異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

185話 駆けつけた、仲間(?) -3-

公開日時: 2021年3月17日(水) 20:01
文字数:3,681

「おぅ。やっぱりここにいたか」

「え……リカルド?」

 

 店に入ってきたのはリカルドだった。

 ドアの前に立ちエステラを見つめ、次いで俺に視線を向けてくる。

 

「揃ってるようだな。なら話は早い」

 

 俺とエステラに言いたいことがあって、わざわざここまで来たようだ。

 

「お前たちに言っておきたいことがあるんだ」

「リカルド……ごめん。まだ開店前だから一回帰ってくれるか?」

「ちょっ、この流れでそんなセリフ吐くか、普通!?」

「俺、常識って小さい枠にとらわれない男だから」

「テメェは常識にとらわれてねぇんじゃなくて、常識を知らないだけだろうが!」

 

 バカだなぁリカルド。俺は常識を熟知した上で、あえて非常識に対応してるんだよ、お前にはな。

 ……誰が、おっぱい由来の奉仕でなければ納得しない男だ。

 

「いらっしゃいませ、リカルドさん」

 

 いい意味で、どんな相手にも分け隔てなく接するジネットがリカルドに営業用の笑みを向ける。

 その後にウェイトレス姿に着替えたマグダとロレッタが続く。……着替えるの早ぇな、こいつら。

 

「何かありましたか?」

 

 声を荒らげていたリカルドにジネットが問いかける。

 すると、これ幸いとリカルドがジネットに向かって告げ口を始めやがった。

 

「お前んとこの店員、しっかり躾けとけよな! 特に、こいつ!」

「ヤシロさんを、ですか?」

「……その話は、マグダが聞く」

「あたしも聞くです!」

 

 つめ寄ろうとしたリカルドを遮るように、マグダとロレッタがジネットの前に並び立つ。その背中にジネットを庇うように。

 

「……詳しい話を聞く……と言いたいところだけど、まだ開店前なので帰れ」

「お前もオオバと同じタイプの人間か!? そっちの女はまともに話が出来るんだろうな!?」

「もちろんです! ただ、今はまだ開店前なので帰れです!」

「全員同レベルか!? あと『帰れ』をやめろ! せめて『お引き取りください』くらい言え!」

「「……偉そうに」」

「四十一区の領主だよ、俺は! テメェらよりは偉いんだ!」

 

 小柄な女子相手に粋がる筋肉自慢の領主か……みっともないヤツめ。

 

「なぁ、リカルド」

「んだよ?」

 

 俺の呼びかけに、牙を剥いて応えるリカルド。

 こいつには、きちんと言っておかないといけないことがある。

 

「頭が高い。控えおろう!」

「テメェは何様なんだ、オオバヤシロ!?」

「食堂従業員がいなければ、客は飯が食えない。よって、お前のような客は従業員より身分が低い!」

「そんな屁理屈がまかり通るか!」

「……頭が高い、帰れ」

「顔が怖いです、帰れです」

「まかり通るみたいだな、この食堂では!?」

 

 朝っぱらから元気なリカルドがマグダとロレッタに吠える。

 そこへ、おっとりとした口調で謝罪の言葉を述べつつ、トレーシーとネネがやって来た。

 

「お待たせしました~。まだ着慣れていませんもので時間がかってしまって」

「なっ!? ト、トレーシーさん!?」

「あらっ、リカルドさん」

 

 ひらひらのエプロンを身に纏ってにこにこ微笑んでいるトレーシーを見て、リカルドが面白いほどのビックリ顔でこちらへ意見を求めるような視線を向けてくる。

 

「客以外に話すことはない! 帰れ!」

「……顔が怖い。帰れ」

「態度が大きいです! 帰れです!」

「テメェら、接客業舐めてんだろ!? いや、俺を舐めてんだな!? そうだな!?」

「まぁまぁ、リカルドさん。それくらいにして、帰れ」

「流されてんじゃねぇよ、あんたもよぉ!」

 

 トレーシーの性格を知らんのか?

 こう「帰れ」「帰れ」ときたら、そりゃあ「帰れ」って言うに決まってんだろう。

 つか、ちょっと遠慮した口調で話してるリカルドがおもしろいな。

 

「つか……ト、トレーシーさんがなんでこいつらと……あ、あの、アノ件は、口外してないだろうな?」

「アノ件……? なんのことですか?」

「いや、だからっ!」

「まぁ、待てリカルド。そんなデカい声を出すんじゃねぇよ、『微笑みの領主』の眼前で」

「ソノ件だぁー!」

「あぁ、はい。ソノ件でしたら、お話しました」

「のぉぁぁあああっ!?」

 

 リカルドが床に膝をつき、頭を抱えて仰け反る。

 天に向かって吠えんじゃねぇよ、室内で。

 

「エ、エス……エステラ……テメェも、き、聞いたのか……?」

「うん、聞いた……鳥肌、尋常じゃないよね」

「忘れろぉ!」

 

 エステラを褒めたことが恥ずかしいのか、それとも『微笑みの領主』なんて激サムネーミングを恥じているのか、リカルドの顔が真っ赤に染まる。……赤くなっても全然可愛くないがな。

 

「……『微笑みの領主』の前で騒ぐな、帰れ」

「『微笑みの領主』さんに無礼です、帰れです!」

「テメェらうるせぇ! このプチオオバ共が!」

 

 マグダとロレッタをプチトマトみたいな言い方で罵倒しやがる。なんと無礼な。

 俺は、トレーシーとネネの背中をそっと押した。

 

「『微笑みの領主』様の御前ですよ、帰れ」

「リカルド様。『微笑みの領主』様のお顔に免じて、帰れ」

「あんたらもこいつらと同類かっ!?」

 

 目上と目下から同じように弄られる気分はどうだ、リカルド?

 

「で、何しに来たんだよ、『しかめっ面の領主』?」

「やかましい!」

 

 大口を開けて怒鳴った後、リカルドは心身ともに疲れ果てたかのようにふらふらと立ち上がり、照れ隠しに前髪をガシガシと掻き毟った。

 

「お前らが、『BU』の連中に目を付けられたって聞いたからよ……まぁ、俺たち四十一区も原因とされているパレードに賛同した身だから、その…………何かあったら、四十一区も全力で力になる。それを伝えに来たんだよ」

 

 一瞬だけエステラを見て、すぐ視線を逸らす。

 これまた照れ隠しに、足音を荒らげて近場のテーブルへ向かい椅子へ腰かける。

 そして、エステラに背を向けるような格好で頬杖を突き、吐き捨てるように言い放った。

 

「……俺ら近隣三区は、同盟みたいなもん……だから、よ」

 

 四十二区が不利な立場に追いやられていると聞き、こいつはわざわざそれを言いに来たのか。

 何があっても味方になると。困ったことがあれば頼れと……

 

「リカルド」

 

 静かになった食堂の中で、俺は静かに話しかける

 そっぽを向くリカルドのそばに近付き、その後頭部に向かって明確な声ではっきりと告げる。

 

「まだ開店前なんだ。用が済んだなら帰れ」

「テメェ、この流れでそういうこと言うか!? 感謝くらいしろよ! 感動とかさぁ!」

「はっはっはっ、『微笑みの領主』に言ってくれ、感動とかそういうのは」

「いや、ボクも特に感動とかは……」

「朝一で駆けつけたんだぞ、俺は!」

「――にしても、情報遅いしね」

「駆けつけんじゃなかった! つか、ずっと嫌そうな顔しっぱなしじゃねぇか、エステラ!」

「あはは……あまり話しかけないで。関係者だと思われるから」

「同盟だっつってんだろ!?」

 

 なんだろう。大食い大会で仲直りして以降、リカルドの空回りが半端ない。

 こいつ、きっとこれまで友達とかいなかったんだろうなぁ……男友達でも難しいのに、いきなり女友達作ろうとするから空回るんだ。まぁ、見てて面白いからアドバイスとか絶対しないけど。

 

「もう頭来た! 今日はここで飯を食う! 領主命令だ、店を開けろ!」

「他区で権力を行使するなんて……宣戦布告かい?」

「飯くらい食わせろよ!」

「じゃあ、ここは君の奢りということで」

「はぁ!?」

「ジネットちゃん。悪いけど、少し早めに開店してくれるかな?」

「はい」

「ちょっと待て! 俺の奢りってなんだ!? テメェの分も俺が払うのか!?」

「ううん。ここにいる全員の分だよ」

「はぁあ!?」

「よしみんな、いくぞー。せーの」

「「「「「ごちそうさまでーす」」」」」

「オオバとその愉快な仲間共! 息ピッタリ過ぎだぞ、テメェら!」

 

 なんだかんだと喚きつつ、リカルドはきっちりと人数分の金を払っていた。通常より早く店を開けさせた分は「チャージ料」としてしっかり徴収しておいた。

 

「……なんて日だ」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら、一人隅っこの席で肉を頬張るリカルド。

 四十一区では朝から肉を食うのだとかで、結構重たいビーフステーキをぱくついている。

 ……見てるだけで胃がむかむかする。が、折角の奢りなので、俺も飯を食っておく。

 

「ジネット、ドーナツパーティーだ」

「ちょっとは遠慮しろや、オオバヤシロ!」

 

 足つぼとバイトで、きちんと陽だまり亭の味を堪能していなかったトレーシーたちにも振る舞っておく。

 特にネネがドーナツを気に入ったようで、瞳をキラキラさせて頬張っていた。

 

 賑やかながらも、客のいない、穏やかな朝の時間が流れていく。

 もう少しのんびり出来るかとも思ったのだが……

 

「ヤシロさん、いるッスか!?」

 

 騒々しく、ウーマロが飛び込んできた。

 もう飯を食いに来たのか? ……と思ったのだが、どうも様子が違う。

 

「完成したッスよ!」

「完成って……まさか」

「はいッス! 『とどけ~る1号』、たった今完成ッス!」

 

 ……いや、今、朝の八時前だぞ?

 お前らの勤務時間、どうなってんだよ?

 こいつはノッてくると徹夜だろうが不眠不休だろうが気にしないタイプだからな……

 

 しかし、予想以上に早い完成の報に、俺の頬は自然と緩んでいた。

 自信満々な表情のウーマロに連れられて、俺はニュータウンへその出来栄えを見に行くことにした。

 

 

 

 

 

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