミーティングとか苦手そうだもんな。

 

 そんなわけで、俺も自室に戻ってきたのだが……

 

「おかしい……」

 

 明日も朝早くから弁当の準備と寄付の下ごしらえが待っている。

 早く寝てしまわなければいけないのだが……

 もぐり込んだベッドがやたらといい匂いがして……悶々として眠れない。

 

「……たしか、さっきは泥臭いだけだったのに…………なんで、いい匂いしてんだ?」

 

 俺のベッドからは、どこか甘ったるい、ドキドキするような匂いがしていた。

 可能性があるとすれば、着替えるためにここにやって来たエステラが、もう一回ベッドにもぐり込んだ…………くらいしかないが………………なんのために?

 

「…………ったく、あの匂いフェチめ」

 

 勘の鋭い俺に、そういうことすんじゃねぇっての。

 変に意識しちまうだろうが…………

 

 気付かないフリをしなきゃいけないこっちの身にもなりやがれ…………

 

 あぁ、クソ…………

 せめて、嗅ぎ返してやるっ!

 

 そんなわけで、非常に悶々としながら……その日は長い夜を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

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