異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】最大限の期待を寄せて

公開日時: 2020年12月8日(火) 20:01
文字数:4,282

 今日は、少しだけ気合いを入れてしまった。

 本当は、もう少し攻めた丈のスカートでもよかったのだけれど、ナタリアに止められたので、比較的大人しめな膝丈のスカートにした。

 

 まぁきっと、ヤシロなら「似合わない」とか、平気で言うんだろうけれど。

 

「ま、こっちは準備万端だからね。掛かってくるがいいさ」

 

 どんな方向から攻撃が来ても適切に対処できるよう、入念な計画を立ててある。

 以前、給仕の一人がこっそり館内に持ち込み、ナタリアに「浮ついています」と没収されていた冊子を拝借し、予習は済ませてある。

 ありとあらゆるパターンを想定し、その場面場面で適切な対応が記された虎の巻。

 

『初めてのデート・完全マニュアル~これであなたもモテ女~』

 

 これで、ヤシロに勝てる!

 

 まだ集合時間には早いけれど、戦場の視察はしておくべきだろう。

 

 ナタリアに妙な勘ぐりをされないよう、そっと静かに館を出る。

 いざ、初デートへ!

 

 

 

 ――と、意気込んでいたわけだけれど、実際ケーキを見た直後からヤシロの様子がおかしい。

 小さく切って口に運ぶ様子も、二噛みほどして眉間を押さえる様も、なんだかつまらなそうだった。

 どうやら、思っていたものではなかったようだ。

 

「ヤシロ……もしかして、口に合わない?」

「いや、美味い。黒糖を練り込んであるんだな」

「そうだよ。あと、このふわふわの生地が若い女性に受けているんだ」

 

 ケーキは黒糖の香りがしてとても甘く、パンとは比べ物にならないくらいに柔らかい。

 ボクも一口食べてみる。

 

 うん。甘くて美味しい。

 

 この街に住んでいる女の子がこぞって憧れるのも頷ける。

 初めてのデートで、こんな特別な物を食べる。

 普段とは違う自分になれる、そんな特別な体験をしてみたいって。

 

 けど、ヤシロはそれ以降ケーキの感想を一言も口にしなかった。

 その代わりに、ケーキがパンに含まれない理由を聞いたり、税収の話をしたり……え、まさかケーキを売るつもりなの?

 

「試作したい時はどうすればいい?」

「教会に申請すれば、監視官の前でのみ試作することを許可されるよ」

 

 監視官、と自分で口にした時、脳裏に嬉しそうな顔で大はしゃぎする美人シスターの顔が思い浮かんだ。

 シスターなら、きっと喜ぶだろうなぁ、ケーキの試食なんて。

 メインは監査なんだけれどね……仕事を忘れそうだなぁ、ヤシロのケーキなんて見た日には。…………ヤシロのケーキ?

 

「ヤシロは、ケーキを作るつもりなのかい?」

「出来れば、だけどな」

 

 やはり、ヤシロはケーキを作るつもりらしい。

 そうか、そのための調査だったのか。

 

 ヤシロはこれまで、おにぎりや焼き鮭、パスタなんて変わった物をたくさん生み出してきた。

 本人曰く、「俺の故郷にあるものを作ってるだけだ」ってことらしいけれど。

 それにしたって、知っているものを作るっていうのがどれだけ大変か……ボクは、陽だまり亭の料理を知っているけれど再現は出来ない。

 ヤシロは料理の技術が高いんだ。

 ヤシロが何かを作る気なら、俄然期待が高まるね。

 

「ヤシロが作るケーキかぁ……どんな味なんだろうなぁ」

「少なくとも、ここのコレよりは美味いぞ」

「大きく出たね」

 

 ヤシロの顔は、自信に満ちている。

 勝算があるのだろうか。

 この高級店のケーキを超えるのは難しいと思うけれど……でも、ヤシロがあんな顔をする時は、その後でびっくりするようなことが起こるんだ。ボクはもう、それを経験で知っている。

 

 ヤシロのケーキか……

 楽しみだなぁ。

 

 その直後、ヤシロが紅茶を噴き出して盛大にむせ始めた。

 

「ちょっ!? 何してんのさ、汚いなぁ!?」

「…………し、渋ぃ…………っ!」

 

 けほけほ咽るヤシロにハンカチを渡す。

 まったくヤシロは、どこに行っても落ち着きがないんだから。

 

 ロマンチックなムードとは程遠いけれど、こんな賑やかな雰囲気もボクは割と気に入っている。

 ボクとヤシロには、こういう空気の方が向いているのだろう。

 

「エステラ……ここの紅茶は美味いか?」

「え? ……う~ん、実を言うと、ボクはちょっと苦手なんだよね。ナタリアの淹れてくれる紅茶の方が好きだから」

 

 そう、何気ない、いつもと変わらない会話をしながら、ケーキを食べているだけでも、ボクにとっては特別だった。

 だったのに――

 

「……エステラ、悪い」

 

 ヤシロが突然、真面目な声で言った。

 突然の変化に戸惑って――うすうす感じていた嫌な予感が一瞬で心の中に広がって――ボクは往生際悪く気付かないフリをする。

 

「え、なに?」

「やっぱ、今回のこれはデートじゃない」

 

 そうして、きっぱりと断言されて、言葉をなくす。

 

 あ……やっぱり、そうなんだ。

 

 

 楽しく、なかったんだね……君は。

 

 

 

 

 ……そっか。

 

 

 

 自分でも驚くくらいに心が重たくなっていく。

 いつでも笑顔を張りつけておける領主代行の顔が曇っていく。

 うまく笑えない。

 感情を、殺せない。

 

 なんてことないよ。

 まぁ、最初から分かっていたし、気にしないよ。

 そもそも、デートなんて柄じゃないじゃないか、ボクたちはさ。

 ヤシロとボクだよ? ないない。ないよ、そんなの。

 

 ……なんて、軽口を叩くことすら出来ないなんて、ちょっと意外だな。

 

 あぁ、まいった。

 帰り道、どうしよう。

 ちゃんと、笑えるかな……

 

「今度改めてデートに誘わせてもらう!」

 

 その時、沈み込んで殻に閉じこもりかけていたボクの耳に、しっかりと声が届いた。

 消えてしまっていた世界の音が、一瞬で元通りになった。

 

 徐々に鼓動を強めていく心臓の音が、少しだけやかましく感じた。

 

 ……え?

 今度?

 

 ヤシロを見れば、真剣な表情でボクを見ている。

 まるで、ボクを悲しませまいと、必死になってるみたいに……そんなわけ、ないのに。

 ない……よ、ね?

 

 え? ……あれ?

 

「その時は、花束を持って、もっとずっと美味いケーキと紅茶をご馳走してやる! だから、今回のこれはデートじゃないってことにしといてくれ!」

 

 また、音が聞こえなくなった。

 でも今度は、静寂ではなく騒がし過ぎて。

 

 自分の心臓の音しか、聞こえない。

 

 騒がしく、けたたましく、ボクの心臓が大きな音を鳴り響かせている。

 顔の温度が上昇して、抑えようとしてるのにまた、感情が押し殺せなくて、さっきとは真逆の意味で、……困ったな。

 

 デ、デート?

 それも、花束を持って?

 ヤシロが、ボクを?

 誘いに来て、くれる……の?

 

 それって、それってまるで……

 

 思考が途切れる。

 強制的に遮断された。

 顔が熱を上げ過ぎたせいで焼き切れてしまったのか、それとも、これ以上温度を上げないために脳が自分で思考を放棄したのか、とにかくボクの頭は職務を放棄して、異常に上昇した顔の熱を放出することだけにその処理能力のほとんどを割いていた。

 

 その弊害だろう。

 ヤシロがこちらを向いた時、頭の中を埋め尽くしていた言葉が、口から勝手に漏れ出していった。

 

「…………ホ、ホントに?」

「え?」

「……花束……」

「あ、あぁ」

 

 ホント、だった。

 恥ずかしさや動揺を押し退けて、嬉しさが体の奥からせりあがってくる。

 

 

 

 ……嬉しいなぁ。

 

 

 

「いや、違うぞ! プロポーズとかじゃないからな!?」

 

 そんな言葉が耳に届いて、一瞬のうちにボクの中の多幸感が吹き飛んでいった。

 いや、正確には、嬉しい気持ちが羞恥の心に押しやられた。塗り替えられた。一瞬で塗り潰された。

 

 ボク、なに浮かれちゃってるの!?

 これじゃ、まるで、ボクが……ボクが、ヤシロのことを…………っ!?

 

「わか、分かってるけど、そんなことっ!?」

「ホントに分かってるか!?」

「分かってるって! どうせあれでしょ? ここのケーキが美味しくないから、こんなの認めたくなくて、ちゃんとやり直したいんでしょ!?」

「あぁ、その通りだ! この店のケーキはケーキとすら呼べない! 論外だ! こんなもんで喜んでいるお前が不憫過ぎて、俺が本物のケーキを食わせてやろうと、そういう優しさから出た再デートの申し込みだからな!」

「わか、分かってるってば! ボクだって、そんな言うほど美味しいと思ってなかったし!」

「どうだか!? こんなパッサパサのパンみてぇなもんを食って、幸せそうな顔してたじゃねぇか」

「してないね! 一口食べて、ちょっとお腹の調子が悪くなったくらいだよ! ボク、高貴な生まれだから」

「陽だまり亭の常連のくせに、高貴な生まれとか……」

「陽だまり亭は一流の店だろ!?」

「そこは同意だ!」

 

 ヤシロと固い握手を交わし、……ボクたちは、店を追い出された。

 ……あぁ、これはもう出禁かなぁ。

 

 

 

 

「まったく、ヤシロのせいで……」

「いや、お前だってデカい声で騒いでたろうが」

 

 それすらも込みで、ヤシロのせいなんだよ。どうして自覚がないのかなぁ。

 だってさ、あんなこと言われたら……

 

 ……ヤシロが花束を持って、ボクを誘いに来る…………

 花束を持って、片膝をついて……紳士のように…………

 

「どんな美味そうなケーキを妄想してんだ、お前は?」

「ぅへぃ!?」

「よだれ出てるぞ」

「よ、よだれなんか、で、出てるわけないじゃないか!?」

 

 ケーキの妄想なんかしてないんだから!

 って、っていうか、妄想なんかしてないし、変な顔もしてないし!

 まったく、失敬だな、ヤシロは…………ちょっと、さっきのハンカチ返して。口元拭くから。

 

「ほ、本当に、アレより美味しいケーキが作れるんだろうね?」

「材料が揃えばな」

「材料?」

「砂糖が高い」

「あぁ……そりゃあ、ねぇ」

 

 美味しいケーキには砂糖が必要だ。

 ハチミツでも代用できるかもしれないけれど、ヤシロが目指しているのとは異なるようだ。

 

「なんとかならねぇかなぁ」

「またとんでもないことを仕出かさないでおくれよ」

 

 砂糖は貴族が囲ってんだからね。

 ボクでも庇いきれないかもしれない。

 ……でも。

 

「ケーキの完成を、楽しみにしているよ」

「あぁ。けどまぁ、まだどうなるか分かんねぇから、他言はするなよ。期待だけ膨らませて出来ませんでしたなんて言ったら、暴動が起きかねないからな」

「はいはい、分かってるよ」

 

 とかなんとか言っているくせに、その眼は一切諦めるつもりがないって眼じゃないか。

 

 きっとヤシロはケーキを完成させるのだろう。

 いろんなものを巻き込んで、大騒動をやらかしてでも、自分の納得がいくケーキを。

 少々不安ではあるけれど、それ以上に楽しみだ。

 

 しょうがない。

 ヤシロが巻き起こす不祥事の尻拭いくらいは引き受けてあげよう。

 ……まぁ、ほどほどに願いたいけれどね。

 

「じゃあ、ヤシロのケーキに期待しているのはボクだけってわけだね」

「過度な期待はするなよ」

 

 するさ。

 だって、初デートがキャンセルされたんだからね。

 

 最大限の期待を寄せるよ。

 だから、それを軽く上回っておくれよ。

 そして――

 

 

 今度こそ、ボクの初デートを最高のものにするように。……なんてね。

 

 

 

 

 

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