「ね? 言った通りだったろ?」
昼前にやって来たエステラが、得意顔でジネットに言う。
「でも、やっぱり少し可哀想で……」
「いいのいいの。これくらいはいい薬さ。ほら、アレだよ。『悪いことをしていると教えてやらなきゃダメだ』って。彼自身が言っていたことだろ?」
「それは、そうなんですが……」
机に突っ伏す俺を、ジネットは申し訳なさそうな瞳で見つめてくる。
……ふん。体がだるいから視線も合わせてやるものか。
「ちなみに、ジネットちゃんの寝室にも同じ物が仕掛けてあるから、無暗に近付かないようにね」
「なんだと!? じゃあ、どうやって忍び込めばいいんだ!?」
「あの……忍び込まないでくださいね……」
くっそ!
折角のひとつ屋根の下なのに!
もう少し仲良くなったら、さり気なく夜中に忍び込もうと思っていたのに!
あくまで、さり気なく!
俺は呪詛の念を視線に込めてエステラに送る。
しかし、エステラはそれをさらりと無視して、ジネットに話しかける。
「そういえば、ジネットちゃんって今川焼き好きだったよね?」
「はい。大好物です」
今川焼き!?
「今川焼きがあるのか?」
「はい。甘くて、とっても美味しくて……わたし、大好きなんです」
まぁ、小麦や小豆があるようだから、そういう料理が開発されてもおかしくはないか……
でも、名前まで今川焼きとは…………あ、そうか。『強制翻訳魔法』で、俺に馴染みのある名前になっているのか。
なんだか、異世界で今川焼きとか聞くと、すげぇ不思議な気分になるが、ここはそういう世界だったな。
「実はジネットちゃんに持ってきたんだ」
「えっ!? ……いいんですか?」
「うん。これから一週間、お昼を御馳走になるからね。せめてものお礼」
「でもそれは、ゴミ回収ギルド開設の報酬で……」
「ギルド設立で利益を得るのはヤシロだろ? でも、料理を作ってくれるのはジネットちゃんだ。そう考えると、なんだかヤシロの一人勝ちのような気がしてね。だから、ジネットちゃんにプレゼント」
「……ってことは、俺の分はないのか?」
「ボクが君にプレゼントをする理由が見当たらないからね」
……こいつ。
そういうの、よくないんだぞ。
イジメに繋がるんだぞ。
まったく、嫌な女だ。
「でも……」
「もらってくれると嬉しいな」
「あ……『厚意は受けろ』…………ですね。はい。喜んで頂戴いたします」
「そうこなくっちゃ!」
ジネットはエステラから紙袋を受け取ると深々と頭を下げた。
あの中身が俺の知っている今川焼きと同じものだと仮定して…………一個しか入ってないな。あの膨らみは。
ったく、どうしてこう、四十二区の連中はしみったれているのか……
お土産なら「みなさんでどうぞ」って言えるくらいの数を持ってこいっての。
「では、お食事の後にいただきますね」
そう言って、ジネットは今川焼きの紙袋を俺の隣へと置いた。
「盗るなよ?」
「人聞きの悪いことを言うなよ。人を悪人みたいに」
詐欺師だけど。
「それで、エステラさん。ご注文は何にしますか?」
「そうだなぁ……、なんでもいいから、ジネットちゃんのおすすめを頼むよ」
「はい。今日から開始したメニューがありますので、それをお持ちしますね!」
そう言って、ジネットは厨房へと入っていく。
そう。エステラは昼飯をたかりに来やがったのだ。
ちょっとしたことで恩着せがましく、タダ飯を無心しに来やがったのだ。
ハイエナめ。
悪魔め。
ペチャパイめ!
「なんだい、その反抗的な目は? 君の自業自得だろう?」
「トレジャーでもないもののために負傷したのが一番こたえたんだよ……なんで俺が、布巾のためにこんな目に……」
「邪心は捨てろということだよ」
「俺から邪心を取ったら、何が残る!?」
「……君、その発言は自分で悲しくならないかい?」
ふん。
お前には分からんのだ。
純情な男子が、あの小さな布にどれだけの夢や希望を見出しているのかを。
どれほど心酔しているのかを。
「まぁ、これに懲りたら、もうイヤらしいことは考えないことだね」
エステラが、俺の顔を覗き込んでくる。
えぇい、忌々しい。
俺はそっぽを向いてエステラを視線の外へと追いやる。
「視界に入るな。目障りだ」
「酷い言われようだなぁ」
「しゃべるな。耳障りだ」
「カッチーン!」
冷たく言い放つと、それが気に障ったのか、エステラは俺の髪をぐしゃぐしゃに掻き回してきやがった。
「えぇい、触るな! 肌触りだ!」
「いや、それは違わないか?」
まったく。傷心の人間で遊びやがって。
さっさと帰ればいいのに。
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