ザラメが熱され、ふわふわの綿のような糸状になって樽の中へと広がっていく。
それを、イメルダに融通してもらった端材で作った木の棒を使って絡め取っていく。
「ほい。一丁上がり」
「「「「おほぉおお!?」」」」
奇妙な歓声が上がる。
もうちょっとさぁ、こう、きらきらした感じの声出せないかなぁ。ったく、この連中ときたら。
「ヤシロさん。これが、綿菓子なんですね」
「あぁ。綿みたいだろ」
「はい。ウクリネスさんにお見せしたら、これでクッションでも作っちゃいそうです」
「あぁ、もうそろそろもうろくし始める年齢だからなぁ」
「そんなことないですよ!? ウクリネスさんはまだまだお若いですし! それにそういう意味で言ったわけじゃ……もう、ヤシロさん!」
綿菓子を見て上機嫌だったジネットの頬が膨らみ、眉がうねって不機嫌顔に変わる。
その顔の前に綿菓子を差し出すと、一転してぱぁあっと輝くような笑みを浮かべる。
コロコロとよく表情が変わる顔だ。
「なんだかんだ、ヤシロはいつも店長さんに最初のをあげるさね」
「確かに、そんな気がするです」
「……依怙贔屓。ダメ、絶対」
「ちょっ!? 別に、そんなことねぇだろ?」
マグダには、前にビワを一つ多くやったろうが。
「で、では、今回はどなたか別の方に――」
「「「「「はいっ!」」」」」
立候補者、多っ!?
ロレッタにマグダはもちろん、エステラやノーマも珍しく前へ前へと出てくる。
んで、筋肉むきむきのヒゲオッサンどもは……うん、無視。
じゃあまぁ、今回一番に食べるのに相応しいヤツにくれてやるか。
「ほれ、ネフェリー」
「えっ? 私……で、いいの?」
「おう。食って感想を聞かせてくれ」
「わぁ……嬉しい! ありがとね、ヤシロ!」
両手を合わせて、それを口(クチバシ)の前に持ってくる。
ハリウッド女優にサプライズをすると、たま~にこんなポーズで驚くよな、……テレビ用に。
こいつ、自分が可愛く見える角度とかポーズを研究してるんじゃないだろうな?
そんなことしなくてもいいんだぞ、ネフェリー。
お前は、どこから見てもニワトリだから。
なんんんんんんんっも、変わらないから。
「……また、ネフェリー贔屓」
「これは、いよいよ疑惑が疑わしいです!」
「意味、重複してるよ、ロレッタ……」
「ロレッタのせいで、話の内容が追求から逸れちまったさねぇ」
「えっ!? あたしのせいですか!?」
なんか、俺のよからぬ噂話が始まりかけて、見事にロレッタがアホの娘を炸裂させた。
エステラとノーマが可哀想な娘を見るような目で見ている。
「も、もう。変なこと言わないでってば。ヤシロは全然、そんなつもりなかったって。ね、ねぇ、ヤシロ?」
「うんー、そーだよー」
「なんでそんな棒読みなの!?」
正直、どーでもいーです。
そんなことよりも、綿菓子を食って「わぁ」だの「きゃー」だの感動してくれ。
お前がそうしてくれるだけで、俺はこの先、半永久的にザラメが無料で使えるのだ。
「まぁ食べてみてくれって。『パーシーの画期的な発明によってこの街に誕生したまったく新しいタイプのおやつ』を」
俺が、これでもかと説明を際立たせると、エステラやノーマ、マグダにロレッタあたりから、「あぁ、そういうことか」みたいな声が漏れてきた。
気付いてないのはネフェリー本人とジネットくらいなもんだ。
「じゃあ、いただくね」
そう言って、ネフェリーが綿菓子を突く。
……あ、「食べる」、だな。つい、視覚的に「突く」をチョイスしちまったぜ。
「んっ!? なにこれ!? すごーい!」
ネフェリーの表情が「こけー!」と明るくなる。
……いや、ごめん。正直、あんまり表情の変化分からないんだよな、こいつ。
きっと、すごくいい笑顔なのだろう。
「口に入れた瞬間、溶けてなくなっちゃった」
「……溶ける?」
「ホントですか? 見た感じ、ちっとも溶けてるようには見えないですけど?」
「ホントホント! 口に入れると『ふわぁ~』ってなくなっちゃうの!」
まずは食感に驚いたようだ。
まぁ、綿菓子を知らなけりゃ、最初に作り方に驚いて、次に見た目、そして食感に驚いて、最後に味に感動する。そんな流れだろう。
「それで、味はどうなんだい?」
エステラが興味深そうにネフェリーに詰め寄る。
ネフェリーはネフェリーで、「あっ、いっけない。私ってば、味の感想言い忘れちゃった、ぽかり☆」みたいな仕草をイヤミなくしてみせた後で、改めて感想を述べる。
「すっっっっっっっごく、あまい!」
ま。砂糖だしな。
「ヤシロ! これ、絶対人気出るよ! 子供も大人も大好きになると思う!」
いやぁ……大人はどうだろう?
四十二区の連中ならハマるかもしれないけどな。
「ネフェリーはどうだ? 綿菓子、気に入ったか?」
「もちろん! 私、綿菓子、大っ好き!」
「……だってよ」
「ちょっと待って、あんちゃん…………今、涙が止まんねぇから……」
ザラメを取りに行くと物凄い速度で店を飛び出していったパーシーは、本来三十分かかる道のりを十二分で駆け抜けてきたのだ。
その反動で、店に着くなり床に転がって、今の今まで「ぜぇ……ぜぇ……」と死にかけていたのだが……今は別の意味で召されそうだな、天国に。
「ね、ねぇ……パーシー、大丈夫なの?」
「ん?」
ネフェリーが、今にも死にそうな(それはそれで本望なんだろうが)パーシーを心配そうに覗き込む。
「なんか、泣いてるよ?」
泣かせたのはお前だ。
なにせ「大っ好き!」だもんな。
パーシーなら、その一言で二年くらい絶食しても生きていけるんじゃねぇかな。
とはいえ、死なれても困るので、ちょっと救済してやるか。
パーシーの顔のそばにしゃがみ込んで、パーシーにだけ聞こえる声で囁く。
「なぁ、パーシー。天国の味を知りたくないか?」
「……あんちゃん、ごめん。オレ今、人生で最高の幸せに浸ってんだ……そっとしといてくれし…………どうせ、今以上の幸せなんて、オレの人生ではもうないだろうし……」
お前の人生、しょっぽいなぁ……しょぽしょぽじゃねぇか。
「ザラメの安定的な供給にご協力、よろしくな」
それだけ言って、パーシーの肩をぽんと叩いて立ち上がる。
「ネフェリー。パーシーがバテてるから糖分を分けてやってくれねぇか?」
「糖分……って、コレでいいの?」
「あぁ。手も動かせそうにないから、口つけてないところをひと千切り分けてやってくれ」
「うん。いいけど……」
綿菓子をひとつまみ千切って、それを、仰向けに倒れて腕で涙に濡れた目を隠しているパーシーの口へと近付ける。
ふわっとした物が触れ、思わずパーシーが口を開ける。
ひょいっと、そこへ綿菓子を放り込むネフェリー。
突然口の中に広がった甘みに、パーシーが驚いて顔を上げる。
と、そこには腰とヒザを曲げて自分を覗き込む愛しきネフェリーの姿が。手には砂糖で出来たという綿菓子。
そんな視覚からの情報が脳内で一つに繋がり……「綿菓子を食べさせてもらった!?」という事実を導き出し――
「ぶべぅ!」
――奇妙な音を漏らして、パーシーが気絶した。
容量オーバーだったかな。
「…………て、天国の、味…………マジ、パねぇし…………」
それが、パーシー最後の言葉だった。
「ヤシロ。死者が出たよ」
「即成仏したろうな」
「ホント、安らかな顔さねぇ」
「あ、あの、みなさん。パーシーさん、お亡くなりにはなっていませんからね?」
気絶したパーシーを囲んで見下ろす。
涙でアイメイクがぐちゃぐちゃだ。
号泣したギャルみたいな惨状になっている。
「……けどまぁ、これで綿菓子の材料は」
「半永久的に無料で手に入るですね!」
「え……っと、そういうわけには……」
「「大丈夫、パーシーだから」」
マグダとロレッタはよく分かっている。
材料費を抑えれば、販売価格も抑えられる。
俺たちは利益が上がるし、お客は美味いおやつが安く手に入る。
誰も不幸にならない。……パーシー以外は。
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