異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

359話 秘密の抜け道 -3-

公開日時: 2022年5月21日(土) 20:01
文字数:4,832

 結論から言って、ウーマロの作った見取り図最新版は、かなり正確だった。

 予測がズバリ的中で、隠し通路の出口の場所もドンピシャだった。

 おかげで、すべての通路を素早く回ることが出来た。

 

 十六本あった隠し通路のうち、使えるのは四本だな。

 それ以外は、途中に兵士の詰め所があり、しっかりと監視されていた。

 なので、鍵を付け替えて封印するに留めた。

 

 まぁ、偉いさんたちの入場門は一個あれば十分なんだけどな。

 

 ただ、館の中に侵入して地下牢を探すことまでは出来なかった。

 おおよその予測は付いているとはいえ、兵士がうじゃうじゃいる館内に侵入して「思ってた場所になかった!」なんてことになると笑えない。

 やっぱ確証は欲しいわけで……そうなると、やっぱあいつに頼まなきゃいけないわけで……そうなると、相応の対価が必要なわけで……あぁ、気が重い。

 

 正午はとうに過ぎて、あと小一時間で日が沈む頃合いか……

 時間がないな。しょうがない、他に手立てが思い浮かばない以上、背に腹は代えられない。

 

「エステラ。会議には間に合うように戻るが、ちょっと行くところが出来た」

「じゃあ、ボクもついていくよ」

「あのなぁ。お前はさすがにマズいだろ。会議の準備をしておけよ」

「大丈夫だよ。準備ならナタリアが完璧にしてくれるから」

「万が一にも会議に遅れたらどうするんだよ? 主催者が遅刻とか笑えねぇぞ」

「心配ないよ。会議には間に合うように戻るんだろぅ? 君がさっきそう言ったじゃないか」

「だがな――」

「ヤシロ」

 

 エステラの指が、鼻先に突きつけられる。

 

「君がボクを危険から遠ざけようとしてくれているのは分かる。けどね、言っただろう? ボクと君は共犯だって。一人で危険を背負い込もうとするな」

 

 鋭い視線が俺を見る。

 三方向から。

 

 エステラの後ろからはナタリアが、俺の隣からはマグダが似たような目つきで俺を見つめている。

 

「……エステラが危険なら、マグダが代わりに付いていっても可」

 

 いや、マグダならどうなってもいいとか、そんな感情微塵もねぇからな?

 

「まずは、何をなさるつもりなのか、今ここで明言を。こちらの対応はその後決定させていただきます」

 

 絶対に揺るがないであろう強い意志のこもった目で俺を睨み付けるナタリア。

 その目つき、初めて会った時ぶりかもな。

「絶対こいつを館には入れない」って目をしていたころのナタリアにそっくりだ。

 

「……はぁ。分かったよ」

 

 観念して、俺はこの後の予定を話す。

 

「ノルベールはウィシャートを引きずり下ろすための保険になる。だから、ウィシャートに会う前に居場所を確定させておきたい」

「ノルベールは、ウィシャートが追放処分を反故にしているという動かぬ証拠だからね」

「今日、あわよくば見つけられるかとも思ったんだが、やっぱ警備が厳重で侵入は難しかった」

「……必要なら、マグダが全員を黙らせてもいい」

「それをやるなら明日だな。まぁ、そうしたらこっちが戦争を仕掛けたことになっちまうけども」

 

 強硬手段は最後までとっておく。

 どうしようにもなくなったら、最後は強硬手段に頼るかもしれんが。

 

「なので、ゴッフレードを使おうと思う」

「ゴッフレードを? 信用できるのかい?」

「出来ない」

 

 ゴッフレードは、自分の都合が悪くなれば平気で敵側へ寝返るだろう。

 ウィシャート家の兵に見つかりでもすれば、こちらの情報を流して保身に走るに違いない。

 

「だから、ウィシャートに寝返るよりも美味いエサで釣る」

「たとえば?」

「ん~……俺の命、とか?」

 

 エステラたち三人の表情が変わる。

 

「あ~待て待て。まずは話を聞け」

 

 何も俺の命を犠牲にしようって話じゃない。

 

「エサになるのは、相変わらずバオクリエアが提示していた貴族になれるって美味い話の方だ。連中は、ノルベールとゴッフレード、二人が揃っていないとバオクリエアに消される危険を常に抱えている。それを解消するためにも、ゴッフレードはノルベールの生還を望んでいる」

 

 まずはノルベールを助け出すために協力をしろと持ちかける。

 そこで拒否されることはまずない。それは、ゴッフレードの望みとも合致しているからだ。

 

 ごねられるとすれば、その協力内容なんだよな。

 

「ゴッフレードには、わざと捕らえられてもらう」

 

 十日後にまた来ると言っていたゴッフレードが、明日やって来ることはウィシャート側も分かっているだろう。

 おそらくドールマンジュニアあたりの偉いさんが対応するはずだ。

 ウィシャート側の連中は、ゴッフレードがバオクリエアとの新たなパイプになると勘違いしているだろうからな。

 

 そこでゴッフレードに大暴れしてもらう。

 

「その前に、エステラには『明日の朝、話をしに行く』と一方的に通達をしてもらう」

 

 返事なんぞ求めない、一方的な通達だ。

 ウィシャートが拒否しようがお構いなしに押しかける。

 

「留守なら、統括裁判所に訴えるとでも書いておけ」

「それでしたら打ってつけのものがあります」

 

 ナタリアが一枚の紙を取り出す。

 妙に高そうな紙……いや、羊皮紙か?

 

「……アレは魔獣の皮で作った魔皮紙。どんな業火の中でも燃えず、よほどのことがない限り破れない紙」

 

 マグダが言うには、かなり高級な紙だということだ。

 

「こちらは、統括裁判所へ訴えを起こす際に提出する用紙です。そして、この用紙を入れておくためだけに使用される統括裁判所の封筒がこちらです」

 

 それはまたまた豪勢な雰囲気の封筒だった。

 あれは布か? それともまた魔獣の皮か?

 

「……魔獣の皮」

「やっぱりか」

 

 封筒も魔獣の皮らしい。

 

「ちなみに、こちらを請求するためには、かーなーりー高額な手数料が取られます」

「ホント……取り寄せるだけで法外な手数料と、目がくらむような魔皮紙の代金を請求されるんだよ……おまけに、それだけお金を取っておきながら不備があれば不受理っていうこともあるんだ。……ボクは怖くてあれに文字を書き込めないよ」

 

 しみったれたことを言うんじゃねぇよ、領主が。

 

「この統括裁判所の封筒を通達と一緒に送り付けましょう。こちらの本気度が向こうに伝わるはずです」

 

 統括裁判所の封筒は冗談や酔狂で手に入れられるようなものではない。

 脅しのためにおいそれと用意できないからこそ、こちらの本気度を見せつけられるということか。

 

「身に覚えなら数え切れないほどあるでしょうから、告訴自体は信じるでしょう。もっとも、どれで訴えられるのかまでは分からないでしょうけれど」

 

 散々嫌がらせをしてきやがったからな。

 そのうちのどれかで訴えると思われることだろう。

 

「ですが、ウィシャートは小賢しい小物ですので、そのような訴えを退ける術を何通りも用意していることでしょう。だからこそ、無視をするということはないはずです」

 

 こちらの通達を無視すれば、思い当たる節があると見做され、裁判の際に心証を悪くするのだという。

 身に覚えがないのであれば、なぜ初手で逃げたのか? ってな。

 

 だからこそ、ウィシャートはエステラに会う。

 会って「言いがかりを付けられた」と逆提訴するだろう――というのがナタリアの読みだ。

 

「あいつが考えそうなところだと、土木ギルド組合を使ってトルベック工務店と港の工事の妨害をしたって証拠をこっちが掴んだ――あたりが最有力か?」

「でしょうね。グレイゴンの失脚直後ですし、エステラ様がグレイゴンに金を掴ませれば、ウィシャートにとって都合の悪い証言をいくらでも得られるでしょうから」

「おまけに、ボクは世間知らずの新米領主だそうだからね。そういった小さな証言一つで勝ったつもりになって、有頂天で告訴をすると思われても不思議じゃないよ」

 

 にやりと笑ってエステラが言う。

 

 ずっとやられっぱなしの弱小領主が、わずかな反撃材料を得て有頂天で反撃してきた。経験の浅い未熟者らしい浅はかな考えだ。よぅし返り討ちにして、港の権利をぶんどってやろう――ってところか?

 ウィシャートとエステラの関係性を見れば、そんな感じかもな。

 

「ウィシャートがボクを見くびっているからこそ、通達を出せば喜々として迎え撃ってくれると思うよ」

「そうか。なら通達の内容はそっちに任せる」

「ナタリア、頼めるかい?」

「もちろんです。今名乗り出ようと思っていたくらいですので」

 

 なんだかナタリアが嬉しそうだ。

 こいつ、自分が嫌いな人間を陥れるの好きそうだもんなぁ。

 

「で、その通達の時間の少し前にゴッフレードをけしかけて暴れさせる。出来る限り館の物を破壊する方向で」

「なるほど。そうすれば、ゴッフレードは始末するよりも捕らえられる方向へ向かうだろうね」

「……争いの跡をエステラに見せると弱みになるから?」

「そうですね。人間、死を覚悟すれば死に物狂いで暴れます。一撃で仕留められるほどの力量差があれば別ですが、数に物を言わせるような戦法では被害は隠しきれないものになるでしょう」

「ついでに、『俺を殺せばベックマンがその事実をエステラに報告に行く』とでも言わせれば殺害を止められるだろう」

「そうかな? 悩みはするだろうけれど……あ、そうか、悩んでいる時間がないんだ」

「そうだ。ゴッフレードを通達時刻の直前に送り込めば、ウィシャートたちは悩んでいる時間を確保できなくなる」

「これまで双方の関係を疑っていなかったとすれば、今回の通達・提訴とゴッフレードにどのような関係性があるのかが分からず、とりあえずは捕らえて保留ということにするのが賢明ですね」

「……でも、それなら、ウィシャートは『ゴッフレードが暴れた痕跡をエステラに見られるとマズい』とは思わないのでは?」

「たたみかけることが大事なんだよ。まず、『暴れられた痕跡が見つかるとマズい』と思わせ、捕らえられてからエステラとの関係を示唆して『どんな繋がりがあるか分からないから殺すのはマズい』と思わせ、『何を企んでやがるんだ』と疑心暗鬼にさせる」

「ボクがやられたら、きっと頭がこんがらがって『分かんないから、とりあえず全部保留!』ってしちゃうかもね」

 

 エステラが苦笑を漏らす。

 ウィシャートも、そこまで頭が切れる男ではない。

 むしろ臆病で保身に走るあまり『保留』以外の回答に行き着く可能性はエステラ以上に低い。

 

「だから、安心して捕らえられてもらう。もちろん、地下牢へ向かう道すがら、しっかりと目印を残しつつ、な」

「それで、地下牢の場所を特定しようというわけだね」

 

 おそらくは、ウーマロたちと話した、あのあからさまに怪しい二重壁の部屋の地下にあるのだろう。

 だが、確証が欲しい。

 失敗が出来ないぶっつけ本番だからこそ。

 

「けど、ゴッフレードがそんな危険なことを引き受けてくれるかな?」

「だからこそ、『俺の命に代えてもその日のうちに地下牢から助け出す』と約束するのさ」

 

 反故にすれば俺はカエル。

『精霊の審判』を対価として示せば、ゴッフレードもこちらの本気度を察するだろう。

 ……まぁ、不安はあるが。

 

「ヤシロがバックレたら『精霊の審判』も使えないじゃないか」

 

 そうなんだよなぁ。

 たぶんゴッフレードも同じことを言って渋ると思うんだよなぁ。

 

「だからさ、こうしようよ」

 

 とってもいい名案があると言わんばかりに、エステラがとんでもない案を口にする。

 

「『ヤシロがその日のうちにゴッフレードを救出できなかったら、四十二区領主の座をゴッフレードに引き渡す』」

「はぁ!?」

「ボクなら、ウィシャートとの裁判の時に確実に表舞台に立つから、ゴッフレードがボクを目撃する機会も多いだろう? コレなら納得してくれると思うよ」

「いや、エステラ、お前な……っ!」

「そうですね。その線で説得をしてみるのがよいかと思います」

「……なんなら、『マグダがゴッフレードの奴隷になる』を追加しても可。条件が増えればそれだけこちらの本気度が伝わる」

「いや、待て待て、お前ら! 正気か!?」

「もちろん正気だよ」

 

 ドンッと、俺の胸を殴るエステラ。

 その瞳は、一切笑っていなかった。

 

 

「この条件をのめないなら、ゴッフレードとの交渉はさせない」

 

 

 それが冗談ではないことは、その瞳が如実に物語っていた。

 

 

 

 

 

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