「……むぁぁあああ」
マグダが口を大きく開け、悶絶するカエルのような声を上げる。
「……に、苦い…………」
コーヒーを飲ませてみたのだが、やはり口に合わなかったようだ。
親の敵を見るような目でコーヒーの入ったカップを睨みつけ、腕が伸びる限界まで伸ばしてカップを遠ざける。
「これは……ないです…………」
ロレッタもダメだったようだ。
リストラされたサラリーマンのようにガックリと肩を落としうな垂れている。
「最初はそうなりますよね、やっぱり」
苦笑を浮かべながらジネットがコクコクとコーヒーを飲む。
「わたしも最初は、『これは人の飲むものじゃない』と思いましたから」
「でも、飲むようになったんだよな?」
俺は断然コーヒー派なので、がぶがぶ飲んでいる。
マグダとロレッタの飲み残しもいただくつもりだ。……あ、こいつら砂糖入れてやがる。…………分かってないなぁ。コーヒーっていうのはブラックで飲むからこそ豆本来の香りと風味が……なんてウンチクを垂れたい衝動が湧き上がってきたところで、ジネットが「くすり」と笑いを零した。
静かな笑みを浮かべ、唇をきゅっと噛んだ。その表情は、どこかノスタルジックな雰囲気を纏っていた。
「お祖父さんが、大好きだったから……ですかね」
手に持ったカップをゆっくりと傾けるように回し、カップの中を見つめている。
揺れ動くコーヒーを見つめているのだろうか。
「お祖父さんがいなくなって……なんとなく寂しくて……それで飲むようになったんです…………ふふ、子供みたいですね、わたし」
ジネットがそんな話をするのは珍しい。
ただでさえあまり過去の話はしないのに、みんなの前で祖父さんの話をしたのは初めてなんじゃないだろうか? 個別に話していたかどうかまでは知りようがないが。
「あ、すみません。こんな話……」
少し照れた風に肩をすくめて、ジネットはコーヒーをこくりと飲む。
「ヤシロさんと一緒にコーヒーを飲んだからでしょうかね」
そして、カップをソーサーに置き、ふわっ……と、俺に視線を向けてくる。
「ヤシロさんは、お祖父さんにどこか似ていますから」
それは、以前にも言われた言葉だ。
ジネットを引き取り、人生が終わるその日まで守り続けた祖父。
こいつは、そんな人間の面影を俺に見ているのか? ……荷が重いっつの。
「……店長さんのお祖父さんって……おっぱいマニアだったです?」
「そこじゃないですよ、似ているのは!?」
「で、その言いようだと、俺がおっぱいマニアだってことを肯定していることになるのだが?」
「……ヤシロだから、しょうがない」
好き勝手言ってくれる。
俺は自分の分のコーヒーを飲み干して、マグダの分をもらい受ける。
時刻は昼過ぎ。
実はコーヒーを焙煎するのに時間がかかりこんな時間になってしまったのだ。
もうそろそろコーヒーゼリーも完成する。
その頃にはぞろぞろと人がやって来るはずだ。
「こんにちは」
真っ先に顔を出したのはベルティーナだった。……試食となるとやたらと張り切るシスターだ。
「おや、それが新しい食べ物ですか?」
「これはその素だ。飲んでみるか?」
知らないということは、おそらくまともに飲めないだろう。なので、ロレッタが飲んでいた甘めの物をベルティーナへと手渡す。
にこにことしながら、両手でコーヒーを受け取るベルティーナ。まず香りを嗅ぎ、その深い香りを胸いっぱいに吸い込む。
「ん~…………いい香りですね。では……」
香りを堪能した後、コーヒーをこくりと一口含む。
「………………ぺっ!」
吐いたぁっ!?
「…………毒です」
「違うわ!」
「苦いものはみんな毒だと教わりました」
「間違ってるよ、その解釈!?」
誰だ、そんなおかしな知識を教えたヤツは!?
「……今回の食べ物は期待が出来ません…………教会に戻って泣いてきます……」
「待て待て! コーヒーゼリーは美味いから! コーヒー飲めなくても食えるから!」
「いえ……無理して食べなくても、私にはケーキがありますし」
なに遠回しに催促してんだこのシスター?
「よぉ、ヤシロー! あたいが来たぞぉー!」
「お招きありがとうね、ヤシロ」
デリアとネフェリーが同時に店にやって来る。
入り口でどっちが先に入るかで体をぶつけ合っている。……相変わらず仲悪いな、お前ら。
「ワタクシ、参上っ! ですわ! 大いに喜びなさい、ヤシロさん!」
ヒラヒラと、夏らしいワンピースドレスを身に纏い、華やかにイメルダが登場する。日傘をくるくると回しながら、優雅に店内へと入ってくる。
……いや、傘は閉じろよ。
「まったく、こんな暑い日に呼び出すなんて……あんたも人が悪いさねぇ、ヤシロ」
「これでもか!?」と、胸元がガバッと開いた服で、ノーマがやって来る。
ようこそ! 歓迎しよう!
谷間に粒のような汗が浮かび、まるで美しい結晶のよう……
「暑いからさっさと入ってくれるかな?」
「ご招待いただきありがとうございます、ヤシロ様」
ノーマの巨乳に僻み心剥き出しのエステラとナタリアがやって来る。
その後ろから、大きなテントウムシの髪飾りを揺らしてミリィがひょっこり顔を出した。
「ぁの…………こんにちは」
「随分呼んだですね。これで全員です?」
「あたしもいるわよ」
ゴールデンレトリバーのようなイヌ耳を揺らして、カンタルチカのパウラが店内へと入ってくる。こいつはこいつで、うちで新商品を出すと言ったらすぐに食いついてきた。ケーキの時もそうだったし、取り入れられそうなものには飛びつこうって腹だろう。
「しかし、見事に女性ばかりだね、ヤシロ?」
エステラが何か言いたげな視線を向けてくる。
さぁて、なんのことかなぁ。
「三……四…………九名様ですね」
ジネットが来客の数を数えている。……相変わらず算数は苦手なようで、数を数えるのも遅い。数字が苦手なのかもしれないな。
「あぁ、ジネット。あともう一人来るから」
「レジーナさんですか?」
「いや。一応誘ったが、あいつは来ねぇよ」
本当に人の集まる場所を嫌うヤツだ。
「じゃあウェンディかい?」
「あいつはセロンと一緒じゃなきゃ来ないだろ」
「一緒に呼べばいいじゃないか」
「ちょっと事情があるんだよ」
「……ウーマロ?」
「ベッコさんです?」
「どっちも違う。諸事情により、な」
今日は、男子禁制なのだ。
『あること』をしたいからな。
「では、一体どなたなのでしょうか?」
「私、ですよ」
そこへ、最後の招待客が顔を出した。
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