異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

323話 呪いか否か -4-

公開日時: 2021年12月29日(水) 20:01
文字数:3,801

「で、なんで弟たちがこんなにいるんだ?」

 

 俺に群がるハムっ子どもを引っぺがしながらエステラに問う。

 

「ネットワークで情報を拡散するためさ」

「……拡散力は高いが、伝達力は低いんだぞ。大丈夫か?」

「へいきー!」

「やる時はやる子ー!」

「やらない時はやらないけどもー!」

「細かいことは気にしないタイプー!」

 

 それだよ、伝達力が上がらない理由。

 

「お前ら、広めていいことと悪いことの区別ついてるのか?」

「「「もちのー!」」」

「「「ろんー!」」」

 

 うん、不安だ。

 

「お姉ちゃんに怒られることが言っちゃいけないことー!」

「ロレッタ基準か……不安だな」

「なんでです!? あたしがビシーッと言い聞かせるから大丈夫ですよ!」

「んじゃあ、弟。今日のロレッタのパンツの色は?」

「「「「モスグリーンー!」」」」

「むぁぁあああ! それは絶対に言っちゃダメなヤツですよ! っていうか、なんであんたたちが知ってるです!?」

「「「妹が見てたー!」」」

「「「共有ー!」」」

「「「拡散ー!」」」

「「「したー!」」」

「するなです!」

 

 な? 不安だろ?

 

「と、とりあえず、ボクらがいいと言ったことだけ拡散するようにしてくれるかな?」

「「「まかせてー!」」」

「……ヤシロ、どうしよう。物凄く不安になってきた」

 

 今さらそんな目でこっちを見られても遅ぇよ。

 まぁ、変な話はしてないし、こいつらには悪意なんてもんは存在しないから大丈夫だろう。うまくコントロールすれば。

 

「とにかく」

 

 ぽんっと手を打ち、エステラが話を戻す。

 

「明日、もう一度洞窟内の調査を行うよ。メンバーはボクが選出する。他のみんなには、まず四十二区内を落ち着かせるために協力してほしい。きっと、もう噂は広まっていると思うから」

「俺は参加するぜ。洞窟の中には何がいるか分からないからな、俺がいると安心だろ」

「いや、ウッセ。君には狩人たちをまとめて街中をめぐってほしい」

 

 調査隊に志願したウッセを、エステラは外す。

 

「頼れる狩人や木こりたちが街を巡回することで、領民たちは守られているって安心感を覚えると思うんだ。それと同時に、怪しい人物への警戒も強化してほしい。これは、群れを統率できる君にしか頼めないことだ」

「そうか。そういうことなら、引き受けるぜ」

 

 護衛という面では、ウッセは申し分ないが、洞窟の中はそういったものとは別の危険が潜んでいる。

 それこそ、この街がひっくり返るような秘密が出てくるかもしれない。

 もしかしたら、メドラにも言えないような秘密が飛び出すかもしれない。

 ウッセは、四十二区よりも狩猟ギルドが優先される立場だ。信用しないわけではないが、何も情報が得られていない今、最先端に投入するのは得策ではない。

 

「……マグダが行く」

 

 ウッセが引いたところへ、マグダが進み出てくる。

 

「……ウッセとは違い、信用されているから」

「おぉい、マグダ!? 俺だって信用されてねぇわけじゃねぇよ! むしろ信頼されているから街を任されてんだよ! な? そうだよな!?」

「あ、あぁ、うん。大丈夫、信用してるから」

 

 ちょっとした焦りを滲ませてエステラに詰め寄るウッセ。

 ムキになるなよ。いつもの、マグダのちょっとした悪ふざけじゃねぇか。

 

「それじゃあ、あたしは陽だまり亭を守るです。店長さんとカニぱーにゃ、テレさーにゃを守り抜くです」

 

 いざとなったら体を張って。そんな意気込みでロレッタが言う。

 お前にそんな無茶はさせられねぇよ。

 

「ノーマ、すまんが――」

「分かってるさね。まぁ、金物ギルドの連中は、アタシがいなくても自分らでなんとか出来るから、しばらくは陽だまり亭にいてやるさね」

「悪いな」

「なぁ~に、最近は客に料理を出すっていうのが楽しくなってきたんさね。案外肌に合ってるかもしれないっさよ」

 

 いつか、ノーマが金物ギルドを引退した時には、小料理屋『キツネのしっぽ』なんて店がここの近くにオープンするかもしれないな。

 

「あたいは行くぞ、ヤシロ。いいだろ?」

 

 デリアがギラついた瞳で俺を見つめている。

 ウィシャートのやり方に憤りを感じているようだ。

 だが、デリアも今回は遠慮してもらおう。

 

「デリアさん、マグダさん」

 

 俺が断りの言葉を述べようとした時、ナタリアがデリアとマグダに向かってほぼ同時に何かを放り投げた。

 よく見えなかったが、それは拳大で軽く、ふわふわと飛んでいく。

 

「なんだこれ?」

 

 パシッとデリアが飛翔物をつかんだ瞬間「ぱきっ」という音がしてソイツは壊れた。

 

「ん!? なんか、壊れたぞ?」

「でしょうね。それは、木片を極限まで削り作り上げた木工細工ですから」

 

 ナタリアがナイフの鍛錬のために10センチ×10センチの木片を削り、繊細かつエレガントな模様を彫り出した、極限まで薄く細く削りあげられたものだった。

 小学生がぶら下げている四角いプラスチックの虫かごを、もっと複雑に、もっとアーティスティックに仕上げたようなものだ。

 中は空洞。外周を構成するのは爪楊枝よりも細い木の柱。

 当然、力を込めて握れば折れてしまう。

 

「最初に言っといてくれよぉ。壊しちゃったじゃねぇか」

「いえ、壊れるのはいいのです。鍛錬のついでに作っただけのものですから――ですが、今回はそれを壊さないほどの繊細さが求められる調査となります」

 

 そう。

 洞窟の中では何が起こるか分からない。

「最初に言ってくれれば気を付ける」なんて甘いことを言っていられない状況になる可能性もある。

 うっかり触った石が起点となって洞窟が崩落、生き埋めに、なんてこともないとは言えない。

 

 デリアは頼りになるが、良くも悪くも思い切りがよすぎるのだ。

 突然襲いかかる事態に、瞬時に、最善の対処を、寸分の狂いもなく実行できる、そういう繊細さが求められる。

 

 それが出来るのはナタリアと――

 

「マグダさんは、さすがですね」

 

 ――マグダくらいだ。

 マグダは、デリアと同じものを放り投げられたというのに、それを傷一つ付けることなく受け取っている。

 飛んでくる感じや質感を見て瞬時に対応を決めて即実行した証拠だ。

 手に触れる際の衝撃すら殺して受け取っているのだろう。

 

 今回はナタリアとマグダ、この二人に護衛を頼む。

 

「今回洞窟に行くのは俺とエステラ、護衛としてナタリアとマグダ、道案内にウーマロとマーシャ、以上のメンバーにする」

 

 このメンバーは、あのせり出した壁を目撃した者たちだ。

 アルヴァロがマグダに代わっただけだ。

 

 まずは、カエルがいるのかどうか、いた形跡があったのかどうか。

 そしてあの謎の壁はなんなのか、それを調べる必要がある。

 そこから先は、調査の後で考える。

 

「デリアは、港まで来てくれるか? 万が一の際は助けを呼ぶから飛び込んできてくれ」

「そうだね。なんらかのトラブルで外に出られなくなるかもしれない。そんな時、外にデリアがいてくれるととても心強いよ」

「そうか? んじゃあ、今回はそういうことにしとく。けど、次はあたいにも仕事をくれよな」

 

 デリアの向こうで、ミリィやパウラも似たような目をしている。

 協力をしたい。そう顔に書いてある。

 

「まだ分からないことだらけでな、安請け合いは出来ねぇよ」

 

 軽々しく「じゃあ、この次な」とは言えない。

 だが、こいつらの気持ちも分からなくもないので、精一杯のサービスをしておく。

 

「必ずお前らの力を借りる時が来る。それまでは、調査よりも街を守る方に尽力してくれ」

「ん。そうだな。ウィシャートの手下がまたやって来るかもしれないしな」

「みりぃも、四十二区のために、がんばる、ね」

「怪しいヤツがいたら、片っ端から噛みついてやるんだから」

 

 いや、パウラ。それはやめとけ。

 特定の人種にはご褒美になっちまう。

 

「すまないね、みんな」

 

 集まった者たちに、エステラが謝辞を述べる。

 

「今回は状況を知っておいてほしくて集まってもらったんだ。思わせぶりなことをしてしまったけれど、今は焦らずに足下を固める方向へ意識を向けていてほしい」

「そうね」

 

 少々消化不良気味な面々に語るエステラを、マーゥルがフォローする。

 

「気に入らない者へ拳を振り上げるのは容易だけれど、それよりも今は大切なモノを守る方が重要だわ。血を見るような争いに発展すれば、一番危険にさらされるのは先頭に立つこの二人だもの」

 

 え。

 俺、いつの間に先頭に立たされてんの?

 中盤にいたいんだけど。

 前後を頼れるヤツにがっちり守ってもらってさ。

 

「ヤシぴっぴとエステラさんを守れるのは、同じ四十二区のあなたたちだけなのよ。状況が悪化した今、これ以上悪化させないために現状を維持するというのはとても重要なことよ」

 

 好転しなくとも悪化させない。

 現状維持は、確かにこの今の状況にはかなり重要なファクターだ。

 

 

「ヤシぴっぴ、エステラさん。しっかりね」

「はい。ありがとうございます、マーゥルさん」

 

 マーゥルの言葉には妙な説得力があり、不満顔をさらしていた者たちも自分に何が出来るかという方向へ意識を向け始めた。

 やるな、マーゥル。

 こういう説得力は、やっぱまだまだエステラには足りていないところだ。

 もうしばらくは敵対したくない相手だよ、まったく。

 

「というわけで、ジネット」

「はい。美味しいお弁当を作りますね」

 

 明日、洞窟の調査に行ってくる――と言いたかったのだが。

 ジネットも何かの役に立ちたい、そんなことを思っているのだろう。

 

 ここは甘んじて、その好意を受け取っておくとしよう。

 美味い飯があると、やる気が出てくるからな。

 

 

 そして明朝。

 俺たちは再び港の先の洞窟へと赴いた。

 

 

 

 

 

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