異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

39話 四十二区の領主様 -1-

公開日時: 2020年11月7日(土) 20:01
文字数:3,039

 招かれざる訪問者を追い返し、号泣していた頑張り屋の長女が泣き止むと、ようやくこの場所に静けさが戻ってきた。

 

「……お恥ずかしいところをお見せしましたです……」

 

 恥ずかしいところ?

 

「お前の尻尾はまだ見せてもらってないが?」

「違いますですっ! そういう恥ずかしさではないです!」

「もう、ヤシロさん。めっ、ですよ」

 

 え、なに、ジネット、その可愛い叱り方?

 今後そういう感じなの?

 

「あ、いえ、あの……そんな目で見られましても…………ヤ、ヤシロさんは先ほどとても頑張ってくださったので、懺悔を強要するのは憚られまして……ですので…………ぁうう、み、見ないでください……っ」

 

『めっ』はさすがに恥ずかしかったのか、ジネットがみるみる赤く染まっていく顔を覆い隠して蹲る。これに取っ手がついていたら持って帰るところだ。

 

 ふと視線を上げると、俺たちからかなり距離を取った場所に幼い弟妹たちが固まってこちらを見ていた。

 何も言わず、誰も動かず、ジッと俺を見つめている。

 

 ……ゾルタルとのやり取りを見て、俺のことが怖くなったのかもな。

 まぁいいさ。

 もともと子供は苦手なんだ。向こうが近寄ってこないのなら、こちらから関わる必要もない。

 

 けどまぁ……さっきの格闘ごっこは楽しかったろうになぁ。一気に逆転されちまうんだな、好感度ってのは。

 それはちょっと寂しいような……まぁ、いいけどね! 俺には教会のガキどもがいるし……って! ガキは嫌いなんだよ、俺は! 馴れ馴れしいし、空気読まねぇし、すぐ泣くし、……一人じゃ、生きられねぇしな。

 

「あの、お兄ちゃん……どうかしたですか?」

 

 赤く腫らした目で、ロレッタが俺の顔を覗き込んでくる。

 こいつに心配されるような表情なんかしてないつもりだったのだが……

 気にされるのも癪だ。話題を変えよう。

 

「ゾルタルはもうここには来ないと思うが……『ゾルタル以外の誰か』が同じようなちょっかいを出してくる可能性はまだ残っている」

「そう……なんですか?」

 

『二度とここに来るな』とは言ったが、『他のヤツに委託するな』とは言っていなかった。

 詰めが甘かったか……?

 

「まぁ、もしまたおかしなヤツらがちょっかいかけてきたらすぐに言え」

「――っ!?」

「……ん? どした?」

「い、いえっ! あの……今の、なんだか…………とっても、お兄ちゃんっぽかったです」

 

 慌てたように視線を外し、俯いてもじもじと指を絡める。

 耳の先がカーッと赤みを帯びていく。

 

 これまで弟妹のことと家のことと、全責任を一手に引き受けていた長女。その重責は、この小柄な少女の肩には負いきれるものではなかったのだろう。

 ちょっとばかり頼れそうな相手が現れて、少し舞い上がっているのだ。決して恋心などではない。

 ……だから、ちょっと鎮まってくれるかな、俺の心臓。

 

「まぁ、職場の上司として、出来る範囲のことはしてやるよ」

「は、はいっ! ありがとうございますですっ!」

 

 相変わらず、おかしな敬語を使うヤツだ。

『らしい』と言えば、すごく『らしい』のだが。

 

「ぅぅぅぅぅわぁぁあああああああっ! もう無理ー!」

「むりぃー!」

「おに~ちゃ~ん!」

「おでぃ~ちゅゎあ~ん!」

「おじぃーたーん!」

「おにぃちゃ~ん!」

「んななな、なんだなんだっ!?」

 

 突然、先ほどまでじっと動かずこちらを見ているだけだった弟妹たちが、一斉に突撃してきた。

 無数の小っこいネズミっ子――改め、ハムっ子たちが俺に飛びかかってくる。

 

「あっ! こら、あんたたち! 待機って言ったでしょう!?」

「むーりーだーもーん!」

「これ以上お兄ちゃんに迷惑かけちゃダメですっ!」

「めーわくじゃないもーん!」

 

 ……いや、すげぇ迷惑だが?

 

 どうやら、弟妹たちはロレッタに言われて俺に飛びつくのを強制的に我慢させられていたらしい。そして今、その我慢が限界に達し、抑制された衝動が爆発してしまったと、そういうわけだ。

 

「兄ちゃんすげぇ! すげぇすげぇ!」

「イノシシのオッサンやっつけた!」

「お兄ちゃんかっこいい!」

「お兄ちゃん!」

「お兄ちゃん!」

「おでぃちゅゎん!」

「おじいちゃん!」

「お兄ちゃん!」

「おいっ! 誰か鼻詰まってるヤツいるだろ!? 『に』が『でぃ』になってるヤツ! それから、ちょいちょい俺のことジジイ呼ばわりしているヤツがこの中に一人いる!」

 

 俺は気付いているぞ。

 前に「じぃ~」っと見つめてきた時も、一人だけ「じじぃ~」って言っていたことに! その時はスルーしたけどもっ!

 

「また穴落としやろー!」

「やろー!」

「そんな危険な遊び、もうやっちゃダメです! いいからお兄ちゃんから離れるです!」

 

 ガキどもを引き剥がしにかかるロレッタだが、如何せん数が多い。剥がしても剥がしても、夏の蛍光灯に群がる蛾の如く次々に飛びついてくるのだ。

 江戸村のマスコットじゃねぇっつの……

 

「はぁぁあ……ヤシロさんが弟さんたちに揉みくちゃにされて、なんだかわきゃわきゃしてますっ!?」

 

 先ほどまで蹲って身悶えていたジネットが、俺の置かれた状況を見て驚きの声を上げる。

 ……俺もわきゃわきゃされちゃってたか。

 

「あの、みなさん。ヤシロさんがそろそろ限界に近い表情になっていますので、解放してあげてください」

 

 ジネットがハムっ子たちを説得し始めるも、全然効果が現れない。

 ……つか、そろそろマジで体力が持たん。体は十代でも、精神的には三十代なんだぞ。若人のパワーに当てられ続ければ疲弊もするわ。

 やはりこれくらいのガキどもにはガツンと怒らなければ伝わらないのかもしれん。

 

「五秒前…………四…………三…………」

「みんな逃げろー!」

「退避っ! 総員退避せよっ!」

「お兄ちゃん顔怖~いっ!」

「おでぃちゃ…………ヘブシッ!」

「……じじい」

「二、一、ゼロッ!」

 

 ゼロと同時に腕を振り上げ体を起こす。

 その頃にはハムっ子どもは全員遠くまで逃げていた。

 

「鼻詰まってたヤツ、ちゃんと咬んどけ! それから『じじい』って言ったヤツ、絶っ対っ見つけてやるからな! 見た目は若人、頭脳は大人ってのは、そういうのメッチャ得意なんだからな!」

「まぁまぁ、ヤシロさん、落ち着いて。子供のしたことですし……」

「言うこと聞かないヤツは『めっ』だからな!」

「ヤシロさん、それはわたしに対する攻撃ですかぁ!?」

「『めっ』!」

「もうやめてくださいっ! 忘れてくださいっ!」

 

 折角ハムっ子どもが全員離れていったというのに、今度はジネットが俺に飛びつき胸板をぽこぽこと叩いてくる。まったく痛くはない。腕力皆無か、こいつは?

 そして、なんでそうなるのかは分からんのだが、手と足が連動している。右手を叩きつけると左足がぴょこんと上がり、左手を打ちつけると右足がぴょこんと上がる。体を左右に揺らしながらぽこぽこ胸を叩かれる……おぉう…………なに、このちょっとバカップルっぽいお戯れ……

 

「あ、イチャついてるー!」

「ふぇえっ!? ち、違いますよっ!? ね、違いますよね、ヤシロさん!?」

 

 いや~……イチャついてたろ、今のは。だってちょっと楽しかったもん。

 

「あ、あぅ……あの、わ、わたしっ、ご飯の用意をしてきますっ!」

「あ、じゃあ弟たちに案内させますですね。あんたたちー! 店長さんをウチに案内してあげなさいですー!」

「「「はーいっ!」」」

 

 そうして、ジネットは逃げていった。

 

 今からあの人数分の飯を作ってたら、店には帰れないだろうな。

 陽だまり亭を出たのが昼飯時が終わった頃で、ここまで歩いてきて、落とし穴に嵌って、弟たちと格闘技して、ゾルタルとやり合って…………空はすっかり赤く染まっていた。

 

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