「ちょ、ちょっとあんた、待ちなさいよ!」
「あ? なんだオイ、やんのか、こら!?」
大通りの真ん中で、ゴールデンレトリバーのような垂れたイヌ耳を生やした女の子と、ワニ丸出しの顔をした恰幅のいい男が突然口論を始めた。…………物凄く不自然な棒読みで。
「あ、あんたんとこが野菜を出し惜しみするから、ウチの酒場がてんやわんやのてんてこ舞いよ!」
「こっちだって、生活が懸かってるんだ。あまり安い値で買い叩かれちゃ堪ったもんじゃないんだよ!」
「だからって、法外な値段で売りつけないで!」
「これ以上安くしたら、俺たちギルドは壊滅しちまう! だから、えっと、お前たちが、え~っと…………」
言葉に詰まったワニ男は、こっそりと、懐に忍ばせてある半透明のパネルに視線を走らせる。そして、「あ、『むしろ』か……」と呟き、再度イヌ耳少女へと視線を向ける。
「むしろ、利益をぼったくってるお前たちがもっと高値で野菜を買いやがれ!」
「な、なんですって!? 言わせておけば!」
イヌ耳少女の言葉を合図に、イヌ耳少女とワニ男は取っ組み合いのケンカを始める。
……とはいえ、なぜかワニが物凄く遠慮して一方的にパカパカ殴られているだけにしか見えないが……
「やめてください、お二人ともぉ~!」
そこへ、とんでもない爆乳の美少女が現れる。
内側から衣服を引きちぎらんばかりに押し上げてくるその膨らみに、胸に書かれた文字が歪む。
爆乳美少女の着ている服にはこんな文字が書かれていた。
『 陽だまり亭・本店
安いっ! 美味いっ! 可愛いっ!
野菜炒め 20Rb~ !!
四十二区にて絶賛営業中!!
年中無休
来なきゃ損っ! 友人・家族を誘って是非お越しくださいっ!! 』
まぁ、要するに、取っ組み合うパウラとモーマットのもとへ、宣伝シャツを着たジネットが仲裁に入ったのだ。
ただし、両手で半透明のパネルを持ち、ガッツリと覗き込みながらたどたどしくも音読していく。
「モーマットさんそれはちょっと聞き捨てならないですねー」
抑揚も間もない、のぺーっとした音声が垂れ流される。しかも一度も顔を上げず、相手を見もせずにだ。
こいつはセリフを暗記する気すらないらしい。
そう、セリフだ。
「……これは、一体なんの催しなんですか?」
アッスントが引き攣った表情で俺に問いかける。
しかし、俺はそれに答えるわけにはいかない。いかないのだ。
俺はただ黙ってジネットののっぺりとした音読に視線を注ぐ。
「わたしたち飲食店は限界までコストの削減をして物価の上昇を抑えようとしているのです。これ以上はもう無理なのです。生産者が搾取をしているからです」
「ちょっと待ちなさいっ!」
そこで颯爽と登場したのは、養鶏場の一人娘、ニワトリ顔のネフェリーだ。
「今の発言は聞き捨てならないわね! 私たち生産者こそが、たゆまぬ努力によって物価の上昇を抑え込んでいるのよ! ねぇ、そうでしょう、デリア!?」
「あー、まったくそのとおりだー」
やたらと熱のこもった演技派のネフェリーの問いかけに、棒読みという表現すら生ぬるい超棒読みでデリアが応える。
ネフェリーはこういうのに興味があったらしく、演技がやたらうまい。ただ、周りが酷いなんてレベルではないので浮いてしまい、逆に悪目立ちをしてしまっているが。
「私たち生産者は日々努力を積み重ね、大地と対話をし、動植物と心を通わせて、美味しい食べ物を作っているの! その食べ物の美味しさこそが、生産者の誇りであり、魂の叫びよ!」
「え? え? …………え?」
ネフェリーがアドリブを入れてきた。
おかげでジネットがオロオロし始めてしまった。
この脚本、実は俺が作成し、ここにいる連中の前で朗読したのだ。
そのため、こいつらは自分の会話記録を参照することで脚本を確認できるというわけだ。
そこには、俺が読み上げた脚本のセリフがすべて記録されているのだから。
「卵を食べてごらんなさい! 美味しいでしょ!? それが、私の叫びよ!」
いやいや、それは怖いだろう。
もし卵からお前の叫び声が聞こえたら、俺は躊躇いなく卵を床に叩きつけるぞ。
「あ、あの……今は、一体どのシーンを……?」
この後、『生産者vs店の経営者』の対立が描かれ、お互いの苦労を語り合うのだが……まぁ、もういいか。
いい具合に観客も増えてきたしな。
辺りを見渡すと、この騒動を聞きつけて相当数のやじうまが人垣を形成していた。
折角作った中盤のシーンをガッツリとカットすることになるが……
「あれれぇ~、おかしい~ぞぉ~!?」
俺は、クライマックスの合図となるセリフを口にする。
日本仕込みの、素晴らしい演技力だ。
我ながら惚れ惚れするぜ。
「これは一体、なんの真似なんですか?」
アッスントの声に若干の苛立ちが感じられる。
訳の分からない芝居を見せられ、しかも人垣のせいでその場を離れることも難しい。
意味が分からないままこんな状況に置かれたのでは、相当イライラも溜まるというものだ。
だが気にしない! ここからが大事なところなんだ。
さぁ、御用とお急ぎでないお客様は、とくとご覧あれ!
オオバヤシロ、一世一代の大演技!
「生産者に支払われるお金は減っているのに、物価は上がってるのって、おかしいなぁ」
見た目は子供で頭脳が大人の名探偵ばりの好演技だ。
詐欺師たるもの、演技力は必須スキルだからな。
「……あなたの演技は、また一段と酷いですね」
なんだと、アッスント!? 俺の演技のどこが酷いってんだよ!?
ちょっと子供っぽい雰囲気も見事に再現されてて、そこはかとなく可愛いやろがぃ!
可愛いやろがぃ!?
「はぁ……私は忙しい身ですので、これで失礼させていただきます」
大きなため息を吐いて、アッスントがその場を離れようとする。
が、人垣がうまくその行く手を阻む。…………というか、その人垣には見覚えのある顔が並んでいる。
ハムっ子たちやヤップロック一家、そしてオメロたち川漁ギルドの面々に、米農家のホメロスその他、四十二区で働いている生産者と、店を経営している店主たちがずらりと顔を揃えている。
「……あなたたちは」
顔ぶれに気付いたのか、アッスントの表情が微かに強張る。
自分たちの取引相手が、このいかにも胡散臭い三文芝居の場に雁首揃えて登場したのだ。そりゃあ焦るだろう。
アッスントは今、確実にこう思っているはずだ。
「ハメられた」と――
俺の集めた協力者の向こうに、騒動を聞きつけて部外者連中も集まってきていた。
いや、こいつらもある意味で部外者ではない。だからよく見て、しっかり聞いておくといい。
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