「あ、あの……ヤシロさん」
いろいろと危なそうだったので、さり気なく木こりに守ってもらっていたジネット。ゴロツキがいなくなったことで、俺の前へと姿を現した。
ただし、その顔には無数の疑問符が浮かんでいた。
「わたし、何が起こったのか……ちんぷんかんぷんです」
うっわ、久しぶりに聞いたな、ちんぷんかんぷん。なんでそのワードを選んだの、『強制翻訳魔法』?
「ふふふふ! 実は、すべてあたしが仕組んだことだったのです!」
街門の方向から行進してきた兵士の影が、ようやく陽だまり亭の前へと到着する。
その列の先頭にいたのは……ロレッタだった。
「あ、あの……これって…………」
「「「おにんぎょーーさーーーーん!」」」
ロレッタの後ろで、弟妹たちが声を揃えて言う。
弟妹たちは、各々、『兵士のような格好をした蝋人形』を抱えていた。
「これが、兵士さんの、……正体ですか?」
ジネットが問いかけるような目を向けてきたので、大きく頷いておく。
俺はメモを使い、ロレッタにおつかいを頼んだ。
デリアやノーマ、イメルダに協力要請するように言ったのもあるのだが、一番のキモはこいつだった。
『ベッコに、兵士の蝋人形を五十体作らせろ。外が暗くなったら、それらを使って架空の大行進を演出しろ』
そう書いておいた。
ベッコは、俺の蝋像を四十分前後で仕上げる男だ。ディテールにこだわらなければ、二時間程度で五十個は行けると踏んだのだ。
しかし、よく頑張ってくれたもんだ。
二時間と言いつつも、もっと時間がかかるだろうと思っていたのだが……ハム摩呂が飛び込んできた時には「え、もう!?」ってビックリしたもんだ。
そうそう。大行進の準備が出来た合図がハム摩呂の来店だったのだ。
「西側大行進は、あたしの功績で大成功です!」
大したこともない胸を張り、自慢げに語るロレッタ。
はいはい、すごいすごい。今度なんかご褒美やるよ。
で、西がロレッタなら東はエステラだ。
「お前もよくやってくれたな」
「いや……」
大成功を収めたにしては、少し表情が浮かない。
どうしたんだ、エステラ?
「胸がなくったって張っていいんだぞ? 誰も怒らないし、泣かないから」
「遠慮なんかしてないから! って、誰が泣くの!?」
こほんと咳払いを一つ挟み、エステラは首を痛めた系男子みたいな格好で恥ずかしげに視線を逃がした。
「正直、外に出るまでは冷静さを欠いていたよ。ヤシロのメモに指摘されて、ようやく自分のやるべきことが見えたんだ……その、悪かったね」
「ん? あぁ」
エステラは、あのロン毛の思惑にまんまと嵌ってしまっていた。
なので、ロレッタに渡したメモに『エステラを連れ出してやれ』と書き、そしてエステラ宛に『お前はお前が生きる場所で活躍すればいい』と記しておいたのだ。
あぁいう輩は俺が担当する。
適材適所だ。
「しかし、子供たちまで利用してしまうなんてね……」
重苦しい空気を吐ききったように、エステラの表情がようやく元に戻る。
そして、いつものように苦笑を浮かべた。
「ガキが夢中になるってのは、実はすごいことなんだよ。俺もあいつらも、その昔夢中になったものがあったんだ。その時のことを思えば、ガキを虜にするもののすごさってのが肌で分かるんだ」
熱狂的と言っていいほど、四十二区のガキどもは『領主様』に夢中になっている。
もっとも、それはゴロツキどもが『勘違い』したような、自警団に憧れて、とか、領主様に心酔して、とか、そういうことじゃない。
俺はロレッタを使い、ガキどもにこう伝えたのだ。
「今日の夜、教会からやって来る自警団の行列に、領主の旗を見せながら声援を送ると『スーパー領主パワー』がどんどんたまり、それはそれは、メッチャすごいことになる」――と。
……さて、『メッチャすごいこと』の内容をこの後考えなきゃなぁ……大当たり十連発とか? あ、ビッグサイズ蝋型とかでいいか。うん、デカいのってなんか特別感あるしな。よし、ベッコに作らせよう。
「お子様ランチが、こんなところで役に立つなんてね」
ガキどもが懸命に振っていた領主のエンブレムが記された小さな旗は、言わずと知れた、お子様ランチの旗だ。そして、『領主=いいもの』という刷り込みも、お子様ランチの功績と言えるだろう。
「では諸君、領主パワーが満タンに溜まった旗を持って、ジネットお姉さんのところへ行き、引換券をもらってくるのだ!」
「「「「はーい!」」」」
「え!? え!? ひ、引換券ってなんですか!? あの、ヤシロさん!?」
「本人が特定できればなんでもいいから。適当によろしく」
「え!? は、はい! やってみます!」
物凄い数のガキどもにもみくちゃにされながら、ジネットは食堂の中へと入っていった。
……ごめんな、ジネット。俺、ガキどものそのパワーに付き合うのだけは、絶対嫌なんだ。しんどいから。
「これで、ゴロツキギルドは四十二区にちょっかいを出さなくなるかな?」
「無くなりはしないかもしれないが、しばらくは大丈夫だろう」
下手に手を出すと大やけどを負うと、身をもって分からせてやったのだ。
少しでも時間が稼げたなら、その間に対策が立てられるかもしれないしな。
とりあえず四十区辺りと協力して、ゴロツキ対策を詰めていくとしよう。
「ヤシロさん。事件は解決ですの?」
イメルダが日傘をくるくるさせながら近付いてくる。
その後ろにはデリアとノーマの姿もある。
「おう。協力ありがとうな」
「いいってことよ! 頼れるあたいにドンと任せとけって!」
デリアがドンと胸を叩く。
「アタシはもう御免だからね。呼ぶにしても、たまににしとくれよ」
ノーマはひと仕事の後の煙管をスパーっとふかす。
「ワタクシにかかれば、造作もないことですわ!」
日も出ていないのに日傘を開き、くるくると華麗に回す。……歌舞伎か。
「そっちのでっかい連中も、ご苦労だったな!」
「もう、や~だ、ヤシロちゃん。他人行儀なんだからぁ~!」
……鍛冶師連中だ。全部じゃない。決して全部がこういうヤツらなわけじゃない。だが、ノーマを使って集められる強面の連中となると、こういうのしかいなかったのだ……よかった、一言もしゃべらなくて。
「礼なんてよしてください、ヤシロさん! オレら、ヤシロさんのためならなんだってします! ですから、親方の甘い物と、オメロの兄貴の命を……」
「「「今後とも、どうか一つよろしくお願いいたしやす!」」」
……川漁ギルドの漁師たちだ。……オメロは慕われてるんだか見捨てられてるんだか分からないポジションなんだな。
「俺らはお嬢様のためにやっただけで、別にお前のためなんかじゃないんだからな!」
「ツンデレか、このバカ筋肉ども」
木こりギルドの連中は、良くも悪くも相変わらずだ。
またしても、大人数を使って盛大な芝居を一つ打ったわけだが……これで完璧ってわけじゃないよな。
「マグダの捕ってきたボナコンの頭蓋骨をベッコに見せて、レプリカを広場に飾っておくか」
「それはいいかもしれないね。その周りで、領主の旗を持った子供たちが走り回っていたら……」
「……偵察に来たゴロツキには、いい脅しになるかもしれないな」
「ウチの力不足の自警団だけじゃ心許ないからね。抑止力になるなら大歓迎だよ」
「じゃ、そんな感じで」
「うん。今回もお疲れさん」
エステラとハイタッチを交わす。
流れで、デリアやノーマ、イメルダともハイタッチをし、ロレッタをスルーするというボケを挟んでマグダの頭を撫でておいた。
マグダは電池が切れたようで、気が付いた時には庭先で眠っていた。
敵が不特定だから守りを固める。
随分と回り道をさせられたが、これでしばらくは持ち堪えるだろう。
クレーマーは、牙を持たないものを狙う。
一度盛大に噛みついてやれば、しばらくは大人しくなるのだ。
もっとも、粘着質の相手だった場合は、そこからもっと厄介なことになるんだが…………
今は、とりあえずの勝利に浸るとしよう。
そして、明日から頑張って、今日稼ぎ損なった分まできっちり稼いでやる!
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