「ヤシロさん! 今度の新人さんは、すごく可愛いですね!」
とは、グーズーヤの談だ。
「分かった、この前の新人デリアに『お前はイマイチだった』と伝えておいてやろう」
「ちょっ!? 違いますよ!? そんなこと言ってないですからね!?」
ロレッタが陽だまり亭で働くようになって二日目。
ロレッタはすでに客の心を掴んでいた。
「うひゃ~! 大工さんの腕ってこんなに太いんですかぁ~! あたしの腕の三倍くらいあるですよ!?」
「そ、そうか? こ、これくらい、まぁ、普通だぜ。なぁ?」
「お、おぅ。ちなみに、俺はこんな感じだけどな」
「いやいや、俺なんかこんなだし」
「わはぁ~! みなさん逞しいですねぇ! なんか、『漢っ!』って感じがしてカッコいいですよぉ!」
「「「いやいやいや! それほどでも、がっはっはっ!」」」
……男って、単純である。
「すごいですね、ロレッタさん」
料理を持って厨房から出てきたジネットが、感心した表情でロレッタを見つめる。
「厨房にいても声が聞こえて、なんだかわたしまで楽しい気分になれるんです。ヤシロさんは、本当に人を見る目がありますね」
これが、パウラとジネットの違いである。
楽しげに話す声を「サボってる」と捉えるのか、「お店の雰囲気がよくなっている」と捉えるのか。そこで大きな差が出るのだ。
パウラはきっと、自分もおしゃべりがしたかったのだろう。だが仕事が忙しくてそんな暇はなかった。なのにロレッタはずっとおしゃべりをしている――それで、堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。
パウラが悪いとは思わない。短気だとも、狭量だとも思わない。普通の感性を持っていれば、仕事中にずっとしゃべっているヤツがいたらムカつくはずだ。
だが、それを肯定的に捉える者もいる。
人類最高峰のお人好しであるジネットと、そのしゃべりが金になると気付いた俺だ。
「オイラは、マグダたん一筋ッスからね!」
「にゃ~?」
ウーマロは随分と一途なようだ。
新顔という目新しさと持ち前の人懐っこさで、トルベック工務店の大工どもが根こそぎロレッタ派に寝返る中、頑なにマグダ派を貫いている。
……重過ぎる好意は犯罪の匂いがして危険だけどな。
マグダの容体は随分と安定し、最近は暴れることもなくなったため、ちゃんと服を着せて食堂に出している。首輪もしていない。
比較的こちらの言うことも理解し、聞くようになってきていた。きっともう間もなく完治するのだろう。
ただ、いまだに服は俺の物しか着たがらないのだが。
「店長さ~ん! 日替わり定食四つ追加で~す!」
「えっ!? だって、みなさんもうお食事お済みですよね?」
「たくさん食べる男の人ってカッコいいですよね~って話をしてたら、みなさんお腹が空いてきたらしいですよ~!」
……ちょろいな、トルベック工務店の大工ども。
「あ、確かに……」
ロレッタの言葉を受け、ジネットも納得したように頷き、手の指をそっと合わせて、幸せそうな微笑みを浮かべる。
「たくさん食べてくれる男の人って、見ていると嬉しくなりますよね」
「日替わり追加ー!」
「こっちも!」
「ジネットさんの料理なら何杯でもいけますっ!」
「えっ!? あ、あの! す、すみません、そういうつもりでは……!」
「いいじゃないですか、店長さんっ! みなさん男の中の男たちなんですから、二言はないですよ! ね、みなさん?」
「「「「「「「おぉーっ!」」」」」」」
……男って、つくづく、単純である。
「では、日替わり定食七人前、すぐにご用意いたしますね」
ぱたぱたと厨房へ駆けていくジネット。
カウンターに置かれた料理はウーマロの分だ。
ウーマロはマグダがトウモロコシを食べる様を幸せそうに見つめていて、食事がここまで遅れてしまったのだ。もちろん、マグダが食ったトウモロコシはウーマロの持ち込みである。
「ウーマロ、出来たぞー! 取りに来ーい」
「持ってきてほしいッスよ!? 何度でも言うッスよ、オイラ、お客ッス!」
贅沢な客だ。
「はいは~い! あたしが運びますですよ!」
俺が盆を持ち上げようと手を伸ばすと、ロレッタが素早く盆を持ち上げる。
「ウーマロさんともお話したいですからねっ!」
「ぐは……っ!?」
ウーマロの心に25キュンのダメージ。ウーマロはキュンとしかかっている。
「……オ、オイラには、マグダたんが…………」
「大丈夫ですよぉ。あたし、二番目でも全然平気ですよ? 仲良くしてくださいです」
「健気……っ!?」
健気萌えのウーマロの心に378キュンのダメージ。かなりグラついている。
しかし、瞬時にウーマロの好みを見抜くあたり、この女、かなりやるな。
ロレッタの表現は、少々大袈裟ではあるが『精霊の審判』に引っかかるような嘘ではない。
むしろ、ロレッタは素直にそう思っているように見える。
恋愛や友情、好意や嫌悪感というものとは隔絶された部分で、こいつは人付き合いを楽しんでいるように見える。だとすれば、それはなかなかの長所だ。マネをして出来ることではない。
「にゃ~」
胸を押さえ苦しむウーマロを見かねてか、マグダがてとてととウーマロに近付いていく。
そして、腰にぶら下げた袋からハニーポップコーンを一粒取り出し、ウーマロに向かって差し出した。
「にゃ」
「えっ…………くれる、ッスか…………?」
マグダが自分のお菓子を他人に与えるなんて初めてのことだ……
「おそらくだが、お前が苦しんでるから、これでも食って元気出せってことじゃないか?」
「にゃ」
「ぬっふぁぁぁあああっ! マグダたん、マジ天使ッスー! やっぱりオイラ、マグダたん一筋ッス!」
会心の一撃! ウーマロの心に65535のダメージ。ウーマロは昇天した。
――死因・キュン死。
「おい。誰か、この半笑いの屍を湿地帯へ捨ててきてくれ」
「生きてるッスよ!?」
「誰か、この生ける屍を湿地帯に……」
「どうしても捨てたいんッスか!? ならせめてスラムで譲歩してほしいッス! 湿地帯だけは勘弁ッス!」
なんだ、そのこだわりは。
「スラムも湿地帯も、おんなじようなもんだろう?」
世捨て人の吹き溜まりだ。
「いや、ヤシロさん。湿地帯とスラムは全然……」
「全然違うですよっ!」
ウーマロの言葉を遮るように、ロレッタが声を上げる。
初めて聞く、強い口調だった。
「…………あ。いや。ごめんなさいです」
しばらくして、ロレッタは申し訳なさそうに頭を下げた。
さっきの一言は、思わず口を突いて出てしまったものなのだろう。
「あぁ、いや。こっちこそすまん。実は俺、スラムに行ったことがなくてな。言葉の響きだけで偏見を持っていたのかもしれん」
空気が悪くなったので、すかさず謝っておく。
こういうところで意地を張って関係を壊すような愚かな判断はしない。
何気ない一言で、決定的に人間関係をブチ壊してしまうこともあるのだ。他人の地雷がどんなとこにあるのかなんて分からない。お互いを知るまではこうやって歩み寄っていかなければいけない。
俺にだって、それくらいの分別はあるのだ。
「あ、いえ。こちらこそです。あたしはその……スラムにはちょっと……いえ、なんでもないです。すみませんです!」
ロレッタはスラム出身なのかもしれないな……なんてことを思った。
そういや、弟がわんさかいるとか言ってたけど……わんさかって……五人くらいか?
きっと大家族で、姉ちゃんであるロレッタが家計を助けているのだろう。
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