異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

10話 ジネットへのテスト -2-

公開日時: 2020年10月9日(金) 20:01
文字数:1,812

「ね? 言った通りだったろ?」

 

 昼前にやって来たエステラが、得意顔でジネットに言う。

 

「でも、やっぱり少し可哀想で……」

「いいのいいの。これくらいはいい薬さ。ほら、アレだよ。『悪いことをしていると教えてやらなきゃダメだ』って。彼自身が言っていたことだろ?」

「それは、そうなんですが……」

 

 机に突っ伏す俺を、ジネットは申し訳なさそうな瞳で見つめてくる。

 ……ふん。体がだるいから視線も合わせてやるものか。

 

「ちなみに、ジネットちゃんの寝室にも同じ物が仕掛けてあるから、無暗に近付かないようにね」

「なんだと!? じゃあ、どうやって忍び込めばいいんだ!?」

「あの……忍び込まないでくださいね……」

 

 くっそ!

 折角のひとつ屋根の下なのに!

 もう少し仲良くなったら、さり気なく夜中に忍び込もうと思っていたのに!

 あくまで、さり気なく!

 

 俺は呪詛の念を視線に込めてエステラに送る。

 しかし、エステラはそれをさらりと無視して、ジネットに話しかける。

 

「そういえば、ジネットちゃんって今川焼き好きだったよね?」

「はい。大好物です」

 

 今川焼き!?

 

「今川焼きがあるのか?」

「はい。甘くて、とっても美味しくて……わたし、大好きなんです」

 

 まぁ、小麦や小豆があるようだから、そういう料理が開発されてもおかしくはないか……

 でも、名前まで今川焼きとは…………あ、そうか。『強制翻訳魔法』で、俺に馴染みのある名前になっているのか。

 なんだか、異世界で今川焼きとか聞くと、すげぇ不思議な気分になるが、ここはそういう世界だったな。

 

「実はジネットちゃんに持ってきたんだ」

「えっ!? ……いいんですか?」

「うん。これから一週間、お昼を御馳走になるからね。せめてものお礼」

「でもそれは、ゴミ回収ギルド開設の報酬で……」

「ギルド設立で利益を得るのはヤシロだろ? でも、料理を作ってくれるのはジネットちゃんだ。そう考えると、なんだかヤシロの一人勝ちのような気がしてね。だから、ジネットちゃんにプレゼント」

「……ってことは、俺の分はないのか?」

「ボクが君にプレゼントをする理由が見当たらないからね」

 

 ……こいつ。

 そういうの、よくないんだぞ。

 イジメに繋がるんだぞ。

 まったく、嫌な女だ。

 

「でも……」

「もらってくれると嬉しいな」

「あ……『厚意は受けろ』…………ですね。はい。喜んで頂戴いたします」

「そうこなくっちゃ!」

 

 ジネットはエステラから紙袋を受け取ると深々と頭を下げた。

 あの中身が俺の知っている今川焼きと同じものだと仮定して…………一個しか入ってないな。あの膨らみは。

 ったく、どうしてこう、四十二区の連中はしみったれているのか……

 お土産なら「みなさんでどうぞ」って言えるくらいの数を持ってこいっての。

 

「では、お食事の後にいただきますね」

 

 そう言って、ジネットは今川焼きの紙袋を俺の隣へと置いた。

 

「盗るなよ?」

「人聞きの悪いことを言うなよ。人を悪人みたいに」

 

 詐欺師だけど。

 

「それで、エステラさん。ご注文は何にしますか?」

「そうだなぁ……、なんでもいいから、ジネットちゃんのおすすめを頼むよ」

「はい。今日から開始したメニューがありますので、それをお持ちしますね!」

 

 そう言って、ジネットは厨房へと入っていく。

 そう。エステラは昼飯をたかりに来やがったのだ。

 ちょっとしたことで恩着せがましく、タダ飯を無心しに来やがったのだ。

 ハイエナめ。

 悪魔め。

 ペチャパイめ!

 

「なんだい、その反抗的な目は? 君の自業自得だろう?」

「トレジャーでもないもののために負傷したのが一番こたえたんだよ……なんで俺が、布巾のためにこんな目に……」

「邪心は捨てろということだよ」

「俺から邪心を取ったら、何が残る!?」

「……君、その発言は自分で悲しくならないかい?」

 

 ふん。

 お前には分からんのだ。

 純情な男子が、あの小さな布にどれだけの夢や希望を見出しているのかを。

 どれほど心酔しているのかを。

 

「まぁ、これに懲りたら、もうイヤらしいことは考えないことだね」

 

 エステラが、俺の顔を覗き込んでくる。

 えぇい、忌々しい。

 俺はそっぽを向いてエステラを視線の外へと追いやる。

 

「視界に入るな。目障りだ」

「酷い言われようだなぁ」

「しゃべるな。耳障りだ」

「カッチーン!」

 

 冷たく言い放つと、それが気に障ったのか、エステラは俺の髪をぐしゃぐしゃに掻き回してきやがった。

 

「えぇい、触るな! 肌触りだ!」

「いや、それは違わないか?」

 

 まったく。傷心の人間で遊びやがって。

 さっさと帰ればいいのに。

 

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