久しぶりに会った四十区の領主、アンブローズ・デミリーは、とても厳しい表情をしていた。
「エステラ。私は、お前にすべての非があるとは思わない。だが、お前にまったく非が無いとも、私には言えない」
「…………オジ様」
なに抜かしてやがんだよ、このハゲ!
……なんて軽口が叩けるような雰囲気ではなかった。
四十一区の通行税導入は、思った以上にこの四十区に緊張をもたらしていた。
やはり大きいのは、木こりギルドの存在だった。
「私はお前を実の姪くらいには可愛いと思っている。だが……姪可愛さで済ませられる問題と、そうではない問題がある……」
「……はい」
イメージにそぐわない、真面目な声でデミリーは続ける。
「支部を作ると、かなりの無理を押し切って取り付けた契約が、すべて無駄になるかもしれんのだ。……これは、憂慮すべき問題だ」
「…………はい」
街門を作るという条件で、木こりギルドに支部の許可をもらったのだ。
その街門が撤回されることはあってはならない。
かと言って、このまま四十一区との間をこじらせて通行税が導入されれば、支部で取った木を運ぶ際に多額の税がかけられてしまうことになる。
木こりギルドの利益が著しく損なわれてしまうのだ。
この状況は、木こりギルドにとっては面白くないだろう。
そもそも、木こりギルドとの間を取り持ってくれたのはこのデミリーであり、デミリーはその後も何かと手を尽くしてくれた。ここで木こりギルドに損害を出させてしまうようなことがあれば……デミリーの顔に泥を塗ることになる。
「もう少し早く、状況を打開することは出来なかったのかな?」
「……それは………………申し訳、ありません……っ」
エステラが俯いて唇を噛む。
味方になってくれると思った『オジ様』から、まさかのキツい言葉をもらったのだ……結構ダメージが大きいんじゃないだろうか?
泣き出さないのが不思議なくらいに、エステラは落ち込んでいる。
……このハゲオヤジ……「キュッキュッ!」ってなるくらいに磨き上げてやろうか!?
エステラが落ち込んで心を痛めたのは俺だけではなかったようで、デミリーは慌てた様子でエステラに駆け寄った。
腰を屈めエステラの顔を覗き込む。
「あぁ、エステラ……そんな悲しい顔をしないでおくれ……何もお前を責めているわけではないんだ」
「…………はい。分かっています…………」
「あぁ……お前にそんな顔をされると、私は切なくなって……お前をペロペロしたくなるじゃないか」
「なに抜かしてんだ、このハゲオヤジ」
良識と常識をどこで無くしてきたんだ。
無くすのは毛根だけにしとけ。
「オオバ君……今は領主同士の真面目な話をしているんだ。割り込むのはよしたまえ」
「今ののどこが真面目な話だ、この妖怪つるぺたペロペロが!」
エステラがへこんでいる分、俺がなんとかフォローしないとな。
「こっちは出来る限りの礼を尽くしたつもりだぞ。それを突っぱねたのは向こうだ。それでエステラを責めるのはお門違いじゃないか?」
あの状況で、エステラに何が出来たというのか……
まぁ、あの状況になる前になら、いくらか手を打てたのではないか、という気はしないでもないが……その辺は俺が口を挟んでいい場所じゃないからな。
だからせめて、俺が見た範囲で精一杯擁護してやるさ。
「俺が見た感じ、あれは話を聞く態度じゃなかった。攻撃的で、何を言っても結果は変わらなかったろうよ。エステラが努力を怠ったってんなら、四十一区の領主だって相当問題があるんじゃないのか?」
話をすればした分だけ、こちらに不利益を与えてくるようなヤツだ。
距離を取るのも、一つの手段だと俺は思う。
「あからさまな嫌がらせを何度もされりゃ、細やかな配慮なんか出来るもんじゃないだろう?」
俺はまっとうな意見を述べたつもりだ。
いくら相手を敬う気持ちがなかったと指摘されようが、その相手があんなろくでなしだったら話は別だろう。敬える人間でなければ、敬うような態度は取れん。
だが……
「シーゲンターラーの息子は、そんな嫌がらせをするような器の小さい男ではないと思うが」
「…………は?」
このハゲは何を言ってるんだ?
あれほどの器の小さい男を、俺は見たことがないくらいだぞ。
「確かに、前領主の親父に似て口もいいとは言えんし態度もアレなところがあるが、筋を通す律義さは持っている。まぁ、少々生意気ではあるが、それも若さ故だろう」
「……それは、オジ様が四十区の領主だから…………」
デミリーがリカルドを庇うのが気に入らないのか、エステラが吐き捨てるように言う。
まぁ、目上の者にはキチンとした態度を取り、下には本性をさらけ出す嫌なヤツってのはいるよな。上司とか先輩とか、微妙に立場が上のヤツで。
「アレはそんな裏表を使い分けられるような器用な男じゃないぞ?」
「…………」
ここまでの反応を見るに、今回の騒動に関しデミリーは、エステラの努力が足りないがために引き起こされたものだと判断しているようだ。
……なんか、気に入らねぇな。
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