夜。
閉店後の陽だまり亭にアッスントがやって来た。
四十区から戻ったその足でアポを取り付けておいたのだ。
砂糖の話だと伝えたら即食いついてきた。
そこで軽く打ち合わせなんかをして……現在に至る。
「いや~、さすがヤシロさん。もう砂糖の供給に目途をつけられるなんて……これは本当に、尊敬に値します。敬意を表して『ヤー様』とお呼びしたいくらいです」
「敬意を表する気があるならそんな呼び方はすんじゃねぇよ」
登場からずっと上機嫌のアッスントは、ブタ顔にシワを浮かべてニコニコしている。
笑いジワが増えたと、この前嬉しそうに文句を垂れていた。
薄暗い中でも、その笑いジワがはっきりと確認できた。
陽だまり亭の庭が薄暗いのは、庭に設置された光るレンガに布を被せて光を遮っているからだ。密約は薄暗いところで……っていう雰囲気作りもあるが、これも一つの演出なのだ。
敵が罠に引っかかりやすいように、な。
店側にアッスントを座らせ、俺は通りに背を向けるような格好で座っている。
庭にそんなもんがあるのかは知らんが、下座だな。
「いやぁ、儲けが確約されているのに手が出せなかったんですよ、砂糖。それが取り扱えるなんて……これは、ヤシロさんに何か恩返しをしなければいけませんねぇ」
「恩返しか……んじゃあよ」
庭に出した木製の丸テーブルに肘をつき、グッと身を乗り出してアッスントに小声で伝える。
「これから起こる災難を、チャラにしといてくれ」
「は? ……災難?」
アッスントの頬に一筋の汗が流れる。その瞬間だった――
「ぁぁああああっ!」
叫び声を上げて、暗闇から突然男が飛び出してきた。
俺の背後に駆け寄り、一層大きな声を上げる。
「死ねぇぇえっ!」
「ひ、ひぃぃいいいっ!?」
向かいに座っていたアッスントが情けない悲鳴を上げ椅子から転げ落ちる。
おそらく、振り上げられたナイフでも見て腰を抜かしたのだろう。度胸がないヤツだからな。
一方の俺はというと――
「……ようこそ、陽だまり亭へ……ってか」
余裕だった。
こうなることは予測済み……いや、俺がこうなるように仕向けたのだから。
俺の背後に立ち、今まさに俺の首にナイフを突き立てようとしている男――パーシー。
妹思いで、中途半端に善人で、イザとなったら振り切った行動を起こせるこの男を、俺はおびき出したのだ。
「ヤシロさんっ!」
アッスントの汚い声が俺の名を心配そうに呼ぶ。
そういうのはジネットの声で聞きたいもんだな。まったく、ちっとも嬉しくない。
そんなことを思った瞬間――ガキィン! と、金属がぶつかる音がした。
「……ヤシロに、危害は加えさせない」
マグダがテーブルの下から飛び出し、パーシーのナイフをマサカリで弾き飛ばしたのだ。
速さでマグダに敵う人間はいない。少なくとも、俺の知る範囲ではいないと断言できる。
それと同時に、光るレンガに被せてあった布が一斉に取り払われる。
一瞬のうちに眩い光が庭に溢れ出す。
「な、なんだ、これはっ!?」
パーシーが驚いた声を上げ、突然の光に腕で目を隠す。隙だらけだぞ、お前。
「動かないでもらおうか」
「……っ!?」
スタンバイしていたエステラが、パーシーの喉元にナイフを突きつけ警告する。
チェックメイトだ。
「……は、嵌めやがったのか…………っ!」
掠れる声で、パーシーは恨み節を漏らす。
あぁ、そうだ。嵌めたのさ。
俺は、詐欺師だからな。
「お前を追い詰めれば、こういう行動に出ることは分かっていた」
生活が困窮し、立ち行かなくなった時に人間が取る行動はそう多くない。
誰かを頼るか、ヤップロックみたいな行動に出るか……邪魔者を排除するか。
「妹思いのお前は、自分一人でこの世から逃げ出すなんてことはしない。絶対にだ。だから、お前の取るべき行動は、お前の人生を滅茶苦茶に引っ掻き回す邪魔な存在……俺を抹殺する以外にないってわけだ」
徐々に目が慣れてきたのだろう。パーシーが目を覆っていた腕を下ろし、辺りを見渡す。
そこには、俺、アッスント、マグダにエステラ。そして、ジネットとロレッタの姿もあった。
布を撤去してくれたのはジネットとロレッタだ。
光の中におびき出されたパーシーは、手負いの獣のような目で俺を睨む。
今にも飛びかかってきそうだ。
「オレに何をさせたいんだ?」
「話をしたいだけだ。とりあえず座れよ」
椅子を勧める俺に、パーシーは牙を剥く。
「ふざけんじゃねぇよ! 話だけなら、昼間、あの畑でも出来ただろうが! なんで、わざわざこんな……っ!」
「あのまま畑で話してたら、アリクイ兄弟がお前の正体を知っちまうだろうが」
「…………え?」
手を洗いに行っただけのアリクイ兄弟は、比較的早く戻ってきていた。
あのまま話を続けていれば、話は有耶無耶に終わっていただろう。
それではダメなのだ。徹底的にカタを付けないと。
「まぁ、落ち着いて話がしたかったんだよ」
「……ケアリー兄弟の前で洗いざらい話してもよかったんじゃないのか? こんな面倒くさい手順を踏まなくても……」
「ケアリー?」
「臭ほうれん草農家のアリクイ人族の兄弟だ! ネックとチックのことだよ! 名前くらい覚えてやれよ! 可哀想だろう!?」
いや、初耳なんだが……
「あいつらに話すのは全部が終わってからだ」
「まさか……ケアリー兄弟に不利な条件で搾取するつもりか?」
「だとしたら、どうする? お前に何かを言う資格があるのか?」
「…………ねぇよ…………オレは今まで、あいつらの優しさを利用して……散々…………」
パーシーは握っていた拳を緩め、力なくうな垂れる。
ようやく毒気が抜けたようだ。
エステラに視線を送ると、エステラは小さく頷いた後でナイフをどかした。
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