「呼び止めてしまったな。素晴らしいひと時を楽しんでくれ」
「は、はい。……あ、ありがとうございます」
いろいろテンパッたせいでルールがぼやけてしまったようだ。モンシロチョウ人族のカップルはルシアとどう接したものか戸惑っていた。
気負い過ぎなんだよなぁ。
領主なんか、アゴで使うくらいでちょうどいいのに。
「なぁ、エステラ」
「なんだい?」
「疲れた、おんぶ」
「……刺すよ?」
なんて反抗的なヤツだ!?
領民あっての領主だろうに!
クーデターだ。クーデターを起こしてやる!
「私が代わりにやろうか、おんぶなら?」
「あ、いや。冗談だから」
ギルベルタがエステラの代わりを申し出てくれるが……この先、俺だけ負ぶわれて進むなんて御免だ。羞恥プレイにもほどがある。
断ると、ギルベルタは少ししゅんとしてしまった。……そんな、楽しいもんじゃねぇぞ。
まぁ、どこか別のところで力を貸してもらうからよ、だから、な? そんなしょげるな。
心持ち沈んでしまった三十五区の領主とそこの給仕長。
……えぇい、じめじめしい!
「頭からブナシメジでも生えればいいのに」
「えっ、何それ!? なんか可愛いっ」
キノコ好きのエステラが変な食いつき方をする。そう思えるのはお前だけだ。
まぁ、レジーナみたいに卑猥な発想に行かないだけマシだが。
「頭から……ブナシメジ? ……ん? 何かの冗談か、カタクチイワシ?」
物凄く真顔で聞かれてしまった。
思いつきの冗談に意味を求めるなよ、恥ずかしいだろうが。
「もし、ブナシメジが生えたら、ルシア様の頭に……」
ギルベルタが前髪を上げてルシアを見つめる。
「お揃いになる、私と」
ギルベルタの額で、短い触角がぴこぴこと揺れる。
そこはかとなく嬉しそうだ。
「お揃い…………か」
ルシアがギルベルタを愛おしそうに見つめ、そして……
「よいなそれはっ!」
鼻息を『すぴぃーっ!』と噴き出す。
ほっぺたが真っ赤に照り輝き、てっかてかになっている。
「よし、生やそう、ブナシメジを! カタクチイワシ、湿気を持ってまいれっ!」
「ムチャ言うな」
ノリノリじゃねぇか。
生えねぇよ、ブナシメジ!
「喜んでくれるのはルシア様だけ、私とお揃いで。そういうところが、好きと思う、私は」
「ギ……ギルベルタァー!」
ルシアが感激に目を潤め、両腕を広げてギルベルタに抱きつこうと突進していく。
が、ひらりとかわされる。
ガバッ!
ひらり。
ガバッ!
ひらり。
「なぜだ、ギルベルタ!?」
「現在職務中、私は」
「よいではないか、少しくらい!」
「職務を全うすると約束しました、私は、ルシア様と」
「細かいことを言わずに!」
「約束は守る、私は、何があろうと」
「むぉ~ぅ! よいではないか、よいではないかっ!」
悪代官か!?
帯をくるくるして「あ~れ~」か!?
どんなに飛びかかろうとも、ギルベルタはルシアの腕を紙一重のところでかわしていく。
ギルベルタは、ルシアに忠実なのか反抗的なのかまるで分らんな。
「カタクチイワシッ! 今すぐ私の頭にブナシメジを植えつけろっ! 貴様が言い出したことだ、責任を持てっ!」
「なんの責任もねぇよ、俺には!」
「ブナシメジさえあれば、ギルベルタも分かってくれるっ! 公衆の面前であろうとも、あんなことやこんなことまでやらせてくれるに違いない!」
「自重しろ、変態領主!」
小鼻が広がりっぱなしだ。……一体、どんなアウトな妄想を脳内で繰り広げているのやら…………一切知りたくないけどな。
「ぁの……」
花園を出て追いかけっこを繰り広げるルシアとギルベルタに、ミリィが控えめに声をかける。
「ぉ揃い……喜んでくれたょ、じねっとさんも……。ね?」
「はい。とても嬉しかったですよ」
前回三十五区へ来る際、ジネットはラベンダーを加工した疑似触角を髪につけていた。
とても楽しそうに、ミリィやウェンディと盛り上がっていたっけな。
「そなた……頭からブナシメジを生やせるのか?」
「い、いえ! そのような特技は、残念ながら持っていませんが……」
ジネット。そこの危ないお姉さんの言うことは真に受けるな。耳を傾けるな。視界に入れるんじゃない。
何ひとつ残念なことはないからな。むしろ、頭からブナシメジが生やせる特技ってなんだよ。……呪いじゃねぇか、それはもはや。
「ヤシロさんが、ラベンダーを加工して作ってくださったんです」
「ヤシロ…………はて?」
「俺だよっ!」
名前を忘れてんじゃねぇよ!
カタクチイワシって呼んでんの、お前だけだからな!?
「貴様は、キャルビンという名前ではなかったか?」
「あんな気持ちの悪い半漁人と一緒にすんじゃねぇよ」
なんだ、お前の中で俺とキャルビンは『気持ち悪いヤツ』ホルダーにでもまとめて保存されてるのか? 名前も付けずに『新しいファイル(2)』みたいな扱いか?
誰が『気持ち悪いヤツ』か!?
「では、カタクチイワシよ。作れ」
「……カタクチイワシで作ってやろうか、コノヤロウ」
なんて横柄な領主だ。
俺は今回、領主直々に招待されたお客様だぞ!?
お客様は神様やろがぃ! 敬ってしかるべきやろがぃ!?
いい加減、腹いせでルシアのケツでもまさぐってやろうかと……いやほら、さすがに女子を殴るのはアウトじゃん? けど、ケツをもそもそするくらいはセーフじゃん? ……そんなことを真剣に考えていると、ギルベルタが俺の服の裾をきゅっと掴んできた。
なんとも控えめな自己顕示だが……
「お揃い、嬉しいか、友達のヤシロも……?」
期待に満ち満ちた瞳が俺を見ている。
俺が疑似触角を作ったという事実が、ギルベルタの琴線に触れたらしい。
何かのスイッチが入ったかのように、ギルベルタの雰囲気が変わる。
なんというか、こう……甘えん坊チックな雰囲気に。
「あぁ……まぁ、な」
こういう顔をされると、相手の望んでいるであろう回答を無難に口にしてしまうのは……きっとマグダの影響なんだろうな。
無言のおねだりに対する抵抗力が弱まっている気がする。
これがウーマロだったら、ぶっ飛ばしてやれるのだが……
「今度、お揃いする、私と、是非」
えぇ……俺が頭に触角生やすのぉ…………なんか、昭和の時代にそんなカチューシャ流行ってなかったっけなぁ……なんか、先端が星の形をしててピカピカ光るヤツなんだけど…………ああいうのをつけるのか、俺が? えぇ……
なるべく傷付けないように、物凄く丁寧にお断りを入れよう。そう決心した時……
「はい。是非、みなさんで一緒にお揃いをしましょうね」
ジネットが満面の笑みで約束を交わしてしまった。
あのさ、ジネット。お前、『精霊の審判』って知ってる?
『みなさんで一緒に』なんて言葉をつけちまった以上、俺もやらなきゃいけなくなっちまったじゃねぇか! お前がいないと陽だまり亭は店を開けられないんだからな!?
店番はマグダとロレッタで出来るが、仕込みはお前にしか出来ないんだぞ!?
……あ~ぁ。俺も触角つけるのかぁ……
「あ、あの、ヤシロさん……どうかされましたか?」
「……別に」
どうかしてるのはお前だよ……
「ありがとう、友達のジネット! とても嬉しい思う、私は!」
ギルベルタがジネットの腰に腕を回してギュッと抱きつく。
まぁ、こんな嬉しそうに喜ぶ様を見せられちまったら…………触角くらいいいかな、とか、思っちまうんだけどさ……
ちなみに、ギルベルタがジネットに抱きついた時に、「あぁっ!? 私の方が先なのにっ! ズルい! ズルっこいぞ!」とか、遠くで悔しがっていた虫フェチ領主のことは見ないフリをしておく。関わっちゃいけない人種だ、あれは。
しゃ~ない。ギルベルタが泊まりに来た時に、触角パーティーでもするか。
ウーマロとかベッコも道連れにしてな。
そんな悶着がありつつ……、俺たちは花園を超えて静かな細道を進む。
俺たちが会うべき人物のいる場所を目指して。
……この街に巣食う、負の一端を垣間見るために…………
「ギルベルタ。手! せめて手を繋ごうではないか!」
「職務中ですので、私は」
「むぁゎあああっ! なんとかしろ、カタクチイワシッ!」
「うっせぇな!? 俺が今シリアスな雰囲気醸し出してんのが見えねぇのかよ!? 神妙な気持ちで歩かせろよ!」
……遊びに行くんじゃねぇっつの。
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