異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚2 花と言葉と愛情を -3-

公開日時: 2021年3月1日(月) 20:01
文字数:2,351

 待ち合わせ場所は、ベッコの家に向かう途中の小高い丘の上だった。

 見晴らしがよく、ミツバチたちが戯れる花畑が遠くに見える、そこはかとなくロマンチックな場所だ。一つ難点があるとすれば、近所にベッコが住んでいるというところか。

 

 待ち合わせ場所に着いた時、ウェンディはまだ来ていなかった。

 どうやら間に合ったようだ。

 

「じゃ、しっかりな!」

「はい!」

 

 セロンを残し、俺たちは近くの草むらに身を隠す。

 

「うまくいくでしょうか……」

 

 不安げな顔でジネットが祈りを捧げる。

 まるで、自分のことのように心配しているようだ。

 少し、不安を取り除いてやるか。

 

「大丈夫だろ。ミリィの作ってくれた花束もあるんだし」

「そう……ですよね」

 

 素晴らしい花束を見て、ジネットが顔をほころばせる。

 

「しっ! みんな静かに! ウェンディが来たみたいだよ」

 

 通りを監視していたエステラが声を潜めて伝令を寄越す。

 その言葉通り、ウェンディが軽やかな足取りで小高い丘を登ってくる。

 今日も黒い服に身を包んでいるが、表情が晴れやかなおかげで陰気な印象は与えない。

 大きなつばの帽子が、淑やかな女性らしさを演出している。

 

 

「セロン!」

「や、やぁ! ウェンディ」

「ごめんなさい。待たせちゃった?」

「いいや。僕も今来たところさ」

「(よし、全員で石を投げてやれ!)」

「(ダメだよ!? 何しようとしてんのさ!?)」

 

 手頃な小石を手に取った俺を、エステラが素早く取り押さえる。

 えぇい、離せ! あんな絵に描いたような爽やかリア充カップルを野放しに出来ようものか? いや、出来ない!

 

「(プロポーズが成功するように見守るんだよ!)」

「(……分かったよ)」

 

 今日だけ我慢してやる。

 

 セロンとウェンディは、そのまま立ち話をしている。

 昨日も会っていたろうに……数時間ぶりの再会がそんなに嬉しいか?

 二人とも幸せオーラを全方向に放出しやがって。

 

「(お……お兄ちゃんから、なんだか不幸せなオーラが滲み出しているです……っ!)」

「(ロレッタ。見ちゃダメだよ。負の力にのみ込まれる)」

 

 エステラが、野次馬どもをうまく誘導して、俺をプチ隔離しようとしてきやがる。

 俺と女子たちの間にベッコとウーマロが配置された。…………不愉快です。

 

「それで、セロン。話ってなあに?」

 

 オオバヤシロプチ隔離作戦が完遂したところで、セロンたちにも動きがあった。

 ウェンディが本題を切り出したのだ。

 まぁ、薄々気が付いているのだろうが……やはり、はっきりと口で言ってほしいのだろう。

 

 ……もう、さっさと言って、さっさと終わらせてくれ。

 …………マジで負の力にのみ込まれそうだ……

 

「じ、実は…………渡したいものと、伝えたいことがあるんだっ」

 

 少し言葉に詰まりながら、セロンは言う。

 いよいよ言うつもりだ。

 覚悟を決めろ、セロン!

 

「こ、これっ!」

「まぁっ…………きれい……」

 

 セロンが花束を差し出すと、ウェンディはしばらくの間うっとりとそれを見つめ、そして受け取ると同時に満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとうセロン。とっても嬉しいわ」

 

 それは、恋する乙女の輝く笑顔だった。

 

「そ、それで…………っ」

 

 ごくり……と、遠く離れた俺たちのところにまで唾をのみ込む音が聞こえてきそうなほど、ガチガチに緊張したセロンが喉を鳴らす。

 すぅ~……はぁ~……と大きく深呼吸をして、セロンはカッと両目を開いた。

 

 行くかっ!?

 

「ウェンディ!」

 

 草むらで、女子たちが一斉に息をのむ。

 みんな口を押さえ、前のめりにセロンたちを見つめている。

 

 そんな熱い視線にさらされる中、セロンがバッとジャンプした。

 

 ……ジャンプ?

 

 そして、両腕を広げて、ウェンディに向かって叫ぶ。

 

「僕は死にませんっ!」

 

 

 …………

 …………

 …………

 …………

 …………このバカチンがっ!

 

 

 なんでよりによってそれをチョイスした!?

 あぁぁぁああっ! なんであの時俺は、これを禁止ワードに含めなかったんだろうか!?

 異世界に来て、初めて目撃したプロポーズが、なんかすげぇ既視感あるんですけど!?

 テーマ曲とか、脳内で勝手に流れ始めてるんですけどっ!?

 

 お前はナニ田鉄矢だっ!?

 

 こりゃダメだ……

 おそらくだだスベりして、ウェンディにも呆れ返られる…………と、そう思ったのだが……

 

「うんっ」

 

 ウェンディは木漏れ日のような温かい微笑みを浮かべて、幸せそうに首肯した。

 そして……

 

「ずっと長生きして、ずっとずっと、私と一緒にいてね。セロン」

 

 セロンの首に腕を回し、そっと頬にキスをした。

 

 …………え?

 ……成功?

 えぇ…………これで、いいの?

 

「(…………よかったですね……セロンさん)」

「(……あれ、おかしいな……人のことなのに……なんでか、涙が……)」

 

 えぇ……ジネットとエステラ、泣いてるし……

 ロレッタとノーマは口を押さえてぷるぷるしてるし……号泣しそうな勢いだな、お前らは。

 

「(……参考にするッス)」

「(拙者も、しかり)」

 

 おぉ、おぉ、参考にしろ。参考にして盛大にスベれ!

 

 ……はぁ。

 これでいいのか、セロンのプロポーズ?

 

 客観的に見て、結婚の意思が伝わったようには見えないんだけどなぁ……

 またどこかで仕切り直す必要が、あるかもしれんな…………

 

 その時までに、あの引き出しの少ないイケメン男にいろいろと教育を施してやる必要がありそうだ…………

 

 心地よい風が吹き抜け、花と太陽の光に包まれたカップルが幸せそうに笑っている。

 たぶん俺だけなんだろうな……なんだか暗い気分になってるのは。

 

 何はともあれ……これが流行らないように全力で阻止しなくては。

 

 

「(……ん? あれ、そういえば…………マグダはどこ行った?)」

 

 辺りを見渡すも、マグダの姿は見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 ――その頃、陽だまり亭では…………

 

「………………むふーっ!」

 

 マグダの部屋からドタンバタンともんどりうつような物音と、満足げなマグダの息遣いが漏れ聞こえていたのだった。

 

 

 

 

 

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