外はもう真っ暗だった。
真っ先にエステラのもとへ行き、事情を説明してから各方面への手配を頼んだ。
今からいろいろと準備をして、バルバラが納得するような結果を導き出してから四十一区に向かっていたのではあまりにも遅過ぎる。
今でさえ、無駄な時間を使ったと焦っているくらいだ。
なので、リカルドに言って先にテレサを確保してもらう。
テレサが怖がるかもしれないが、放置して取り返しの付かないことになるよりかは百倍増しだ。
それに、怖がられても嫌われるのはリカルドだし。うん。問題ない。
最悪、そこら付近のゴロツキを牽制するだけでも随分と状況は変わるだろう。
「小さい子が絡むと真剣みを増すよね、『お兄ちゃん』」
なんて、エステラのアホなイヤミをさらりと無視して、陽だまり亭へと急ぐ。
あそこには今、頼れるヤツが二人もいる。
全速力で街道を駆け抜け、スピードを緩めることなく陽だまり亭へと飛び込んでいく。
「ジネット! デリアとノーマはいるか!?」
陽だまり亭のドアを開け放ち、店内へ向かって呼びかける。
……と。
「へ………………へにゃぁぁああああ!?」
ロレッタとパウラが、なんかフロアで着替えていた。
あぁ、そうか。今日は営業を休んでフロアで合宿してるんだっけ?
それでたしか、女が多くて風呂に時間がかかるから遅く帰ってきてくれって言われてたんだっけな。あはっ、忘れてた☆
「ごめんなさい!」
慌ててドアを閉める。
いや、しかし、大丈夫だ! ほとんど服着てたし、なんか、ボタンとか留めている途中だったし、ほんのちょっと裾の隙間からお腹とか見えただけで、薄ピンクのパンツとか、白と水色のストライプパンツとか見えてないし……チラッとしか。
「お兄ちゃん! わざとですか!?」
物凄い形相でロレッタが飛び出してきた。
着替えは完全に終わっている。もこもこした長袖と、同じ生地で作った短パンだ。
「ロレッタ、可愛い寝間着だな」
「誤魔化してもダメですよ!?」
「いやぁ、悪い悪い。ちょっと急ぎの用があってな、悪気はなかったんだ」
見たこともないくらいに顔を真っ赤に染めるロレッタ。
髪が濡れていて、いつもと違う雰囲気を纏っている。
「もう、ヤシロ! こういうことが起こらないようにって、ジネットが釘を刺しに行ったはずでしょう!?」
ロレッタに続いて、しっとり濡れ髪のパウラが出てくる。
こっちは上下共に七分丈のすっきりとしたパジャマのような寝間着だ。
「悪い。すっかり忘れてて……」
「わざとじゃないでしょうね?」
「精霊神に誓って、悪意はない」
な、信じてくれよ。
この俺様ともあろう御方が精霊神ごときに誓いを立ててやっているんだからさ。な?
「もぅ……ヤシロのエッチ」
そして、パウラの後ろからネフェリーが胸元を押さえるようにして出てきた。
……あれ? ネフェリーいたっけ?
「わざとじゃないのは分かったけど……その…………み、見てない、よね?」
「うん。まったく視界に入ってなかった」
おかしいなぁ……ロレッタの薄ピンクとパウラのストライプはチラッと見えた気がしたんだが…………いたかなぁ、ネフェリー。
どうやら、俺の脳みそが自動的にネフェリーを視界からシャットアウトしたようだ。
きっと、首の付け根辺りを目撃しないように配慮したんだろうな、俺の無意識が。
ちょっと大きめのぶか袖パジャマを着たネフェリー。
うん。着衣の方がいいよ、お前は。その方が不安な気持ちにならずに済むし。
「けど、お前ら。ちゃんと立てるようになったんだな」
今日一日、ジネットやノーマ監視の下で食事を行った三人。
一日といえど、きちんと食事を取れば貧血は軽減される。
三人とも、心なしか肌の色が鮮やかになった気がする。……湯上がりだからか?
「えへへ……心配かけてごめんです」
「うん……あの、いっぱい怒られちゃった」
「けど、嬉しかった。みんなが、私たちのこと、真剣に叱ってくれて」
三人は揃って照れ笑いを浮かべ、そして、揃って頭を下げた。
「「「ごめんなさい」」」
「あぁ、いや……」
そう改まれると、なんというか、こそばゆいのだが。
痩せたいという女子の悩みは分からんではない。
この街よりももっと苛烈にダイエットに挑んでいる女子が大勢いた国の生まれだからな。理解は示せる。
ただ、それが過度になるようなら止めに入る。
それでも、根本の部分は理解できちまうんだよな。だから、まぁ、俺なりにこいつらの考え方が極端な方向にぶっ飛んでいかないように楔を打ち込んでおこうと思う。
「痩せているより、健康的な方が可愛いと思うぞ。まぁ、食い過ぎてぶくぶく太るのは困るけどな」
男なんてのは、多少むちっとしている方が好きだったりするもんだ。
だから、我慢せずに食って、その分働く。それでいいんじゃないか――と、そんなことを伝えたかったのだが。
「あ、あたしっ、急激に夜食が食べたくなってきたです!」
「き、奇遇ね! あたしも!」
「お腹が空くのって、体が『元気になるぞ!』って訴えかけてる証拠だって、ジネット言ってたもんね!」
「「「何か食べて健康になろう!」」です!」
「いや、太るぞ……」
食い過ぎはダメだっつの。
あ、そうそう。
あの時も急を要していたから、より効果が高くなるような手法を取った。そのせいでこいつらを責めるような雰囲気を作っちまったわけだが……
「俺はともかく、ジネットや他のヤツらのことは悪く思わないでやれよ」
ジネットなんか、ガラにもなく怒ってみせたのだ。
結局、あのジネットの本気を受けてこいつらは目を覚まして真剣に取り組んでいるわけで、アレで責められたらジネットが可哀想というか……
「大丈夫です。あたしたち、ちゃんと分かってるですから」
「うん。悪くなんて思わないよ」
「感謝してるんだよ、私たち」
うん。
お前らがそういう認識でいるなら安心だ。
とりあえず、ちょっと早いがアホっ娘トリオの汚名は返上だな。
「本当は、お兄ちゃんが帰ってくるのに合わせて、あたしたちでごめんなさいとありがとうを言うつもりだったですよ」
「そうそう。みんなで出迎えて、今日一日感じたことを素直に話そうって」
「なのにヤシロ、早く帰ってきちゃうんだもん……」
「悪かったって……」
「まぁ、悪気がないのはよく分かるですから、いいですけどね」
そうそう。
今は急を要するんだ。和んでいる場合ではない。
「それで、デリアとノーマは?」
「今、中庭で湯浴みをしてるです」
「あー、いっけねー、俺、ちょっと部屋に行かなきゃいけないんだったー」
「パウラさん、ネフェリーさん! ここに悪気の塊がいるです!」
「取り押さえるわよ、ネフェリー!」
「まったくもう、ヤシロのエッチ!」
三人娘にがっちりと体を拘束される。
……くっ、武闘派ではないとはいえ、こいつらも獣人族……振り解けない。あと、めっちゃいい匂いする! で、湯上がりって体温高いんだよね! どきどきしちゃうゼ☆
「ヤシロさん……」
そっとドアが開き、中からジネットが顔を出す。
物凄く困り顔だ。……ごめんって。忘れてたんだって、マジで。
「お前はまだ風呂に入ってないのか?」
「はい」
と言って、後ろ手でしっかりと、それはもうしっかりとドアを閉めるジネット。
ちょこっとくらい隙間空けとけばいいのに。
っていうか、こんなにきっちり閉まってたっけ、陽だまり亭のドア? 昔は結構な隙間が開いてたのになぁ……誰だよ、こんな綺麗に作り直したの……あぁ、そうか、あいつか…………
「ウーマロのアホー!」
「トルベック工務店の技術の高さに、改めて感謝したです、今、この瞬間に!」
隙間のないドアに、ロレッタが称賛を贈る。
ちっ……株を上げやがって、ウーマロめ。
「で、ふざけている場合ではなくて、緊急の用事があるんだ」
「ふざけてたのは、主にお兄ちゃんです……」
「デリアとノーマを呼んできてくれないか?」
「えっと、今すぐ……ですか?」
「あぁ、急いでいるんでな」
「今、デリアさんとノーマさんは、レジーナさんと一緒にお風呂に入られてまして」
「じゃあ、ジネットはあとで俺と一緒に入ろうな☆」
「話ズレてるですよ、お兄ちゃん!?」
いちいち絡んでくるロレッタを無視して、ジネットに事の成り行きを説明する。
場合によっては伝言してもらって、湯浴みを途中でやめてもらわなければ。
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