異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

117話 甘え -1-

公開日時: 2021年1月23日(土) 20:01
文字数:3,057

 とりあえず、また日を改めて話をしよう。

 そういうことで話はまとまり、その日は解散となった。

 

 帰りは、デミリーが馬車を出してくれたので楽ちんだ。

 別に、金をケチってデミリーにたかっているわけではない。

 徒歩で訪れたエステラを、デミリーが馬車で送ってやる。こうやって素直に甘えることで、四十二区は四十区に守られる立場にあり、敵対する意思は皆無であると暗に示しているのだ。これも、領主間の配慮と言える。

 もともと経済格差の大きい区間でのこと、デミリーは太っ腹に馬車を提供することで威厳も保てていたのだ。

 エステラだって、ちゃんと相手を立てているのだ。

 そういう貴族的な気の遣い方だってやっている。

 

「よかったな。なんとかなりそうで」

「うん……そうだね」

 

 帰りの馬車の中、エステラはホッとしたような表情を見せながらも、どこか考え込んでいるようだった。

 精神に重いダメージを喰らうと、その後もそれなりの時間引き摺ってしまったり、「今日はもう寝たい」って気持ちになったりするから、まぁ、この反応は分からんでもないが……

 

「日を改めての三者会談だ。今度はもっと作戦を練っていかねぇとな」

「うん……そうだね」

「四十一区の方は、メドラがきちんと話をつけてくれるって言ってたし、任せておけば大丈夫だろう」

「うん……そうだね」

 

 ……壊れかけのレイディオか。

 

 エステラは、流れていく窓の外の景色をボーっと眺め、ずっとメランコリーな表情をしていた。

 まぁ、思うところもあるのだろう。

 正直、今回はいろいろ痛いところも突かれたしな。

 

「陽だまり亭に寄ってくか?」

「え………………いや、今日はいいや」

「プリンでも食えば、ぷりんっと疲れが取れるかもしれないぞ」

「うん……そうかもね。でも、いいや」

 

 ぅあっ、スルーされた!?

 

「プリンには牛乳がたっぷり使われているから、食べ続ければおっぱいが大きくなるかもしれん! なんたって、プリンだからな! ぷるんぷるんのプリンだからなっ!」

「ふふ……ヤシロはホント、おっぱいが好きだねぇ」

 

 誰ー!?

 この人一体誰ですかー!?

 俺の知ってるエステラはこんな人生に疲れ始めたOLみたいなヤツじゃない!

 

「なぁ、エステラ」

「ん?」

「あんま、気にし過ぎんなよ」

「…………ん」

 

 発せられた短い音は、決して「了解」を意味するものではなかった。

 

「前向きに考えろ。自分の落ち度を知り、その上でこの次が確約されてるんだ。これはかなりの好条件だと思うぞ」

 

 己の欠点を知ったなら、そこを補えばいい。

 親切にも知らせてくれたんだ。それはつまり、やり直せるチャンスをくれたってことだ。何も言わず関係を断ち切ることだって出来るのだから。

 だがそうならないように知らせてくれたのなら、今この瞬間から悔い改めて新しい自分を見せればいい。これから先、同じ過ちを繰り返さないよう自分の足で歩いていけばいい。

 その姿勢を見届けてやると、メドラたちは言っているのだ。

 

 もう一度、話し合いの場を設ける。

 

 それが、ヤツらが俺たちにくれた最大の譲歩だ。

 そこで結果を残せば、事態はがらりと変わる。停滞は打破され、新たな関係が構築される。

 

 そんな時に、ヌボーっとしけた面をしていちゃいかんのだ。

 

「エステラ。盛り下がるのはおっぱいだけにしとけ」

「……うん…………そうだね」

 

 ダメだ、こりゃ。

 

 それからまた、エステラは無言で窓の外へ視線を向けた。

 今はそっとしておこう。そう思い、俺も窓の外へと視線を向ける。

 

 流れていく景色は、広々として見晴らしのいい大きな通り。

 四十一区の大通りだった。

 だが、やはり閑散としている。見晴らしがいいというか……殺風景に見えた。

 

 一度、この街を歩いてみる必要があるかもしれんな。

 

「なぁ、御者さん」

 

 車内の小窓を開けて、馬車を操縦している御者に声をかける。

 御者は体を少しずらしてこちらに顔を向ける。よく日に焼けた小麦色の肌をしたオジサンで、麦わら帽子を被っている。そのニコニコとした表情から、人のよさがはっきりと伝わってきた。

 こういう人間が仕えているあたり、デミリーがいかに人徳者かが分かるというものだ。

 

「四十一区の名物料理ってなんなのかな?」

「料理ですかい? そうですねぇ…………」

 

 御者のオジサンはあごひげを指でなぞり数秒考えた後、顔をクシャッとさせ笑顔でこう言った。

 

「やはり、肉でしょうな。狩猟ギルドが狩ってきた魔獣の肉を焼いて食らう。それだけで堪らない美味さでさぁ。酒が進むんですぜ?」

「それ、料理かよ?」

「いやいや。下手に手を加えない方がいいって時もあるんでさ」

「それもそうだな。ありがとう」

「いえいえ」

 

 小窓を閉め座席に深く座る。

 名物料理は肉……か。

 

 その割には、肉の焼ける香ばしい匂いがしてこない。大通りを通っているというのにだ。

 名物なら、通りのあちこちで焼いていたっていいだろうに。

 

 四十一区という街のことが、少しずつではあるが……分かってきた気がする。

 

 それからほどなくして、馬車は四十二区へと入った。

 領主の館の前で停車し、俺たちは馬車を降りる。御者に礼を述べ、馬車を見送った。

 

「それじゃ、ヤシロ。ボクはこれで。気を付けて帰ってね」

 

 覇気のない声で言われ、俺は「お、おう」としか返せなかった。

 相当まいっているようだ。

 

 結局のところ、今回は相手にも非があると認めさせた『だけ』に過ぎない。

 こちらの落ち度に関しては『謝る必要が無い場所での言及を避けた』だけだ。

 

 エステラが非礼を行ったのはリカルドに対してであって、それに関してメドラやデミリーに文句を言われることはあっても、謝罪をする必要はない。

 もっとも、それが元でかけてしまった迷惑に関しては謝るが……

 

 エステラがリカルドに気を遣えなかったことは、エステラとリカルドの話であって、いくら親も同然に可愛がっていたと言ったところで、他人のメドラに謝るいわれはない。

 だから、今回は俺が話の方向をねじ曲げた。

 

 あそこでメドラに対して謝罪をしてしまっていたら、きっとエステラは背負わなくていい重荷を背負わされていたことだろう。何かある度にメドラにまで筋を通さなければいけなくなる、とかな。

 いくら懇意にしていようと、家族も同然であろうと、分けるべきところはきっちりと分けて考えるべきなのだ。

 だから、エステラには謝らせなかった。

 

 ……それが、もしかしたら重荷になってしまったのかもしれない。

 とぼとぼと、館に入っていくエステラの背中を見ながら、そんなことを思った。

 謝罪は、口にすることで多少は心が軽くなるものだ。ほんの一瞬、心を誤魔化すことが出来る。もっとも、誤魔化せるのは限られた時間だけだけどな。

 

「まぁ、エステラも少しは一人で考えたいこともあるだろう…………」

 

 ついさっき、自分で言ったことだ。

 いくら親しくとも、分けるべきところは分けるべきなのだ。

 こいつは、俺が口を挟んでいいことじゃない。

 エステラとリカルドの間にあった過去のあれこれ。

 領主代行として、他区の領主や全区を股にかける大型ギルドのギルド長とのやり取り。交渉。対話。

 

 そこは俺のあずかり知らぬ部分だ。

 部外者である俺が踏み込んじゃいけない部分だ。

 

 だから、俺は口を出さずに見守っているべきなのだ。

 そんなことを思ったわけだが……

 

 気が付くと、俺の体は領主の館に向かって足を踏み出していた。

 

 今は放っておいた方がいいということは分かる。

 だが、「このまま、放っておいていいのか?」と問われたならば、答えはノーだ。

 

 いくら「放っておいた方がいい」と言われようとも、俺自身が「放っておきたくない」と思っちまったんだ。

 俺の体は、勝手に動いていた。

 

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