「ちなみに、だけどさ……」
さっきから何度も何度も「聞こうかな……でも、やめようかな……やっぱ聞きたい……でもなぁ……」みたいな葛藤を延々繰り返していたエステラが、結局聞くことにしたらしい。
「ヤシロは……何か、思い付いた?」
「おっぱいの有効活用法か? とりあえず三つくらいなら……」
「違うよ!?」
「まず第一に……」
「聞いてないから! そして、その三つ、絶対『有効』じゃないから!」
なるべく自分でなんとかしたいと考えているのであろうエステラ。
だが、急な展開に脳みそも心も付いていかず、何かしら糸口やヒントが欲しいのだろう。
俺に頼ることに申し訳なさを滲ませつつも、まずは自区の住民の生活を守ることを最優先としている。――とまぁ、そんなところなんだろうな。
「まだなんとも、だな」
「……だよ、ね」
なので、今は下手なことは言わない方がいい。
妙な期待をされても困るし、おかしな方向へ暴走されても困る。
ただ、なんともならなくはない、かも、しれない――くらいの希望だけは残しておく。
なんとかする方法があるとすれば………………けれど、なんにしても情報が足りない。
「四日後とか言ってたか?」
「領主会談の日かい?」
「多数決による不平等裁判の日だよ」
「不平等……そうだよね」
かつてエステラは、『BU』の多数決を「公平なやり方だ」と言ったことがある。
ここに来て、身に沁みて分かっただろう。多数決なんてもんの不平等性が。
あれは、他人の意見を封殺するための、数の暴力だ。
「確かに四日後だと言っていたよ。今日はもうほとんど行動できないから、残された日数はあと四日……いや、四日後の朝には二十九区へ行くことになるだろうから、実質三日しか動けないわけだね…………くそ」
しゃべりながら、自分の中で整理がついていったらしい。
最終的にエステラは、太ももにヒジを置いて、親指の爪を噛んだ。
あと三日……か。
「……ヤシロ。エステラ」
マグダが俺たちを呼ぶ。
顔を向けると、マグダたちが同じような顔をしてこちらを見ていた。
「……マグダたちに出来ることがあれば、力になる」
「そうです! なんでも言ってです! すぐ言ってです!」
「あたいも、川漁ギルドの連中も、全力で力になるからな!」
頼もしい言葉だ。
仮に、その言葉の中に具体的な解決策がなく、安心できるような説得力が伴っていなかったとしても、だ。
「ありがとうね、みんな。何かあれば、遠慮無く頼らせてもらうよ」
「……当然」
「ドンとこいです!」
「任せとけって!」
エステラは素直に感謝の意を表明する。
少し泣きそうになってやんの。
そして、そんな頼もしいケモノっ娘たちの視線が、揃ってこちらを向く。
……え?
「……だから、ヤシロは一人で抱え込んじゃ、ダメ」
「…………え?」
「ダメです!」
「ダメだからな!」
三人のケモノっ娘が、俺へと詰め寄ってくる。
……こいつら。
「へいへい。分かってるよ」
もう、前みたいな無茶はしねぇっての。
何度もそう言ってるんだが……前科ってのはなかなか消えないもんなんだな。全然信用されやしねぇ。
……そんだけ、大切に思ってくれてるってことなんだろうけどな。
「……もし、嘘を吐いたら」
「針千本飲ませるのか?」
「……否。ヤシロの目の前で、店長の……」
「ジネットの?」
「……おっぱいでバレーボールをする」
「おっぱいバレー!?」
「あたしとマグダっちょで店長さんを挟んで、右のおっぱいと左のおっぱいを投げ合い、ぶつけ合うです!」
「それバレーボールじゃねぇ!?」
つか、こっちの世界にバレーボールとかねぇだろ!?
またお茶目さんを炸裂させやがったな『強制翻訳魔法』め!?
「ただ……そのゲーム。すげぇ、見てみたいっ!」
「……しまった。本末転倒」
「元の木阿弥です!」
「逃がした鮭は美味しかった!」
「みんな、微妙に言葉の使いどころ違うから……あと、デリア。逃がしてないじゃん」
『逆効果』とか『裏目に出た』とか言いたかったんだろうな。
本末転倒は逆効果とは微妙に違うんだよなぁ……ニュアンスは分かるけど。
実際俺なんかは『本末転倒=ダメじゃん!?』って意味で使ってるしな。フィーリングだよ、こんなもんは。
ただ、デリアのは、違う。
結構深刻な状況に追いやられているはずなのに、馬車の中は比較的いつも通りのふざけた空気が流れていた。
こっちの方が居心地はいいんだが……なんだかなぁ。
こっちをじっと見つめるケモノっ娘三人を宥めて、背もたれへと体を預ける。
と、エステラが俺の脇腹をヒジで小突いてきた。
「あんまり心配かけちゃダメだよ。マグダたちもだけど……ジネットちゃんにさ」
「……そんなつもりはねぇよ」
「ならいいんだけど……」
「いいんだけど」と言いながら、エステラは俺の頬をつねった。
いいんじゃねぇのかよ。なんの抗議だよ。
「君のあんな顔、久しぶりに見たからさ……」
あんな顔ってのは、教会でエステラに指摘された顔だろう。
俺が、『笑っていた』らしい。
いや、まぁ、笑っていた自覚はあるんだが……ここまで心配されるような顔はしていないはずなんだけどなぁ。
とか思っていると、マグダに、ロレッタに、デリアに、ほっぺたをむにっと摘ままれた。
……俺はぷにぷにマスコットか。ケータイにぶら下げる系のアレか?
「そんな心配しなくても大丈夫だっつうの」
「……いや」
「そうじゃないです」
「エステラがさぁ」
「へ、ボク?」
俺の頬を摘まみながら、女子四人が話を始める……つか、離せよ。
「……エステラは、いつもさりげなくヤシロの隣に座る」
「気付いたらあたしたちはお兄ちゃんの向かいで、大体エステラさんが隣に座ってるです!」
「隣に座ったら座ったで、ことあるごとにヤシロに触るんだよなぁ、エステラは」
「さわっ!? ……触るって……そ、そんな変な意味はないよ……普通に、こっちを向かせるためとか、警告の意味を込めてとか、そういうのだし……」
そ~っと、エステラの手が離れていく。
指摘されて、顔を真っ赤に染めている。
そういや、ナタリアにも似たようなこと言われてたな、こいつ。
「……えっち」
「き、君にだけは言われたくないよ、ヤシロ!?」
赤熱ストーブばりに赤く染まった顔で、エステラは向かいの席へと逃げていった。
そこで極端な反応するからいろいろ言われるんだっつうの。ドニスとかによぅ。
「とりあえず、なんでもいいから離してくれ。ほっぺたがもげる」
「……新発見」
「はいです! お兄ちゃんのほっぺ、意外と気持ちいいです!」
「エステラが触りたくなるの、分かる気がするな!」
「いいから離せよ!?」
「……もうちょっと」
「もうちょっとです」
「もうちょっとだけ、な? ヤシロ。な?」
そうして、四十二区に着くまでの間、俺のほっぺたはむにむにされ続けたのだった。
……たぶんだけど、ちょっともげた。
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