「完成や!」
マジでかぁ……
なんで膨らんだんだろう?
そもそも、あの材料たち一個一個が謎過ぎる。
つかそもそも、コレ、何に効く薬なんだ?
言いたいことと聞きたいことが山ほどある。
「さぁ、飲んで! 大丈夫! 全っ然問題あらへんさかいに! 嘘や思うんやったら『精霊はんのなんちゃら』かけてくれてえぇさかいな! ウチ、絶対カエルにならへんし!」
うわぁ……すごいグイグイ来る…………
こりゃ怖ぇわ……そりゃみんな避けるって……
こいつはきっと真実しか口にしていないのだろう。
……真実なんて、場合によっては嘘以上に胡散臭いもんなんだよなぁ…………
「どうや!? どうせ自分も飲まれへんのやろ!? なんやかんや言うたかて、ウチのこと信用できへんのやろ!? せやったら今すぐ帰って、二度とここへは来んといてんか!」
まぁ、普段ならこんなふざけたもん「飲めるか!」の一言で一蹴して、こんな胡散臭いところからはすぐさまおさらばするところなんだが……
今は、そういうわけにはいかない。
こいつを納得させなければ。
事実よりも、信用……
俺がレジーナを信用していると、有無を言わさず信じさせてやる。
「どうや? 口ではなんとでも言えるけど、いざとなったら…………え?」
俺はおもむろに腕を伸ばし、もこもこと発泡した練れば練るほど色が変わりそうな薬に指を突っ込む。そして、割と滑らかなその薬をすくい取ると、ためらうことなく指を口に咥えた。
「…………あ」
「……ふむ」
口から指を取り出し、少し舌で口内をまさぐる。
「……まぁ、なんつうか、薬だな。普通に」
「…………自分…………よう、口にしたな……なんの躊躇いもなく」
「お前を信じると言ったろう?」
「せやかて…………こんな………………ウチでも口にしたくないような気持ち悪いもんを……」
って、おい!
お前、自分でも嫌なもんを俺に勧めやがったのか!?
なんてヤツだ。信じらんねぇ……
「毒が入ってるとは、思わんかったん?」
「お前は絶対毒を入れたりしないよ」
真剣な目で問いかけてくるレジーナ。その表情は、ちょっと油断したら今にも泣き出しそうな、そんなもろい表情に見えた。
だからあえて軽い口調で答えてやった。
「自分の調合する薬にそんな真似、出来るわけがない。だろ?」
薬を調合する姿には、バカがつくほどの真摯さが窺えた。そんなヤツが、薬に毒を盛るとは到底思えない。
何より、こいつが俺を毒殺するメリットがない。
むしろデメリットばかりだ。
「やっぱりあいつは危険な薬剤師なんだ」という噂が広まれば、もうこの街では生きていけない。
ぼっちを拗らせながらも、この街に留まっているってことは、こいつはこの街を出るつもりはないということだ。
なら、周りから不興を買うような行為をするはずがない。
よって、こいつは俺に毒を盛らない。
そう踏んだのだ。
「……自分、変わってるなぁ」
「お前に言われたくねぇよ」
俺の反論に、少し泣きそうな驚き顔を見せていたレジーナは、その表情を綻ばせ……柔らかい笑みを浮かべた。
「おおきにな。ウチのこと、信じてくれて」
その微笑みは、ここに来て最初に見た笑顔と同じで……つまり、レジーナが心を許していた『見えないお客さん』にだけ見せる無防備な笑顔で……俺はその領域にまで踏み込むことが出来たってわけだ。
「お前」と呼ぶなと言っていたレジーナだが、もはや気にはしていない様子だ。
俺も、「自分」と呼ばれることを許容してやろう。
「なんや、いろいろ疑ってごめん。ウチに話があるんやったら、なんでも言うて。力になれることやったら協力するさかいに」
刺のなくなったこいつは、本当にさばけた付き合いやすそうな女だ。
直角に腰を曲げてする謝罪も、その後の無防備な笑顔も、俺は嫌いじゃない。
ただ、それ故に……心が痛むなぁ。
「すまんが、紙はないか? 指を拭きたいんだが」
「あぁ、そうやな。舐めたんやからババチィよね」
『ババチィ』ってなんだよ。『バッチィ』よりもより汚いイメージだな。
俺の唾液はそこまで汚かねぇよ。
俺が拭きたいのはだな……
「はい。ほならこれ使ぅて」
「悪いな」
差し出された紙を、『バレないように』左手で受け取る。
そして、右手の指全部を包むようにして、レジーナには見えないように、さっさと証拠を隠滅してしまう。
俺の中指に今もしっかりと付着している、『練れば練るほど色が変わりそうな薬』を。
レジーナはうまく騙されてくれたようだが……
あの時俺は、『中指』で薬を取り、『人差し指』を咥えたのだ。
手を口元に運ぶまでの一瞬で伸ばした指をすり替え、中指についた薬を握った手の中に隠したのだ。
……レジーナが俺を毒殺するとは本当に思っていなかった。
思っていなかったが……だからって、あのあからさまに怪し過ぎる薬を口に入れるのは絶対嫌だった! 死んでも嫌だったのだ!
指すり替えのトリックのためにさっさと口に咥えたことで、レジーナは俺の『躊躇のない姿』に感激してくれたようだ。……騙されてるとも知らずに。
でもな、世の中、騙されたままの方が幸せなことだってあるだろ?
これをきっかけに、レジーナが四十二区の住人に受け入れられるようになるかもしれない。
そうなれば、今俺が行った詐欺行為は、英雄的な英断と言われることだろう。
なので、真相は藪の中だ。
詐欺師も、たまには人の役に立つのだ。ふふん。
「あ、せや。言い忘れてたけど……」
俺が無事、詐欺の証拠を隠滅し終えた頃、レジーナが手を打ち俺にこんなことを言ってきた。
「この薬、かなり強烈な精力増強剤やねん」
「……は?」
「せやから、今晩は女の子のそばには近寄らん方がえぇで。その子が、恋人でもない限りな」
あ、…………あぶねぇっ!?
こいつ、なんつーもん飲ませようとしてやがんだ!?
よかった、舐めるフリだけにしておいて!
「いやぁ、見た目が一番強烈なヤツにしたろ~思ぅてなぁ。まさか口にする思わへんかったし」
「……お前なぁ」
「一口で分家が大量に出来てまうほどの強力さやで」
「それ、もはや劇薬だろ……」
ホント……バカ正直に口にしてたらジネットが危ないところだった。……そして、そんなことになったら翌日俺の身がエステラによって抹消されることになっただろう。
ん? マグダ? …………マグダはないわぁ。子供だし。
「な、なぁ!」
『if』の世界を想像して背筋を冷やしていると、レジーナが俺に背を向けた状態でなんだかもじもじし始めた。
「も、もし……自分に、そーゆー相手がおらへんのやったら…………しょ、しょうがないから……せ、責任……とったっても…………かまへん、で?」
………………責任?
「い、いや、ほら! ウ、ウチにも責任あるやんか? せやさかい、その…………」
「あ、いや。大丈夫。遠慮しとくよ」
物凄い地雷臭しかしないからな。
「………………え、なんで? ウチ、メッチャ可愛いのに?」
「可愛いのに?」と言われても……
可愛いヤツに片っ端からそんなことして回ってたら、俺は黒ひげ危機一発もかくやというくらいのめった刺しに遭うことだろう。
…………冗談じゃない。
「あれ、もしかして自分…………相手、おるん?」
「なんの話だ!?」
「恋人おるん!?」
「いねぇよ!」
「『精霊はんのなんちゃら』!」
「やめんか!」
「あかん!? なんで発動せぇへんの!? ……はっ!? まさか、無効化する能力が!?」
「ねぇわ!」
無効化する能力があるかもと思ってたのは俺の方だよ!
まんまと空振りだったけどな!
「………………あ、分かった。察したわ」
「……何を察したのか知らんが、断言してやる、絶対違うから」
「メンズが……」
「違ぇわ!」
こいつはろくでもない女だな!?
どんなもんでも拗らせるとろくなことにならないよな!
「………………ほなら、ソロプレイ頑張ってな?」
「大きなお世話だ、コノヤロウ」
実は薬は舐めてないって事実をぶちまけてやろうか……こいつの感動とか信頼とか全部ぶち壊して。
「とりあえず、こっちの用件を話していいか?」
「うん。えぇよ。なんの薬が欲しいん?」
「腹痛の薬が欲しいんだが……」
「下剤!? やっぱり、綺麗にしとかなアカンのん!?」
「お前殴るぞ!?」
長い期間ぼっちを拗らせ、一言話せば十倍くらい妄想を膨らませる厄介な病気を持つレジーナ相手に、俺が正確な事情を話し、薬を依頼できたのは……それから二時間以上が経ってからだった。
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