異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

236話 四十二区への帰還 -2-

公開日時: 2021年3月24日(水) 20:01
文字数:2,735

「ちなみに、だけどさ……」

 

 さっきから何度も何度も「聞こうかな……でも、やめようかな……やっぱ聞きたい……でもなぁ……」みたいな葛藤を延々繰り返していたエステラが、結局聞くことにしたらしい。

 

「ヤシロは……何か、思い付いた?」

「おっぱいの有効活用法か? とりあえず三つくらいなら……」

「違うよ!?」

「まず第一に……」

「聞いてないから! そして、その三つ、絶対『有効』じゃないから!」

 

 なるべく自分でなんとかしたいと考えているのであろうエステラ。

 だが、急な展開に脳みそも心も付いていかず、何かしら糸口やヒントが欲しいのだろう。

 俺に頼ることに申し訳なさを滲ませつつも、まずは自区の住民の生活を守ることを最優先としている。――とまぁ、そんなところなんだろうな。

 

「まだなんとも、だな」

「……だよ、ね」

 

 なので、今は下手なことは言わない方がいい。

 妙な期待をされても困るし、おかしな方向へ暴走されても困る。

 ただ、なんともならなくはない、かも、しれない――くらいの希望だけは残しておく。

 

 なんとかする方法があるとすれば………………けれど、なんにしても情報が足りない。

 

「四日後とか言ってたか?」

「領主会談の日かい?」

「多数決による不平等裁判の日だよ」

「不平等……そうだよね」

 

 かつてエステラは、『BU』の多数決を「公平なやり方だ」と言ったことがある。

 ここに来て、身に沁みて分かっただろう。多数決なんてもんの不平等性が。

 あれは、他人の意見を封殺するための、数の暴力だ。

 

「確かに四日後だと言っていたよ。今日はもうほとんど行動できないから、残された日数はあと四日……いや、四日後の朝には二十九区へ行くことになるだろうから、実質三日しか動けないわけだね…………くそ」

 

 しゃべりながら、自分の中で整理がついていったらしい。

 最終的にエステラは、太ももにヒジを置いて、親指の爪を噛んだ。

 

 あと三日……か。

 

「……ヤシロ。エステラ」

 

 マグダが俺たちを呼ぶ。

 顔を向けると、マグダたちが同じような顔をしてこちらを見ていた。

 

「……マグダたちに出来ることがあれば、力になる」

「そうです! なんでも言ってです! すぐ言ってです!」

「あたいも、川漁ギルドの連中も、全力で力になるからな!」

 

 頼もしい言葉だ。

 仮に、その言葉の中に具体的な解決策がなく、安心できるような説得力が伴っていなかったとしても、だ。

 

「ありがとうね、みんな。何かあれば、遠慮無く頼らせてもらうよ」

「……当然」

「ドンとこいです!」

「任せとけって!」

 

 エステラは素直に感謝の意を表明する。

 少し泣きそうになってやんの。

 

 そして、そんな頼もしいケモノっ娘たちの視線が、揃ってこちらを向く。

 

 ……え?

 

「……だから、ヤシロは一人で抱え込んじゃ、ダメ」

「…………え?」

「ダメです!」

「ダメだからな!」

 

 三人のケモノっ娘が、俺へと詰め寄ってくる。

 ……こいつら。

 

「へいへい。分かってるよ」

 

 もう、前みたいな無茶はしねぇっての。

 何度もそう言ってるんだが……前科ってのはなかなか消えないもんなんだな。全然信用されやしねぇ。

 ……そんだけ、大切に思ってくれてるってことなんだろうけどな。

 

「……もし、嘘を吐いたら」

「針千本飲ませるのか?」

「……否。ヤシロの目の前で、店長の……」

「ジネットの?」

「……おっぱいでバレーボールをする」

「おっぱいバレー!?」

「あたしとマグダっちょで店長さんを挟んで、右のおっぱいと左のおっぱいを投げ合い、ぶつけ合うです!」

「それバレーボールじゃねぇ!?」

 

 つか、こっちの世界にバレーボールとかねぇだろ!?

 またお茶目さんを炸裂させやがったな『強制翻訳魔法』め!?

 

「ただ……そのゲーム。すげぇ、見てみたいっ!」

「……しまった。本末転倒」

「元の木阿弥です!」

「逃がした鮭は美味しかった!」

「みんな、微妙に言葉の使いどころ違うから……あと、デリア。逃がしてないじゃん」

 

『逆効果』とか『裏目に出た』とか言いたかったんだろうな。

 本末転倒は逆効果とは微妙に違うんだよなぁ……ニュアンスは分かるけど。

 実際俺なんかは『本末転倒=ダメじゃん!?』って意味で使ってるしな。フィーリングだよ、こんなもんは。

 

 ただ、デリアのは、違う。

 

 結構深刻な状況に追いやられているはずなのに、馬車の中は比較的いつも通りのふざけた空気が流れていた。

 こっちの方が居心地はいいんだが……なんだかなぁ。

 

 こっちをじっと見つめるケモノっ娘三人を宥めて、背もたれへと体を預ける。

 と、エステラが俺の脇腹をヒジで小突いてきた。

 

「あんまり心配かけちゃダメだよ。マグダたちもだけど……ジネットちゃんにさ」

「……そんなつもりはねぇよ」

「ならいいんだけど……」

 

「いいんだけど」と言いながら、エステラは俺の頬をつねった。

 いいんじゃねぇのかよ。なんの抗議だよ。

 

「君のあんな顔、久しぶりに見たからさ……」

 

 あんな顔ってのは、教会でエステラに指摘された顔だろう。

 俺が、『笑っていた』らしい。

 いや、まぁ、笑っていた自覚はあるんだが……ここまで心配されるような顔はしていないはずなんだけどなぁ。

 

 とか思っていると、マグダに、ロレッタに、デリアに、ほっぺたをむにっと摘ままれた。

 ……俺はぷにぷにマスコットか。ケータイにぶら下げる系のアレか?

 

「そんな心配しなくても大丈夫だっつうの」

「……いや」

「そうじゃないです」

「エステラがさぁ」

「へ、ボク?」

 

 俺の頬を摘まみながら、女子四人が話を始める……つか、離せよ。

 

「……エステラは、いつもさりげなくヤシロの隣に座る」

「気付いたらあたしたちはお兄ちゃんの向かいで、大体エステラさんが隣に座ってるです!」

「隣に座ったら座ったで、ことあるごとにヤシロに触るんだよなぁ、エステラは」

「さわっ!? ……触るって……そ、そんな変な意味はないよ……普通に、こっちを向かせるためとか、警告の意味を込めてとか、そういうのだし……」

 

 そ~っと、エステラの手が離れていく。

 指摘されて、顔を真っ赤に染めている。

 そういや、ナタリアにも似たようなこと言われてたな、こいつ。

 

「……えっち」

「き、君にだけは言われたくないよ、ヤシロ!?」

 

 赤熱ストーブばりに赤く染まった顔で、エステラは向かいの席へと逃げていった。

 そこで極端な反応するからいろいろ言われるんだっつうの。ドニスとかによぅ。

 

「とりあえず、なんでもいいから離してくれ。ほっぺたがもげる」

「……新発見」

「はいです! お兄ちゃんのほっぺ、意外と気持ちいいです!」

「エステラが触りたくなるの、分かる気がするな!」

「いいから離せよ!?」

「……もうちょっと」

「もうちょっとです」

「もうちょっとだけ、な? ヤシロ。な?」

 

 そうして、四十二区に着くまでの間、俺のほっぺたはむにむにされ続けたのだった。

 ……たぶんだけど、ちょっともげた。

 

 

 

 

 

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