「みゅう……」
教会の談話室で、ベルティーナが鳴いていた。
いや、泣いていた。
「……体中が、痛いです」
ベルティーナも、一日遅れることなく翌日の筋肉痛に悩まされていたようだ。
まだまだ若いんだなぁ、ベルティーナ。
筋肉痛で立つのも座るのも歩くのもつらいというベルティーナは、「こんな格好で失礼しますね」と一言謝り、ずっと椅子に腰掛けている。
その周りを取り囲むように、心配そうな顔をしたガキどもが群がっている。
このガキどもは誰一人として筋肉痛になってないんだろうな。
「大丈夫かいね、シスター」
「ご心配をおかけしてしまって……大丈夫といえば大丈夫ではあるんですが……」
心配顔のノーマたちに苦笑を向けて、そして眉毛を八の字に曲げる。
「腕が痛くて、ご飯が食べられません……」
ベルティーナにとってはそれが一番つらいことらしい。
ナタリア率いる豪華給仕長軍団の働きにより、朝食は素早く、温かく、的確に配膳された。
ベルティーナに群がるガキどもを席に着かせて飯を食わせる。
「シスターに食べさせてあげる」と名乗りを上げるガキが何人もいたが、それはベルティーナが許さない。
自分のためにガキたちの飯が後回しになるなんて、この母親が許すわけがないのだ。
なので、当然のようにベルティーナが甘える相手は絞られる。
「ジネット、申し訳ないのですが、食べさせてもらえませんか?」
「すみません、シスター。そうしたいのは山々なんですが……腕が、上がりません……」
「…………みゅう」
こういう時はいつもジネットがベルティーナを助けていたが、そのジネットも今日は酷い筋肉痛で身動きが取れない。
ベルティーナと並んで椅子に腰掛けているのがやっとだ。
同じ方向を向いて微動だにしない似た者母娘は、まるで雛人形のようだった。どっちも女雛だけどな。
「しょうがねぇな。俺が食わせてやるよ」
「ヤシロさんが、ですか?」
本当なら、給仕長たちの方がこういうのはうまいんだろうが、ベルティーナ自身が他所の区の人間に迷惑をかけたくはないだろうし、ナタリアあたりに食べさせてもらったりしたら……介護に見えちゃいかねないしな。ほら、給仕服のエプロンがヘルパーさんを髣髴とさせるし。
「いいんですか、本当に?」
「俺なら気兼ねしなくていいだろう? それに、力仕事は男の役割だしな」
「力仕事だなんて、うふふ」
いやいや、ベルティーナ。笑ってるけどさ、……何往復すると思ってんの? 器と口の間をさ。
「マグダはジネットを頼む」
「わたしは平気ですよ。自分で……」
「……つんつーん」
「きゃああああ! ……つ、突くなんて、酷いですマグダさん……」
「……マグダが食べさせてあげる」
「お……お願い、します」
触れられるだけで悲鳴が漏れるくらいの筋肉痛なら、大人しく食わせてもらって筋肉を休めてやれ。
なけなしの筋肉が擦り切れちまうぞ。
筋肉とクーパー靭帯は大切にな。
「ロレッタはガキどもの面倒を頼む」
「任せてです!」
「デリア、パウラ、ネフェリー」
「おう!」
「なに?」
「なんでも言って」
「ロレッタはたぶんやらかすから、そのフォローを頼む」
「「「了解!」」」
「みなさん酷いですよ!? あたしまっとうに職務をこなせる系女子ですから!」
ベルティーナとジネット。ガキどもの心の拠り所であるツートップが体調不良で動けないこの状況だ。頼れるお姉ちゃんがたくさんいれば不安も多少は紛れるだろう。
「それからノーマ」
「分かってるさよ。給仕長たちと一緒に料理の番をすればいいんさね?」
「いや、赤ん坊がいるからおっぱいを」
「出ないさよ!?」
「ついでに、ノドが渇いたから俺にも」
「だから出ないさ……出たとしてもあげないさよ!」
そっかぁ、適材適所だと思ったのになぁ。
「ヤシロさんっ」
すぐ目の前でベルティーナの頬が膨らんだ。
可愛らしい顔で怒ってみせるベルティーナ。
「へーいへい。懺悔代わりに精々奉仕させてもらうよ」
「もう……。お願いします」
これで、多少は罪悪感や遠慮みたいなもんが減ってくれればいいけどな。
まずは煮物をと思って箸を持ったら、ひんやりと冷たかった。
「ベルティーナ、寒くないか?」
「はい。平気ですよ」
「いや、ダメだ。動けないんだからすぐに体が冷える。おい、ガキども。ひざ掛けとストールを持ってきてやれ」
「「はーい!」」
今朝は随分と冷える。
室内にいるとはいえ、広い談話室は肌寒い。防寒はしっかりとしておくべきだ。
あと、体を温めて血行を促進してやった方が筋肉痛は早く治るらしいしな。
「あと、ジネットにも貸してやってくれ」
「いえ、わたしは」
「頼んだぞ、ガキども」
「「はーい!」」
こんな時の遠慮なんぞ総スルーだ。
年長のガキ(男)と、しっかり者の少女が二人でぱたぱたと駆けていく。
ちゃんと率先して動いてるな、感心感心。
ダッシュで戻ってきた二人からひざ掛けとストールを受け取り、ベルティーナとジネットにかけてやる。
肩にストールを羽織らせて、ひざ掛けを腰辺りまでしっかりとかける。
「ありがとうございます。とても温かいです」
椅子に身を預けてひざ掛けをしている姿は、まるでお婆ちゃ……いや、なんでもない。
そうだな、今度ロッキングチェアでも作ろうかな。
いや、深い意味はない。
ベルティーナは若いベルティーナは若いベルティーナは若いベルティーナは若い。
だからそんな「ん? 今何か言いました?」みたいな目で俺を見つめないでくれ。何も言ってないし、何も思ってないから。
「ところで、ヤシロさんは大丈夫だったんですか? 筋肉痛は」
「あぁ。迎え筋肉のおかげでそれなりに動くようになったよ」
「迎え筋肉?」
きょとんとするベルティーナに気にするなと言っておく。科学的根拠もないしょーもない戯言だ。
「ふふ。でも、ヤシロさんに甘やかしてもらえると、ちょっと得した気分になりますね」
「あ、それはわたしも思いました」
「ジネットもですか?」
「はい。……えへへ、今日は髪の毛を梳かしてもらっちゃいました」
「まぁ、それはズルい。私は今朝、悪戦苦闘したんですよ」
母娘でそんな会話をして、「ズルいです、ヤシロさん」と俺を非難してくるベルティーナ。だから、今こうして飯を食わせてやってるだろうが。特別大サービスなんだぞ、これは。
まったく。享受しているサービスを実感できないなんて、なんたる贅沢者だ。
これは少々お仕置きが必要だな。
「さて、おにぎりはどうするか……箸で丸ごとは無理だし、小さく切るのも難しいな」
「では、手掴みで構いませんよ」
「いいのか?」
「ヤシロさんの手なら、気になりません」
「じゃあ、俺の指に着いた米粒までぺろぺろしてくれるのか?」
「そ、それは……ご自分でどうぞ」
身動きが取れないので顔も背けられず、恨みがましそうにぷくっと頬を膨らませる。
可愛らしい抵抗じゃないか。
いいかベルティーナ。
他人に助けてもらったなら感謝をしなさい。そしてその感謝は可能な限りきちんと返しなさい。価値のある物か、それに相当する情報か奉仕でな。
さぁて、どんなお返しをしてもらおうかなぁ。
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