「みなさ~ん! ちょっと待ってくださ~い!」
今度はジネットとロレッタが、ぱたぱたと足音を鳴らし、二人並んで駆けてくる。
なんだ、結局全員出て来ちまったのか。まぁ、今は客がいないし平気か。
「これ、持っていってください」
そう言ってジネットが差し出してきたのは、風呂敷に包まれた四角い箱だった。
「弁当か?」
「はい。みなさんで召し上がってください」
ジネットお手製の弁当は二つあり、それぞれ重箱のような大きさだ。弟チームと妹チームの分らしい。
「わたしは、これくらいしか出来ませんので」
いやいや。十分だ。
そうか、弁当を持っていくのは盲点だったな。というか、昼飯のことをすっかり失念していた。
さすがはジネットだ、よく気が利くじゃないか。
「中見てもい~い?」
妹たちが瞳をキラキラさせて俺を見上げてくる。
「昼まで我慢しろ」
「見~る~だ~け~っ!」
あぁ、もう。もう出かけるってのに……
「まぁまぁ、ヤシロさん。いいじゃないですか。見るだけですから」
甘い! 甘いぞジネット! その甘やかしが子供たちをわがままにしてしまうのだ!
「あんたたち、お兄ちゃんを困らせるのはダメですよ!」
「……『お兄ちゃん』?」
ロレッタの言葉に、エステラが反応を見せる。……そういえば館でエステラに会った時、ロレッタはほとんどしゃべってなかったんだっけな。
説明すんのが面倒くさいから、そこら辺は適当に汲んでおいてくれ。
ぐずる兄妹たちを叱りつけるロレッタに、エステラが近付いていく。
肩をポンと叩き、「まぁまぁ、いいじゃないか」と声をかけた。
あぁ、そんなことしたら、また気絶しちまうぞ……
「今日は移動販売の初日なんだから、景気良く行かないかい?」
「えっと……どちら様ですか?」
……あれ?
「この食堂の常連だよ」
「あぁ、そうなんですか。初めましてです。あたし、先日より陽だまり亭でウェイトレスをしているロレッタというです。よろしくお願いしますです」
「ボクはエステラ。こちらこそよろしくね」
んんんんっ!?
ロレッタが普通だ。館で会った時は目が合っただけで気絶していたのに、今は普通に接している。
つか、『初めまして』?
「ヤシロ……」
エステラがちょいちょいと、俺を手招きする。
近付くと、袖を引っ張られて屋台の陰へと連れてこられた。
「よくあることなんだよ」
「……何がだ?」
少し困ったような表情で、エステラが小声で教えてくれた。
「ドレス姿のボクと、今の格好のボクを同一人物だと気付かない人がだよ」
「いや、気付くだろう?」
「それは…………その、ヤシロが……特別…………その、アレだから……じゃ、ないかな?」
俺が特別アレ?
鋭い観察眼か?
にしても、あれだけ至近距離にいて、なぜ気付かないんだ? しかも名前まで名乗ったってのに。
「巨乳に目を奪われて顔を見ていなかったなんてこともないだろうに……絶対にあり得ないだろうにっ」
「なんで二回言った? なんで強調した?」
大事なことだからだ。
しかし、いくらオシャレしてたとはいえ……
「ドレス姿のエステラが美人過ぎて気が付きませんでした、ってか?」
「――っ!? ほ、褒めてくれるのはありがたいんだけどね、きゅ、急に言うのはやめてほしいな。……心臓に悪い」
じゃあ何か? 「今から褒めま~す。綺麗だよ!」ってやるのか? どこのアホの子だ?
「デリアやウーマロ、モーマットともドレスで会っているんだけど、まったく気が付いていないみたいだよ」
「……どいつもこいつも頭のネジが緩んでる連中ばっかだな」
なんか、こいつらじゃあ仕方ないかって気になるメンバーだ。
「でも、ボクとしてはその方がありがたいんだ。ボクが領主の娘だと知ると、みんな遠慮しちゃうだろ? ボクは、今のままの気安い関係が気に入ってるんだ」
「まぁ、お前がそれでいいなら、いいけどな」
俺がエステラの正体を触れて回る必要もないしな。
「やっぱり、ヤシロはいいね」
はぁっ!?
こいつ、何をぽそっと男の勘違いを誘発するような発言してんだ!?
「デリカシーがないくせに気が利いて、一緒にいてすごく楽だよ。ヤシロに本当の自分を見てもらえてよかった」
らしくもなく、エステラはお嬢様のような優雅な微笑を湛えて、こう囁いた。
「ありがとうね」
……なんだかなぁ。
調子が狂うからやめてほしい。
俺としても、エステラとはバカをやり合える関係でいたいと思っているのだ。
こんな……ちょっと女の子っぽいしぐさとか…………柄にもなく照れちまうだろうが。
「デリカシーがないは余計だろ」
「そこが一番重要なところだよ」
「あぁ、そうかい」
そう。こういう憎まれ口が心地いいのだ。
「おぉーっ!」
と、突然屋台の向こうで歓声が上がった。
大方、弁当を開けて中を見たのだろう。……ったく。甘やかしやがって。
エステラと目配せをして、俺たちは盛り上がっている輪の中へと入っていく。
「お姉ちゃんすごーい!」
「ウチの姉ちゃんじゃない方のお姉ちゃん、すごーい!」
「なんで、わざわざそういうこと言うですか!? あたしもちょっとは手伝ったですよ!?」
兄妹たちが弁当箱を覗き込んでわいわい言っている。
「開けたのか?」
「あ、ヤシロさん」
ジネットは俺の顔を見るや、少しだけ反省しているようなニュアンスを含む笑みを浮かべた。
「すみません」
「な~ぁにが『すみません』だよ」
謝る気などないくせに。
まぁ、開けてしまったものはしょうがない。
俺も中身を確認してみるか。
「どれどれ……」
お弁当に入っている茶色い食べ物は美味い。
これは多くの人が経験から知っていることだと思う。
今回ジネットが作った弁当も一面茶色だった。
俺にとっても大変馴染みのある食べ物で、好きか嫌いかと言われれば間違いなく好きな方に入る、そんな食べ物。陽だまり亭でも取り扱っている目玉商品。
弁当箱の中には、ぎっしりとハニーポップコーンが入っていた。
「ポップコーンみたいな勢いで売れるようにと、願いを込めて作りました!」
得意満面のジネット。
あぁ、そうか。こいつには根本的なことを教えていなかったのか……
弁当に、お菓子を入れるな。
「ジネット」
「はい」
「……作り直し」
「ほにょっ!?」
俺がおかずを指定して、昼頃にマグダに届けてもらうことになった。
……ジネット、お前はなんていうか………………残念だな。
そんなこんなのバタバタがあり、すっかり出発が遅くなってしまったが……
準備は整い、気合いも十分だ。
あとはこいつで、ポップコーンを売って売って売りまくるだけだ!
「よし、それじゃあ出発だ!」
「「「おぉーっ!!」」」
そんな掛け声と共に、俺たちは二台の屋台を引いて陽だまり亭を出発した。
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