異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

こぼれ話3話 話題の波は広がって -4-

公開日時: 2021年3月27日(土) 20:01
文字数:2,951

 そんなことを考えている間に、ギルド長室の前へと着いた。

 今日、二度目だな。

 

「……じゃあ、ウッセはこの辺で」

「なんでだよ!?」

「……知り合いと思われたくないから」

「知り合いだって、全員が知ってるよ!」

「………………ぷぅ」

「なんで不服そうなんだよ、テメェは……」

 

 マグダの首根っこを掴んで、ドアをノックする。

 こいつは、開口一番に無礼を働く可能性があるからな。

 

「誰だい? 入りな」

 

 ママの許可を得、ドアを開ける。

 

「なんだい、ウッセ。まだ何か用かい?」

「あぁ、いや。マグダが――」

「……『――可愛過ぎて、ついイタズラしたくなっちゃって』」

「言ってねぇ! つうか、するか、ボケェ!」

 

 迂闊だった。

 まさか、俺に無礼を働くとは…………こいつ、もう一回上下関係教え込まなきゃいけないんじゃないだろうか?

 

「おぉ、マグダかい。何か用かい?」

「……メドラママ。こん……ばんは」

 

 一瞬、窓の外を見て言葉を変えるマグダ。

 たぶん最初は「こんにちは」と言いかけたはずだ。

 だが、空は薄暗くなり始めている。夕方と呼ぶべきか微妙な時間帯だ。

 

「……実は、メドラママに見せたいものがある。あ、リカルド、ちっす。実はマグダが情報紙に……」

「ちょっと待てこらぁぁ!」

 

 ダッシュで駆け寄って全力で部屋の外へと引きずり出した。

 

「お前、バカなのか!? なぁ、バカなのか!?」

「……マグダは『可愛い』」

「リカルド様への挨拶っ!」

「……ちゃんとしたけれど?」

「なに『ついで』みたいにさらっと済ませてんだよ!?」

 

 あんな態度をとったら、さすがのリカルド様もぶち切れて……

 

「オイ、トラの娘……!」

 

 ゆらりと、どす黒いオーラを背負ったリカルド様が俺たちの背後に立つ。

 やっぱり、メッチャ怒ってる!?

 あまりの迫力に委縮していると、リカルド様はマグダの肩をガシッと掴んだ。両手で、力いっぱい。

 そして、顔を近付けて捲くし立てるように言う。

 

「お前が俺に挨拶するなんて……ど、どこか具合が悪いんじゃねぇのか!? なぁ、おい! 死ぬなよ!? 薬師ギルドを呼んでやろうか!? あぁ、お前んとこには薬剤師がいるんだっけな? 馬車出してやるからすぐ帰れ! 温かくして寝てりゃ良くなるからよ!」

 

 ……なんか、メッチャ心配してる。

 なんだ、これ?

 

「お、おい、ウッセ……大丈夫なのか? ひ、陽だまり亭のヤツが俺に挨拶してきたぞ、自発的に…………天変地異の前触れかもしれねぇ……」

「……普段、どんな扱い受けてるんすか、リカルド様……」

 

 この人も、被害者なんだな……アイツの。

 なんであんな無礼極まりない挨拶されて顔を真っ青にしてんだろうな、この人。

 

 

 あぁ、やっぱ、陽だまり亭に関わると伝染するんだろうな……オオバヤシロが。

 

 

「それで、マグダ。情報紙がなんだって?」

「……実は、マグダが……もとい、陽だまり亭が情報紙に載った」

 

 こいつ、さらっと自分をアピールしやがったな。

 

「へぇ、そいつはすごいじゃないか。で、現物はあるのかい?」

「……一部だけ持ってきた。が、欲しい場合は買ってほしい。これは、広報用」

「あぁ、いいとも。あんたとダーリンが世話になってる陽だまり亭のことが載ってるんだ。買わせてもらうさ」

 

 そう言って差し出された情報紙。

 リカルド様も気になる様子で覗き込んでくる。俺も、隙間から覗き込む。

 

「ぶふっ!」

「ごふっ!」

「はっはっはっ! なんだい、こりゃあ!」

 

 俺とリカルド様はむせ、ママは豪快に笑い飛ばした。

 ……マグダが、すげぇ爆乳に描かれていた。

 

「……これは、陽だまり亭のウェイトレスのいいところを掛け合わせて――」

 

 マグダの説明は、なんとも馬鹿げていて、完成したイラストもそれに準じて馬鹿げていた。

 ……なんだ、このマグダの妄想を具現化したようなイラストは。

 

「……いずれはこうなる予定」

「なら、大胸筋を鍛えな。アタシのようなナイスバディになりたきゃね!」

「……うむ。メドラママは女子力が高いから、目標にする」

 

 お前がママに近付けば近付くほど、アイツはお前から遠ざかっていくと思うぞ。

 

「で、あんたはこれをわざわざ見せに来てくれたのかい?」

「……一応、メドラママには、見せるべきと判断した結果」

「そうかい。ありがとうよ」

 

 ママのデカい手が、マグダの小さい頭を握り潰しそうな勢いで撫で回す。

 そんな乱暴な手つきにも、マグダは気持ちよさそうに目を細めている。

 

 あぁ、そうか。こいつは、ママに自分の母親を重ねてやがるんだな。

 狩猟ギルドの構成員で、鬼神の如きと恐れられたあの母親を。被るところは、まぁ、多少はあるか。

 

 褒めてもらいたかったのかねぇ、自分そっくりなイラストが情報紙に載ったことを。

 ……こいつも、まだまだガキなんだな。

 

「……メドラママ……」

「ん~?」

「…………なんでもない」

「なんだい、そりゃあ。言いたいことははっきり言いな」

「……………………いい」

「そうかい」

「……そう」

 

 何かを言いかけてやめるマグダ。

「褒めてくれ」と言いたかったのかもしれねぇな。……なんて思っていたら。

 

「けどまぁ、見せてくれてありがとね。あんたがこういうのに載ってるって知って、アタシは嬉しかったよ」

「…………そう」

「あんた。アタシを喜ばせるためにわざわざ来てくれたんだろ?」

「…………」

 

 マグダは答えない。

 けれど、ママは確信しているような口ぶりだ。

 

 ママに褒められたいんじゃなくて、ママを喜ばせたい。

 そんな感情がマグダの中に……?

 

「あんたは、親孝行な娘だからねぇ」

「…………喜んだのなら、いい」

「なんか困ったことがあったら言いな。今回のご褒美に、なんでも力になってやるよ」

「………………そう」

 

 俺は驚いていた。

 と、同時に、やっぱりママには敵わねぇと思っていた。

 

 それは、ほんの微かな変化でしかなかったんだが……

 

 

「……では、考えておく」

 

 

 そう言った時のマグダの顔が、まるで笑ってるように見えた。

 マグダのそんな顔を見たのは、初めてだった。

 

 お見通しなんだな、俺たち、『ガキども』のことは。み~んな、な。

 

「じゃあ、そろそろ暗くなるから帰んな。丘クジラの肉、持たせてやるから、陽だまり亭でダーリンと食べな」

「……うむ。もらっておく」

「じゃあ、ウチの馬車を貸してやるよ。エステラんとこのしょぼい馬とは違って、俺の馬は優秀だからな。すぐに四十二区に着いちまうぜ」

 

 狩猟ギルドのギルド長と四十一区の領主がマグダに優しくしている。

 あいつ、すげぇな。特殊能力でも持ってんじゃねぇのか、権力者を篭絡する能力とか。

 

「……リカルド」

「なぁに、礼なんざいらねぇよ」

「……マグダ、怪しい人の親切には気を付けるように言われているから」

「誰が怪しい人だこらぁ!? はっは~ん、さてはテメェ、礼なんざ端っから言うつもりなかったな!? でも残念だったなー、期待してなかったから悔しくねーよ!」

「リカルド様! こいつらのレベルに合わせると、寝る時に後悔の波が押し寄せてきますよ!?」

 

 経験上得たアドバイスをしておく。

 が、どうやらこの人も味わったことがあるようだな、その後悔を。

 恐ろしい店だよ、陽だまり亭。

 

 

 結局、ママに馬車を貸してもらい、俺とマグダは四十二区へと帰った。

 丘クジラを食い損ねた俺は、後ほど改めて陽だまり亭へ顔を出すことにした。

 

 まったく、手間が増えたぜ。

 けどまぁ……

 

 ゆっくりと、情報紙ってのを読んでみたかったし、ちょうどいいか。

 

 

 

 

 

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