「人間の舌には、いくつもの味を感知する神経が通っているんだ。そいつらは敏感故に少しばかり融通が利かなくてな。複数の味を一斉に感じた際、どちらかの味が際立ってしまうことがあるんだ」
舌がスイカの甘みを感じる前に、微かな塩分を感知すると、その対比で甘みが増したように感じる。それが、味の対比効果だ。
甘みの他にも、塩でうま味が引き立つことも知られている。隠し塩などと呼ばれていて、レシピ本を見れば、様々な料理に「塩一つまみ」なんて書かれている。
他にも、苦みと酸味でも味の対比効果は発揮されるらしいが、俺は試したことがない。試す意味も分からんしな。
「というわけだから、どんどん、ど~んどん塩を振りかければ、スイカはもっともっと甘くなる…………かもしれないよな? お前らの理論でいくと」
「え…………そ、そう、ですね」
ゴクリ……と、誰かのノドが鳴る。
塩は塩辛い。そんな当たり前の知識と、たった今知ったばかりの信じられない現象が脳内でせめぎ合っているのだろう。
常識を覆すべきか、常識を信用するべきか……
「このスイカはお前たち自身だ。もともと、美味しくなる要素を持っていた、原石のような存在」
そうして、誰も口をつけていないスイカに塩を一つまみ振りかける。
「それで、これがオシャレをしたお前たちだ。俺が言ったことを、言った通りに行なった結果、一層美味しくなったよな」
それは、俺があのイベントの日にこいつらに与えてやった充実感と満足感、それと同様であると言える。
塩を一振りしたスイカは、確かな情報に裏打ちされた技術を駆使して生まれた成功例と同義。
「そして、先ほどお前たちが主張した、『メイクをすればするほど、美しさは増す』に則り――」
言いながら、鷲掴みにした塩をカットスイカの上にだばだばと落としていく。
スイカの上に、こんもりと白い小山が出来る。裾野から順に水分を吸い込んで、色がなくなっていく。
「――自己流のアレンジを施した、『理論上はそうなるであろう』状態ってわけだ」
そして、皿に載った塩たっぷりのカットスイカを差し出す。
「さぁ、食べてみてくれ。とんでもなく甘くなっているかもしれないぞ?」
お前たちの理論で言うならば、と、言葉の裏に込めて告げる。
代表者らしき女性は、しばらくの間戸惑っていたが、自身の発言を証明するかのように、塩まみれのスイカを手に取り……被りついた。
「ぶほぉっ!? 辛っ! しょっぱっ!」
「ま、そうだろうな」
あんなもん、塩の塊を食ってるようなもんだからな。
「つまり、何事も適度が一番ってことだ」
「け、けど、スイカとメイクは違うし……」
「第三者が、客観的に見て『それはおかしい』って言ってるんだぞ? 人の目に奇妙に映っちまうようなオシャレで、お前らは本当にいいのか? 『あんなに頑張ったもん』って理由に逃げて、本当にオシャレになれるチャンスを自分で握り潰して、それで本当にいいのか? その塩まみれスイカみたいに、二口目を食べようとも思われないような結末を迎えて、それでいいのかよ?」
女性たちは反論してこなかった。
初めての努力ってのは、それはそれは尊いものなのだろう。……自分自身にとっては。
けれど、「頑張った結果出来ていない」ものってのは、自己満足を与えてくれる以外の効果はないのだ。
「失敗は恥じゃない。努力は無駄にはならない」
とはいえ、始めたばかりの人間に核心を突いた話をしても、心がぽっきり折れちまうだけだ。
やって見せ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かずってやつだ。
初心者の育成ってのは、えらく時間と根性が必要になるもんだよな、ホント。
「知らないことを誤魔化したり、格好つけて学ぶ機会を失うことこそが恥ずべき行為だ。お前たちは、今まさに花開こうとしているつぼみだ。いくら美しいつぼみだって、やっぱ花を咲かせたいだろう? 不安があるかもしれねぇが、もう一回素直な気持ちで学んでみようぜ。な」
俺からすれば、かなり甘い対応だ。
人の話を聞かないなら、好きに朽ち果てていろ――ってのが俺のスタンスなのだが、今回は特別だ。
なにせ……
「俺は、お前らの味方だからな」
「オオバ……ヤシロさん…………」
こいつらを味方につけて、『美の通り』にまともな名前を付けなきゃならないんだからよ!
絶対阻止してやるからな『ヤシロ・アベニュー』なんて!
だから、いいか? 聞く耳を持て!
そうだ、今みたいに、俺の言うことはなんでも「はい、はい」と聞き入れろ! いいな!
「というわけで、『美の通り』の名前なんだが……」
「「「はい! 何がなんでも『ヤシロ・アベニュー』に決めさせてみせます!」」」
違ぁーう! そうじゃないんだ!
くっそう! 俺を崇拝している風な連中は、なぜここ一番で俺の首を絞めるようなことばっかしやがるんだ!? ベッコ然り、ヤップロック然り、この女連中然り!
本当は俺のことが嫌いなんじゃないだろうか……
「その件なんだがね、君たち」
エステラが、あくまで笑顔で、あくまで好意的に、意気込む女性たちに待ったをかける。
「今後四十一区の目玉になるかもしれない場所に、他区の、それも個人の名前を冠するのはやはり賛成できないよ。妙な勘繰りから、不要なトラブルが起こらないとも限らないしね」
まったくだ。
花火を打ち上げただけで雨不足の犯人にされかけ、情報紙に載っただけで異世界版オレオレ詐欺に狙われたんだからな。
新名所に俺の名前なんか付けられた日にゃ……きっと面倒くさいことに巻き込まれる。
「四十二区の領主としても、ヤシロを君たちの街に貸し出すわけにはいかないよ。たとえ、名前だけだとしてもね」
「ね、分かるよね?」みたいな小粋なウィンクを飛ばして、向かい合う二十名弱の女性たちに語りかける。
エステラよぉ。お前、そういうことばっかしてると、トレーシーみたいなのが増えるぞ。お前の熱狂的なファンがよ。……ったく、イケメン度の高い女だ。
「オオバヤシロさんのお名前をお借りすると……」
「オオバヤシロさんに迷惑がかかり……」
「四十二区の領主様は、それをよしとされない……」
「名前だけとはいえ……」
「オオバヤシロさんを貸すわけにはいかない……領主として…………ということは……」
ぼそぼそと、順番に呟いていた女性たちが、一斉に「はっ!?」っと息を飲み、そして顔を見合わせ、合点がいったとばかりに手を打った。
そして――
「「「オオバヤシロさんは、領主様の婚約者様なのですね!?」」」
――などと、明後日の結論にたどり着いたらしい。
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