異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

138話 第三試合 甘いもの好きの落とし穴 -4-

公開日時: 2021年2月15日(月) 20:01
文字数:3,751

「ヤシロさん」

「イメルダ……」

 

 イメルダが真剣な表情で俺の前へと歩いてくる。

 

「お話がありますわ」

 

 凛とした声で、こんな情報をもたらした。

 

「四十区のメニューは、激辛チキンですわ」

「その情報遅ぇ!」

 

 もう試合終わったよ!?

 

「ち、違うんですの! スタイリッシュ・ゼノビオスがことのほかしつこくて、今まで懸命に逃げ回っていましたの! でも早く伝えなければと気持ちは焦る一方で……!」

 

 なんてこった……

 真っ先にイメルダの救出に向かっていれば、すべてがうまくいったのかもしれない。

 ……いや、あの辛そうなチキンは、マグダも食べられないだろう。

 

「ドMでド変態のウーマロでも、それほど量は行かなかったはず……」

「急にサラッと悪口言われたッスけど!?」

 

 結局、あのアルマジロンに敵うヤツは、四十二区にはいなかったわけだ。

 くそ……まさか四十一区にこれほど厄介な連中が集まっているとは…………ベルティーナとマグダがいるから楽勝なんて、そんな発想からして間違いだったわけだ。

 

「だが、なんとかする。絶対、なんとかしてみせる…………たとえ」

 

 そう、たとえ……

 

「そのせいでウーマロの命が尽き果てようとも!」

「なんかオイラ、犠牲にされてるッスね!?」

「……マグダ、ウーマロのことは忘れない」

「いや、嬉しいッスけど! 嬉しいんッスけど…………あぁ、ダメッス! やっぱり嬉しい方が勝っちゃって文句言えないッス!」

 

 ウーマロ……か。

 

 先にマグダを投入して手堅く一勝を勝ち取るか……

 でも、最後にウーマロを残すのもな…………

 

「しょうがない。四十二区の勝利のために、少々追い込ませてもらおうか」

「えっ、な、何するつもりッス!?」

 

 エステラが不敵な笑みを浮かべる。

 

「君が負けたら、陽だまり亭への出入りを一ヶ月間禁止する!」

「そんな!? そんなことになったら、オイラ死んじゃうッスよ!?」

「あ、じゃあじゃあ! もっとダイレクトに、マグダ禁止は?」

 

 パウラの発言にウーマロが硬直する。

 続けざまにネフェリーも参加する。

 

「ゼロになるだけじゃなくて、マイナスにすればもっと追い込めるかもしれないわよ。たとえば……負けるとマグダに『嫌い』って言われちゃうとか」

「や、やめてッス! 想像しただけで胸が張り裂けそうッス!」

「では、いっそのこと、マグダさんをお嫁にでも出してしまいましょうか」

「ナ、ナタリアさん!? 滅多なこと言わないでほしいッス!」

 

 ウーマロが美女たちとまともに会話をしている。相当追い込まれているようだ。

 

「何も焦ることないさね。勝てばいいんさよ、勝てば」

「か、簡単に言ってくれるッスけどね、そうそううまく事が運ぶなんてことは……!」

「……ウーマロ」

 

 マグダが手を組んでほっぺたにそっと当てる。

 おねだりするようなポーズでウーマロを見つめる。

 

「……勝って」

「むはぁぁああああっ! 勝つッス! 誰が相手であろうと、オイラ、絶対に勝つッス! マグダたんのためにっ!」

 

 う~ん……確かにウーマロの『マグダパワー』はすごいのだが…………これで本当に勝てるのか……?

 

「マーシャさ~ん!」

 

 イラッとする甲高い声が聞こえ、俺たちは一斉にそちらを振り返る。

 

「朗報です、マーシャさん!」

 

 甲高い声の暴食魚、グスターブがまたしても四十二区のスペースへと乱入してきやがった。

 

「あらあらぁ~、また来ちゃってぇ、もう。メドラママに半殺しにされちゃうわよぉ?」

 

 恐ろしいことをサラッと言うマーシャ。だが、あり得ないと言えないところが怖い。

 だというのに、グスターブは若干高揚したまま、嬉しそうにマーシャに話しかける。

 

「私、明日の第四戦に出場することが決まりました!」

「「「――っ!?」」」

「ですので、是非、明日も観戦にいらしてください! 私の雄姿を、ご覧に入れましょう!」

 

 浮かれたグスターブは気が付いていないのかもしれない。

 自軍の重要な機密を俺たちに漏洩したということを。

 

 ……だが、その情報…………聞きたくなかったぜ。

 いや、聞かなきゃもっとマズいことになっていたんだが…………聞いちまった以上、対策を立てないわけにはいかなくなった。

 

「グスターブ! あんた、またアタシのダーリンに迷惑かけて! ぶっ飛ばすよ!」

「ひぃっ!? ママ!? ち、違うんです! 私はただ、麗しのマーシャさんに……!」

「いいから戻ってきな! アタシのダーリンに、あそこでアタシに熱い視線を送ってくれているアタシだけのダーリンに迷惑をかけると、承知しないよ!」

「ご、ごめんなさい、ママ!」

 

 メドラが再来し、グスターブの襟首を掴み、引き摺るようにして四十一区のスペースへと帰っていく。

 去り際に、芭蕉扇真っ青な突風を吹かせそうなウィンクを俺に投げて、メドラは帰っていった。

 

 ……風評被害も甚だしいわ。

 

「……グスターブが、次の相手」

 

 マグダがごくりと喉を鳴らす。

 ロレッタやパウラなど、フードコートで働いている者は、グスターブの噂をよく耳にし、中には直接目撃した者もいるかもしれない。

 その強張った表情が、ヤツの暴食ぶりを物語っているようだ。

 

 ウーマロじゃ、荷が重過ぎるかもしれない。

 やはり、ここはマグダをぶつけるか…………けど、そうしたら五回戦目はどうする?

 そこでウーマロ? 他の選択肢がなくなった状態で?

 この、いかにもプレッシャーに弱そうな……

 

「ヘタレ全開のウーマロ」

「だから、なんでちょいちょい予告なく悪口言うッスか、ヤシロさん!?」

 

 ……に、すべてを託すのか?

 だが……マグダを出し惜しみして四回戦で決着がつくなんてことになったら…………

 

 

 ――カラーン。カラーン。

 

 

 教会の鐘が鳴る。

 大食い大会の初日は、これで終了だ。

 このまま四十一区に残る者、自分たちの区に帰る者、それぞれだ。

 

 ここで突っ立ったまま考えていても答えは出そうにないか…………

 

「ヤシロさん」

 

 ジッと考え込んでいた俺に、ジネットが優しく声をかけてくる。

 

「帰りましょうか」

「ん…………あぁ、そうだな」

 

 陽だまり亭に戻れば、いい案でも浮かぶかもしれん…………陽だまり亭……

 

 脳裏に、すっかり見慣れた陽だまり亭の姿が浮かんでくる。

 今日一日離れているだけなのに、なんだか記憶の中のその風景がいやに懐かしく感じる。

 

 あぁ……早く帰りたい。あの場所に…………

 

 まぶたを閉じると……俺は陽だまり亭の前に立っていて、ドアを開けると、いつもの光景と、いつもの匂いが広がって…………

 ……陽だまり亭…………やっぱいいな。

 

 …………ん?

 なんだろう?

 何か、思い出しそうな………………陽だまり亭……

 

「てんとうむしさん?」

 

 ミリィの声に、意識が引き戻される。

 

「……だいじょうぶ? ぉ疲れなの?」

「あ……いや。大丈夫だ。ちょっと考え事をな」

「ぁ……ごめんなさい……みりぃ、邪魔しちゃった、かな?」

「大丈夫だよ。そろそろ帰らなきゃだしな」

「そうですね。少し人の波が引いたら、わたしたちも帰りましょう。陽だまり亭に」

 

 ジネットの言葉に、マグダとロレッタがこくりと頷く。

 

 ジネットがいて、マグダとロレッタがいて、そんな面々をちょっと離れたところからエステラが見ていて……

 ノーマにミリィ、ネフェリーにパウラ、デリアとマーシャにナタリアとイメルダ……レジーナまでいて…………

 

 ……なんだ。

 何かが引っかかっている。

 こいつらを全員引き連れて陽だまり亭に戻れば、何か突破口が見出せる……そんな気がする……いや、確信に近しいものを感じている……

 暴食魚グスターブが相手で……ウーマロは微妙だから、マグダくらいしか頼れなくて……

 

 

 ……頼る?

 

 

「ねぇ、ヤシロ君」

 

 マーシャが俺を手招きする。

 近付くと、水槽から身を乗り出して俺に耳打ちをしてくる。

 

「デリアちゃん。今日はウチにお泊まりしてもらうねぇ。強がっても、やっぱり、ちょっとはつらいと思うんだよねぇ」

「あぁ、そうしてくれると助かるよ」

「うんうん。ヤシロ君は最近、すごく素直になったよね」

「俺が、素直?」

「前はさ、どこか壁があるっていうかぁ、一歩引いててさぁ~、『一緒にはいるが、俺はお前たちとは違うんだぜ』みたいな雰囲気ジャンジャン放出してたじゃない? 最近はそれがなくなって、私はしゃべりやすくなって嬉しいなって思うよ」

 

 …………壁。

 ………………お前たちとは違う……

 

「そうか……」

 

 俺、根本的なことを忘れてた。

 

「なんだよ…………こんな単純なことかよ……」

 

 そいつに気が付くと、さっきまで引っかかっていたことが全部スッキリと収まるべきところに収まった。ぼやけていたものの輪郭がはっきりとし、掴めなかった答えをしっかりと捉えることが出来た。

 

 陽だまり亭……やっぱり、あそこに答えがあったんだ。

 四回戦が明日でよかった。

 ……今日だったら間に合わなかったところだ。

 

「なぁ、マグダ」

「……なに?」

「お前の知っている範囲でいい、教えてくれ」

 

 こくりと頷くマグダに、俺は一つの質問をする。

 

「狩猟ギルドに、グスターブ以上に大食いなヤツは、いるか?」

 

 マグダはじっくりと考えを巡らせて……そしてきっぱり答えた。

 

「……マグダの知る限り、存在しない」

「……そっか」

 

 やべ、口元がにやける。

 

「そうかそうか…………よし」

 

 なら、俺たちにもまだチャンスがある。

 優勝を、手繰り寄せるチャンスが!

 

 俺は、その場に留まり、俺をジッと見つめる連中をぐるりと見渡し、絶対的な自信と余裕を持って宣言する。

 

 

 

「明日の第四戦は、俺が出るっ!」

 

 

 

 

 

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