「ウチの優秀な従業員が、デリア用のポップコーンも用意してくれたんだ」
「……まぐだちゃんが?」
「ははっ。ロレッタめ、『優秀』ってところで除外されたな」
「はぅっ!? ち、違う、ょ? ポップコーンっていったら、まぐだちゃんかなって……ぁ、ぁの、ろれったさん、がんばってる、ょ?」
あわあわとうろたえるミリィ。
うん。落ち込んでいるよりかはこっちの方が幾分マシだろう。
「俺らも一緒に行ってやるよ」
「……ぇ?」
「そうですね。デリアさんともお話するつもりでしたし、ミリィさんも一緒に行きませんか?」
「ボクたちと一緒なら、会う勇気が出るんじゃないかな?」
もう少しだけ、休憩を延長してもらって、必要なら森に寄ってからでもいいが、ミリィをデリアに会わせてやろう。
俺の勘だが……デリアも気にしているはずだからな。
初めて会った時は、川漁ギルドを束ねる孤高な女ギルド長然とした雰囲気を醸し出していたが、最近はめっきり丸くなって、何かというと誰かと遊んだりしている。
陽だまり亭にもよく顔を出すようになったし、ニュータウンに行って、ハムっ子たちと遊んでやったりもしているらしい。
ベルティーナによれば、教会にふらっとやって来て力仕事を手伝ったりしているようだ。
デリアは以前よりも人に自分のことを話すようになっている。
誰かを助けたり、誰かに甘えたり。そういうことが出来るようになってきている。
だが、今回に限っては誰にも……俺にもエステラにも相談をしていない。
だからたぶん、デリアは今反省しているのだ。
後ろめたいから相談に来られない。
おそらく、デリアもいっぱいいっぱいで、ミリィにきついことを言ってしまったのだろう。
「デリアのヤツ、きっとかなりへこんでるぞ」
「え? 怒ってるじゃなくて?」
まだまだ読みが浅いなエステラ。
デリアは鮭が好きだが……それ以上に四十二区の住民、特に俺らのことが大好きなんだよ。
「ではヤシロさん。甘いお菓子を持って、慰めに行ってあげましょう」
ジネットの方が、そこら辺のことは敏感かもしれないな。
エステラは領主という立場からか、ギルドとしての利害、責任者としての思考なんてものを基準に物事を判断しがちだ。
一方のジネットは、単純に「いい、悪い」「楽しい、つらい」「好き、嫌い」で判断している。
「こうすればきっと喜んでくれる」と、少々楽観的ではあるが、相手の心や感情に重点を置いて物事を判断している。
俺はどっちも出来るけどな。
狙った獲物に『商品を買わせること』も、『商品を買ったことで満足感を与えること』も。
詐欺師には、そのどちらをも提供する技術が求められる。
利益と感情は、決して切り離しては考えられないものなのだ。
「ヤシロさん」
利益度外視の感情至上主義者が笑みを向けてくる。
「わたし、またお節介が焼きたいです」
……こいつの怖いところは、こちらが断りにくいところを無意識で悪意なくついてくるところにあるよな…………なんで俺の言ったことを引用してそういうこと言うかな…………「まねっこ」みたいで、ちょっと可愛いじゃねぇか。
「じゃあ、行ってやろうぜ。『元気の素』を届けによ」
そう言って、ハニーポップコーンの袋を掲げてみせる。
「はい。『元気の素』を届けに」
と、両手の人差し指で自分のほっぺたをむにっと持ち上げるジネット。
お前の言う『元気の素』は笑顔なんだな。
「お友達に会えば、デリアさんも元気になりますよね」
…………くそ。
折角俺がポップコーンを囮にして明言を避けたってのに。
そうだよ。
デリアはたぶん、俺たちに会えば元気になる。というか、「会いにくいなぁ」と思っているだけで「会いたくない」とは思っていない。むしろ「会いたいのに会いに行きにくい」と思っているはずだ。
だから、こっちから出向いてやれば、それだけで救われる。いろいろ溜め込んだことも話しやすくなる。
だから『元気の素』を届けに、つまり――俺らが会いに行ってやろうってな。
自分が元気の素に含まれてるとか、恥ずかし過ぎてポップコーンで誤魔化したかったのに、まんまと見透かしやがって。
これだから天然の無自覚は……
「ぁ、ぁの、てんとうむしさん!」
話がまとまりかけたところで、ミリィが大きな声を出す。
三十五区の花園で見せたような、強い意志を秘めた力強い瞳が俺を見つめている。
「みりぃ、ぁとから追いかけてもいいかな?」
「一緒に行かないのかい?」
「わたしたちなら、待っていても構いませんよ?」
エステラとジネットの言葉に首を振り、深呼吸をしてから、揺るがない心を持ってミリィは言う。
「みりぃ、でりあさんにちゃんと謝りたいから……ぁの、ぁ、ぁげたい物が、ぁる、の」
その準備をするには少し時間がかかると。
「なら、先に行ってるよ」
「ぅん……でりあさんのことも、早く助けてあげてほしい……みりぃみたいに」
「俺たちはまだ何もしてねぇぞ」
「ぅうん。こうして会いに来てくれただけで……みりぃ、すごく助かったもん……だから」
今もなお、現在進行形で不安を抱えているであろうデリア。
そんなデリアを少しでも早く救ってやってほしい。そういうことらしい。
「んじゃ、また後でな」
「ぅん。……ぁりがとう。てんとうむしさん……じねっとさんとえすてらさんも」
「それは、全部が済んだ時でいいよ」
「わたしは、ただのお節介ですから」
くすくすと、三人の女の子が笑みを交わす。
そんな中、突然ミリィがパシッと手を叩く。
「それから、みりぃ、一度森に寄ってから行くから……遅くなる、かも……」
「ミリィが来るまでちゃんと待ってるよ。ね、ヤシロ」
「あぁ」
「では、わたしたちも一度陽だまり亭に寄らないといけませんね。遅くなるとマグダさんとロレッタさんに心配をかけてしまいますから」
「じゃあ、急いで出るか。ミリィ、あんまりゆっくり出来なくて悪かったな」
「ぅうん、いいょ」
ジネットの料理はまだ残っていたが、「まだたくさんありますので、よければ森で頑張るみなさんで召し上がってください」と、無償提供することが決まった。
入れ物は後日届けてもらう。……ということで、ミリィが陽だまり亭に来る口実も作られた。
ちゃんとした物を食わせたいのだろう。
そんなわけで、各々がばたばたと準備をして、俺たちはミリィの私室を後にした。
店の前まで見送りに来てくれたミリィが、最後に俺に耳打ちをして――
「また、遊びにきて……ね?」
――恥ずかしそうに俯き、くるっと背を向け、とててっと駆けていく背中を見つめて……背中がむずがゆくなった。
……持って帰りたい。
ふと見ると、花屋の入り口になんとも可愛らしいプレートがぶら下がっていた。
それは、二羽の鳥が向かい合って、枝に繋がったままのサクランボを一つずつ食べているという、初恋の甘酸っぱさを思わせるようなデザインで、ミリィの店にピッタリのプレートだった。
ミリィはこういうの好きそうだなと思うのと同時に、きっとこのプレートを作った人物は一切の穢れを知らない、恋に恋するような乙女なんだろうなと、そんなことを思った。
「ヤシロ、行くよ~」
「ヤシロさ~ん。行きますよ~」
「おう」
見上げた空は雲一つなく……世界を照らす太陽の光は、あまりに眩しかった。
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