「実は、今日引っ越しの予定だったのですが……」
「へぇ、今日だったんだ」
なんか、最近よく陽だまり亭に顔を出しているからいつ引っ越してきたのか分からなかった。
まぁ、木こりギルド四十二区支部、通称『イメルダ館』は、すでに生活が出来る状態になっているし、別荘感覚で行き来していたのだろう。当然、十数人の給仕を連れてだ。
「それが、なんで本格的な引っ越しの日に給仕が一人もいないなんてことになったんだよ?」
「それが…………給仕たちが、全員……揃いも揃って、『え、引っ越しは明日ですよね?』って!」
「お前がフライングしたんじゃねぇか!?」
「みんなして日にちを間違えるなんて、言語道断ですわっ!」
「お前だ、日にちを間違えたのはっ!」
「早くこっちに来たかったんですのっ!」
「認めたな!?」
あぁ、こいつ……バカだ。
「で、何人か連れてこられなかったのかよ?」
「それが……『いえ、こちらも今の家を引き払ったり、引っ越しの準備がありますから! いきなり言われても無理ですよっ!』と、訳の分からないことを……」
「すげぇ正論じゃねぇか」
訳が分からんのはお前の方だ。
「たった一人、ワタクシについてきていた給仕長も、『では、私も明日の引っ越しに備えて準備がありますので……』と、四十区へ帰ってしまい……」
「お前も帰れよ……」
「ワタクシは、こうと決めたら梃子でも動かない女なのです!」
うわぁ……めんどくせぇ女……
「……で、実際問題、どうすんだよ、この後?」
給仕がいなくても、あとは帰って寝るだけだ。なんとでもなるような気がしなくもないが…………こいつを一人にすると何が起こっても不思議じゃないような……夜眠れないからとか言って変な召喚魔法の本とか読んで異世界の魔獣とか召喚したりして、その犯人がイメルダなら――「あぁ、あの人はいつかそういうことしそうだなって思ってました」――って街頭インタビューで答えそうなほど納得できるぜ。
「大丈夫ですわ。ワタクシには、心強い味方がおりますもの!」
「味方?」
誰だ?
エステラか?
「うふふ、うふ、うふふふふふ……」
……うわぁ……なんか、めっちゃ見られてるんですけど…………
「……俺に何を求めてるんだよ?」
「夜間、女性が一人でいては危険だと思いませんこと?」
「じゃあ、ここに泊めてもらえよ」
「ワラは嫌ですわっ! どうしても泊まってほしければウーマロさんを呼び出して高級ベッドを作ってもらってくださいまし!」
「……お前なぁ」
どうする?
叩き出すか?
「今、『叩き出すか』みたいな顔をしましたわねっ!?」
くわっ!?
と、イメルダが俺を威嚇する。
……こいつ、今かなりナーバスになってやがるな。神経が過敏になっているのだろう。読心術をマスターしやがった。
「あの、ヤシロさん。なんとかなりませんか?」
「あのな……なんでもかんでも俺に言えばなんとかなると思うなよ?」
「すみません……そうですね。最近ヤシロさんに頼りっぱなしですよね。こんなことじゃ、私はヤシロさんに嫌われてしまいますっ!」
いや、そんなことはねぇけども……
「では、ヤシロさんはワタクシがもらい受けて差し上げますわ。給仕を束ねる給仕長としてその手腕を振るってくださいまし」
「あぅっ! あの、ヤ、ヤシロさんは、陽だまり亭にとってとても重要な方ですので……その、そういうことは……ぁう……でもヤシロさんご本人が希望されるのでしたら……でも、でも……」
「落ち着けジネット。俺はイメルダのとこには行かないから」
「本当ですか? ……よかったぁ」
イメルダのとこなんか行ったら、毎日どんな面倒くさい目に遭わされるか……ストレスでハゲかねん。
「ですが、ウチの給仕は寮生活ですのよ?」
「俺もその寮に住めってのかよ?」
「えぇ、そうですわ。女子寮に、特別に一室作らせますわ」
「…………………………。何をバカなことを言ってるんだ」
「今、間がありましたよね、ヤシロさん!? 一瞬心が揺らぎましたよね!?」
「あははは、なにいってんだよ、ジネット、ほんと、おまえは、おもしろいやつ、だなぁ、あははは」
「言葉が乾き過ぎですよ!? カラッカラじゃないですか!?」
いかん……『女子寮』って言葉に釣られかけた。
だって、お前。『女子寮に俺だけ男子』だぜ? そんな本とかあったらつい買っちゃうだろう?
だってあれだろ? 女子寮って、寮生みんなで大浴場に入っておっぱいの揉みっこするんだろ? 浴場で欲情しちゃうじゃん、そんなの!
だが、こらえた!
そんな魅惑的な餌を目の前に突きつけられたにもかかわらず、俺は見事にこらえてみせた!
まだ、理性の方が一枚上手なようだな、リビドー。そうそう暴走はさせねぇぜ。
…………『異世界女子寮のなんじゃこりゃ混浴譚』
はっ!? いかんいかん。意識が浴場付近をフラフラしてやがる。しっかりしろ、俺!
「んで、ジネット。具体的にどうするつもりだ?」
「そうですね……ワラのベッドが嫌なのでしたら…………ウチでご用意できる、高級感があってふわふわしたもの………………ポ…………ポップコーン……」
「すまん、イメルダ。俺がなんとかする」
「お願いしますわ」
「ふぇ~ん……申し訳ありません…………何も思い浮かばなかったんです……っ!」
ジネット、もう半分以上頭が寝てんじゃねぇのか?
片付けはそこそこでいいから早く寝ろ、な?
「今から四十区に送っていってやろうか?」
「ワタクシ、四十二区から四十区までなんて歩けませんわ」
「……運動しろよ、太るぞ?」
「しっ!? 失敬な! 運動くらいしてますわっ!」
「何やってんだよ?」
「………………早口言葉」
こいつも半分寝てんじゃねぇのか?
「このっ、このあたりの筋肉がとっても痛くなりますわ! それはもう、物凄いカロリー消費ですわ!」
と、頬骨の下あたりをむにむにと押さえる。
そんなもんで痩せるんなら、日本の女子は全員超早口でしゃべりまくるわ。
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