異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

216話 『宴』の準備2 -2-

公開日時: 2021年3月22日(月) 20:01
文字数:3,034

「仕方ないさね! アタシが直々に鋳型を作るさね!」

「出来るのか?」

「舐めんじゃないさね。アタシはこれでも金物ギルドのエースなんさよ。どの工程も、他人に指導を施せるレベルで熟練してるんさよ」

「じゃあ是非、自前の型で『ぱい焼き』の金型を!」

「物が変わったさね!? 『たい焼き』の金型さね、作るのは!」

「どっちかっていうと『ぱい焼き』が食べたい!」

「あんただけさね、そんなもんを食べたがるのは!」

 

 バッカ!

 四十二区中の男が殺到するっつーの!

 もう特大サイズでお腹いっぱいだねって、みんな満足げに帰っていくっての!

 

「だいたい……そんな型、誰彼構わず見せられるもんかいね……特別な相手にしか見せられないさね」

 

 そうやって選り好み出し惜しみしているから現状が……

 

「なんか言ったかぃね?」

「は、ははは、バカだなぁ。な、なんも言ってねぇじゃねぇか、あは、あはは……」

 

 マジもんの殺気だった。

 ノーマが本気を出せば、相手がデリアでも瞬殺できんじゃねぇか?

 俺が野生動物だったら、今の瞬間森の奥へと逃げ込んでるな、絶対。

 

「任せるさね、ヤシロ。今回の鋳型、アタシが責任を持って究極に可愛く仕上げてみせるさね!」

「あんまり可愛くし過ぎて『食べるのが可哀想~』ってならないようにしてくれよ」

 

 っていうか、この型の通りに作ってくれ。

 

「ふふふ。ヤシロは意外とメルヘンチックなんさねぇ。食べ物の形で『可哀想』とか、なかなか思いつきやしない発想さね」

 

 いや、だから! お前らがな! 以前にさぁ!

 あの大食い大会の会場での大ブーイング聞いてたよね!?

 あれ、ただのリンゴだからね!?

 

 なんとも釈然としない思いを抱えつつ、俺は金物ギルドを後に……しようとして、一つ質問をぶつけてみた。

 

「なぁ。ノーマは『ベアリング』って知ってるか?」

「ふぇっ!? あ……あの…………け、結婚指輪……の、こと、かぃねぇ?」

「うん、それは『ペアリング』だな。そうじゃなくて、『ベアリング』だ」

 

 夢もクソもないとても現実的な、でもあると便利な機械工作品だ。

 

「聞いたことないさね」

 

 まぁ、そうだろうな。

 鉄球――それも、ベアリングに使用できるような精度の球体を作るのはかなり難しいからな。

 

「どんなもんなんさね?」

「まぁ、大雑把に説明するとだな――大小二つの筒があって、その筒と筒の間に回転をよくするための鉄球が等間隔に配置されていて、摩擦抵抗をなくして軽い力で対象物を回転させるための道具だ」

「詳しく構造を教えてほしいさねっ!」

 

 めっちゃ食いついてきた!?

 

「い、いや、別に、どうしても必要ってわけじゃなくて、もしこの街にもあるならちょっと作ってみたい物があるかなぁ~みたいな感じで……」

「作るさね! 生み出してみせるさね! だから、構造を教えておくれでないかぃ!?」

「いやお前、鋳型を作るって……」

「どっちも作るさね! なぁに、寝なきゃ一日は結構長いもんさよ!」

「ちゃんと寝てお肌を大切にしろよ、嫁入り前の乙女!」

「肌なんか大切にしたって、もらい手が現れるわけじゃないさねっ!」

「お前、それ自分で言っちゃうのはどうなんだろう!?」

 

 頑張ろうよ、もっと!

 お前はかなりの優良物件なんだから!

 ただちょっと、周りにろくな男がいないだけで!

 

「ノーマは、ほんのちょっと頑張ればすぐにでも相手が現れると思うけどな」

「ふぇっ!? ほ、……ホントさね? なら寝てくるさね! 三日三晩!」

「情緒不安定か、お前は!?」

 

 はっは~ん。さてはこいつ、もうすでに何日か徹夜してるな?

 どうりで最初からテンションがおかしいと思った。

 

 ノーマに頼みたい物がいくつかあったんだが……こりゃ、あんまり無理はさせられないな。

 自分でなんとかするか。

 

「あっ! あぁっ! い、今、『自分でなんとかするか』みたいな顔したさね!」

「鋭いな、お前は!? 寝てなさ過ぎて感性研ぎ澄まされまくりなのか!?」

「泣くさよ! アタシの領分で、アタシをスルーすると、三日三晩陽だまり亭の前でしくしくしくしく泣き続けるさよ!?」

「なんの脅しだ!?」

「ちょっと待ってぇ~ん、ヤシロちゃ~ん」

「ぅぉおおおおおっ!? 急に出てくるなムキムキ!」

 

 大騒ぎするノーマに意識を取られていると、背後からそれはもうごつごつとしたぶっとい毛むくじゃらの腕が伸びてきて、俺の細い腰をぎゅっと抱きしめた。

 耳元で野太いオネエ言葉が聞こえる…………告訴するぞ?

 

「ノーマちゃんね。ここ最近、ずっとヤシロちゃんにほったらかしにされてスネちゃってたのよ。とどけ~る1号の失敗が尾を引いててねぇ、『アタシが不甲斐ないから、相手にもされないんさよ、きっと……』って、身体にいいハーブティを浴びるように飲んで……ううん、飲んだくれて!」

「健康そうな飲んだくれだな」

「絡まれるアタシたちは堪ったもんじゃないわよ! 夜中まで付き合わされて、お肌もボロボロよっ!」

「お前らは肌が綺麗になってもあり余るマイナス要因がデカ過ぎて気休めにすらならないんだから気にすんなよ!」

「そんなことないわっ! 見て、ほら泣きぼくろ!」

「心底どうでもいいな、そのアピールポイント」

 

 泣きぼくろがセクシーに見えるのは美人限定だ。

 そんな剛毛ヒゲとの境目にあるほくろなんぞ、虫が留まってるのと大差ねぇわ。

 

「ねぇ、ヤシロちゃん。アタシたちも死ぬ気で働く――ううん、働いて死ぬから、ノーマちゃんにお仕事させてあげて! 頼ってあげて!」

「分ぁーかったから、力の限りに抱きつくな! 折れる! そして、順番待ちみたいにずらりと並ぶなムキムキども!」

 

 うるうるとした瞳で俺を見つめるムッキムキのオッサン集団。

 ……なにこのB級ホラー。超怖いんですけど。

 

 そして、本当にノーマは寝ていないのだろう。ムキムキの言葉に一切の反応を示さなかった。……こんな状態で仕事を頼んだら倒れちまうだろうが。

 

「ノーマ」

「なんさね!?」

 

 爛々とした瞳が俺を見据える。

 ……大方、ウーマロと自分を比較でもしたんだろうな。向こうはうまくやったのに、こっちは……って。

 で、今回もまたウーマロの力を最大限借りようとしてるから…………こいつらにもそれなりの役目を担ってもらうか。負担増し増しで。

 

「とどけ~る1号は、後日一緒に改良しよう」

「一緒にさね!?」

「あぁ。俺もいろいろ意見を言わせてもらうよ」

「やったさね! ヤシロがいれば百人力さね!」

「……言っとくが、お前らの方がスペシャリストなんだからな? 参考意見程度だぞ、俺が言えるのは」

「ノンノン、ヤシロちゃん! そんなことないわ!」

「アタシたち、ヤシロちゃんがいるだけで頑張れちゃう!」

「そう、不思議な力が湧いてくるの!」

「え、これって――恋!?」

 

 いいや。お前らはただただ『濃い』だけだ。

 

「ヤシロちゃんがいてくれたら、とどけ~る1号もきちんと動作するわ、きっと!」

「さすがヤシロちゃん! 頼りになるわ!」

 

 まだなんもしてねぇっつの。

 

「頼りになる男の子って……ステキ」

 

 やめようかなぁ、手を貸すの!

 

「相変わらず、ヤシロはモテるさねぇ…………ぷぅ」

「おぉい、ノーマ。ふくれっ面は可愛いけど、甚だしく不愉快だな、その意見は」

 

 こんなハーレム、誰得だよ。

 いらんわ。

 

 あ~ぁ……もう。なんなんだろうな、この熱気は。

 

「んっと……じゃあ、たい焼きの鋳型はノーマに任せるとして、ベアリングを作るチームと、あと――熱伝導率が高くて高温に耐えられる金属を筒状加工するチームに分かれてくれ」

 

 

 もうこの際だ、思いついたことは全部やってやる。

 俺の脳内を『やけっぱち』という言葉が埋め尽くしていた。

 

 

 

 

 

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