そんな感じで、デモンストレーションだってのに全力で楽しむヤツ続出のピニャータも終わり、本番の作戦会議をもう始めている気の早い連中を尻目に、俺たちはハロウィン飾りを見て回ることにした。
参加は自由。
陽だまり亭は一時的に店を閉め、『御用の方は屋台まで』という張り紙をドアに張っておく。
ま、今日売れるのはお菓子くらいだろう。
「……ロレッタ。オヤツは30Rbまで」
「ふぉお! 悩むですね!」
マグダとロレッタも遠足気分で楽しそうだ。
「モリーも来るだろ?」
「あ、はい! ……ただ、30Rbとなると…………悩みますね」
「……もうすぐ本番だけど、間食するの?」
「いや、でも、30Rbまではセーフって!」
セーフとかないから。
1Rb分だろうと、食ったらその分カロリー摂取しちゃうから。
「……綿菓子なら、すごく軽いからそんなに太らないような気が…………」
モリー。
気付いて。
一歩一歩確実に近付いてるぞ、残念な娘に。
そうして繰り出した、大通り。
「あ、お兄ちゃん見てです! あの飾り! あたし、七号店のお手伝い行く時見つけたです! 可愛いです!」
「……ヤシロ。この向こうの家の飾りは、……エロい」
「どこだ、マグダ?」
「ちょーっと、お兄ちゃん! 迷いなくそっち行かないでです!」
可愛い飾りを見て「かわうぃ~い!」って言うのは女子に任せておけばいいんだよ。
男子なら、エロスに全力だろうが! それが、思春期ってやつさ!
「俺たちの思春期は終わらない……っ!」
「いいことを言ったつもりかい? 全然カッコよくないからね?」
まったく、エステラったら、なんにも分かってないんだからっ。カンカラコン!(←蹴られた空き缶)
「あ、ロレッタ。そこ触らない方がいいよ」
「なんです、エステラさん? うわっ! なんかあからさまに怪しいレンガがあるです! こんなん『触れ』って言ってるようなもんです。えい!」
「がじがじがじっ!」
「うひゃぁあ!? 懐かしの噛みつき草です!?」
「ぷっ……くく」
エステラ、お前……割と底意地悪いよな。相手によって。
「あ、そうだ。ロレッタ」
「なんですお兄ちゃん?」
「そこの、ネズミに噛みついているチーズの飾りに触ってみろ(にやにや)」
「こ、今度はどんな仕掛けがあるです?」
「まぁまぁ、いいから。ちょ~っとだけ触ってみろって(にやにや)」
「う……触りたく、ない……です、けど…………ここで触らないと女が廃るです! 触ってやるです!」
「(にやにや)」
「い、いくですよぉ…………つんつん…………………………なんも起こらないですけど!?」
ただの飾りを、物凄ぉ~~~~くビビってちょい触りしたロレッタ。
やーいやーい、必死な顔してやんのー!
「ヤシロって、ホンンンンット、底意地が悪いよね」
「妙な仲間意識を持つんじゃねぇよ」
「仲間だなんて思ってないよ、これっぽっちも」
自分の底意地が悪くないとでも言いたいのか、この領主は?
自己分析能力皆無だな、こいつ。
「ほんと、仲良しよねぇ~、ヤシぴっぴとエステラさん」
「人の目がある時ほどイチャイチャするんです、あのお二人は」
「妙な言いがかりはやめてくれるかな、ナタリア!?」
「自己分析能力皆無なんですよねぇ、エステラ様は」
同じ意見にたどり着いたというのに、一切共感できないぞナタリア。
俺を巻き込むな。エステラが勝手にわちゃわちゃしているだけだ。
「ヤシロ様。たまには私ともデート紛いなことをしてみませんか?」
「なんだよ、デート紛いって?」
ナタリアがそそそっと寄ってきて、女の子らしい仕草でゴブリンのような顔の飾りを指差す。
「みてみて~、あの飾り、と~っても変~」
「今のお前もなかなかに変な仕上がりになってるぞ」
「でもね、も~っと変なものがあるんだよ。それはね、君さ☆」
「ケンカ売ってんのか、こら」
「デートでありがちなイチャイチャシチュじゃないですか。不勉強が過ぎますよ、ヤシロ様」
「なるほど。経験に基づかない独学が如何に危険かの証左だな、これは」
ナタリアもたまには休暇をもらって誰かと遊びに出かけるといい。
仕事ばっかりしているからそんな仕上がりになってしまうんだ。
「あっ! ヤシロさん、ヤシロさん! 見てください! カンタルチカさんが!」
ここまでにこにこと飾り付けを眺めていたジネットが、目をくりくりさせてぶんぶん腕を振る。
指差す先には巨大な狼の顔が大きな口を開けて客を待ち構えていた。
「お店に入ると食べられちゃいそうですね! すごいです! 面白い趣向ですね」
「ウーマロ、頑張り過ぎだろ」
「やはは……、久しぶりに頼られたって感じがしたもんッスから」
パウラから名指しで依頼を受け、それも大通りで一番目立つハロウィン飾りの制作依頼――いや、建築依頼だったもんだから、ウーマロは舞い上がってしまったのだろう。
グーズーヤが指摘していた『技術の無駄遣い』がそこかしこに見え隠れしている。
「どう? すごいでしょ~! やっぱり、カンタルチカは他とは違うって感じでしょ?」
「はい。すごく可愛いですね、パウラさん」
「……これは、称賛に値する。さすが、かつてマグダが数日手伝いをした店だけのことはある」
「ですね! やっぱり、頭一つ抜けているです! かつてあたしが働いていたお店だけあって!」
「あんたらが働いてたのってほんの数日でしょ!? なに我が物顔してんのよ!」
素直な称賛……ではあるのだが、関係者顔が鼻について素直に喜べない様子のパウラ。
でも、尻尾はわっさわっさ揺れている。
……捲れろ、裾!
「ヤシロさん。食べられちゃいますよっ」
ぺこっと、額を押された。
……だから、鼻の付け根付近に指を近付けるなっつうのに、どいつもこいつも。
「ほんと、不思議な雰囲気ねぇ」
街を埋め尽くす奇っ怪で不可思議な飾りを見渡し、マーゥルが囁くように言う。
「不気味で怖い異形の者たちが街を埋め尽くしているのに、全然嫌な感じじゃなくて、むしろわくわくしちゃうなんて……ヤシぴっぴのすることって、どうしていつもこう不思議なのかしら?」
「俺が考えたイベントじゃねぇよ。俺の国でやってたことを、単に紹介しただけだ。なんでこんな風になったのかは、考えついたヤツにでも聞いてくれ」
「それでも、この街に馴染むように手を加えたのはヤシぴっぴでしょ?」
ん。まぁ……多少はアレンジしてるけど。
けど、そんなもんは微々たるもんだ。
この街の人間のノリがいいんだろう。
「今でも十分楽しいけれど、本番が待ち遠しいわね」
「そうですね。ボクも、本番がどんな風になるのか、今の段階ではまったく想像できないんです」
「想像するだけ無駄だ。きっと、それを軽く上回るバカ騒ぎになるからな」
そんなもんは目に見えている。
きっとそうなる。
そんな様が容易に想像できるのだろう。ジネットもふわりと微笑んでゆっくりと頷いた。
「きっと、すごく楽しい一日になりますよね」
その意見に反対する者は一人もいなかった。
「ヤシロさん! そろそろいい時間ッスよ!」
「そうさね! 大広場へ向かうさよ!」
「さぁ、皆様! お急ぎなさいまし!」
職人キツネ二人と、ブロンドお嬢様がわくわく顔を抑えきれずにみんなを煽り始める。
放し飼いの鶏を追い立てるように、俺たちを大広場へと誘導する。
こいつら、ホンッッット、サプライズに向いてないよなぁ。
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