「ヤシロさん。随分と騎馬が減りましたね」
頭の上からジネットの声が降ってくる。
少しアゴを上げてみると、ジネットがおデコに手のひらを添えてグラウンドを見渡していた。
俺たちは今、外周をゆっくりと回っている。
騎馬が多い間は、輪の外にいるだけで割と見逃されてきたのだが、数が減ってくればそういうわけにもいかなくなるだろう。
そろそろ、俺たちも狙われ始める頃合いかもしれない。
――とか、思っていると。
「ふはははは! 勝負だ、カタクチイワシ!」
厄介なヤツに見つかってしまった。
「まだ生き残っていたとは、しぶといヤツだ! 剃っても剃っても一本だけぴよ~んと残るむだ毛のような男だな、貴様は!」
「その喩えはどうなんだ、淑女として!?」
むだ毛処理の話なんぞを男にするんじゃねぇよ。
貴族の令嬢ともなるといろいろ大変なんだねぇとでも言えばいいのか?
言ったら言ったで「セクハラか、カタクチイワシ!」とかって喚くくせに。
「私から逃げられると思うなよ。息の根を止めてくれるぞ、カタクチイワシ!」
「待て待て! お前が戦うのは俺じゃなくてジネットだぞ!」
「ジネぷーには優し~く勝利して、その後で貴様の息の根を止める!」
「それただの殺人予告じゃねぇか!?」
犬死にも甚だしいわ!
競技と関係ないところで止めんじゃねぇよ、息の根!
…………競技中でもお断りだわ!
「さぁ、ジネぷー。怪我をしたくなければその鉢巻を渡すのだ」
「そ、それは……出来ません」
「手荒な真似はしたくないのだよ、ジネぷー。鉢巻を私に渡してくれ」
「ぷぷぷー! 抱腹絶倒思う、私は、ルシア様いきなりの領主ギャグに」
「なっ!? ち、違うぞ! 狙ったわけではないぞ! 断じてないぞ!」
「わたしに、わたして……ぷぷぷー」
「違うと言っておるだろう、ギルベルタ!」
「うわぁー、ルシア、おもしろー」
「やかましいぞ、カタクチイワシ! 棒読みにもほどがあるわ!」
ルシアが真っ赤な顔をしている。
ついつい条件反射でからかってしまったが、これでルシアは意地になって、絶対ジネットを見逃してくれなくなっちまったんだろうな……
「よもや、許すことは出来ぬ! 貴様らにはここで敗退してもらう!」
……ちっ。
「コメツキ様が挑発するからですよ」
「そう。さっきまでであれば話し合いの余地はありました。ついさっきまでは」
「あーはいはい。俺が悪かったよ」
後ろから給仕二人に責められる。
ルシアとまともに戦って、ジネットが勝てる確率はほぼゼロに近い。
なら逃げるしかないのだが……追いかけ回されるのも考えものだ。
逃げている騎馬というのは狙われやすいのだ。
後ろにばかり気が向いている隙を突かれて横から出てきた手に鉢巻を奪われる。そんな場面を腐るほど見てきた。
そして、逃げている騎馬というのは、自分で「私は弱いです! 狙い時です! カモです!」と宣伝して回っているようなものなのだ。
なので、出来ればルシアの方から退かせたい……よし。
「ジネット! こうなったら正々堂々、真っ向勝負を受けてやれ!」
「ぅええ!? で、でも、ルシアさんとだなんて、わたし……」
「ジネット、拳を顔の横に持ってきて脇を締めろ!」
「え? は、はい!」
ジネットの体にグッと力が入り固定される。
これで多少揺れても即落馬はしないはずだ。
「イネス、デボラ、行くぞ! OBBだ!」
「「はい!」」
俺の合図でジネットが足を掛けている手――鐙を同時に持ち上げて、すぐさま下ろす。
ジネットの足を胴上げのように押し上げて解放した。
「へっ、ひゃう!?」
急上昇から一瞬の無重力、そして落下。
俺たち騎馬にがっちりとキャッチされたジネットの体では、上昇と下降、浮力と重力によって大きな変化が起こっていた。
すなわち!
「おっぱいが、ぼい~んと、バウンド(OBB)したのだ!」
「なにするんですか!?」
「おっぱいぼいんぼいん(OBB)でも可!」
「もう、懺悔してください!」
騎馬の上でジネットのおっぱいがこれでもかと揺れ動く、暴れ狂う、狂喜乱舞する! いや、乱舞に狂喜する(俺が)。
そんなOBBを目の当たりにしたルシアは硬直していた。
「さぁ、次はお前の番だ、ルシア!」
「で、出来るかぁ!」
「ジネットほどのバウンドは期待していない。お前の……ぷっ……出来る範囲で……ぷぷ……精々揺らしてみればいーんじゃねーの? ぷふぅー!」
「ギルベルタ! 撤退だ! 一時退却するぞ! えぇい、何をしている! 退くのだ、退けぇー!」
物凄い勢いでルシアが撤退していった。
と思ったら、「あ、こいつなら勝てそう」と思ったのかパウラが側面から接近して鉢巻を奪い去っていった。
な?
逃げることに夢中になるとそういう隙が生まれるんだよ。
「ジネット。ナイスファイトだ」
「戦ってません!」
「じゃあ、ナイスバウンドだ!」
「懺悔してください!」
なんにせよ、これでまた敵が減った。
残っている騎馬はいよいよ少なくなってきた。
「あー! ヤシロ!」
ルシアを撃破したパウラが俺たちを見つけて声を上げる。
だから、なんで俺なんだよ?
上にまたがってるのはジネットだろうが。
腕まくりをして(半袖なんだけど)接近してくるパウラ。
辺りはすっかり暗くなり、ある程度近付かなければ誰が誰だか分からなくなってきた頃合いだ。
当然、視界も悪くなる。
「うふふ~ん! 悪く思わないでね、ジネット! ここで勝てば、黄組は優勝に王手がかかるのよ!」
もしここで黄組が優勝の300ポイントを取れば3880ポイントとなり、青組が二位の200ポイントをとっても3830ポイントにしかならないのでトップに躍り出ることになるのだ。
だからこそ。
「……勝たせるわけにはいかない」
パウラの背後から突然現れたマグダ。
音もなく忍び寄り、そしてあっという間にパウラの鉢巻を奪取した。
「あぁー!?」
「……悪く思わないでほしい、パウラ。ここで勝たれると黄組の優勝に王手がかかるから、全力で妨害させてもらった」
「も~う! もうちょっとだったのに!」
尻尾をぶわっと膨らませて、パウラが不機嫌そうに腕を振り回す。
黄組はあと一騎か……
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