「英雄様でしたら、立派な貴族になれると思いますよ」
「えぇ。僕もそう思います」
斜向かいに座るウェンディとセロンが、俺を見つめてそんなことを言う。
なんだか褒めてくれているつもりらしいが、『節穴~ず』のご両人に言われてもなぁ……こいつら、他人を否定することを知らないし、脳内は高確率でぽかぽか陽気だし。まぁ、参考にはならんわな。
「英雄様は、気品と威厳をお持ちですし、何より、多くの者を惹きつけるカリスマ性は他の追随を許しません。英雄様のような方であれば、きっと家臣たちは喜んで身命を尽くしその身を英雄様のために捧げることでしょう」
「家臣の身命なんぞ捧げられても手に余るわ。俺は邪神か」
生贄じゃねぇんだからよ。
大袈裟に称賛するセロンには呆れてしまう。お前が凄い凄いと褒め称えているのは、詐欺師が自分を大きく見せるための仮初の威厳なんだよ。
詐欺師ならみんなやってることだ。
本当に、この世界の連中は揃いも揃って……日本に連れて行けば詐欺に遭いまくりそうだ。
「英雄様はそうおっしゃいますが……、私、不意に考えてしまうことがあるんです」
俺がセロンを止めると、その隣でウェンディが遠くを見つめるように呟く。
「もし、英雄様が貴族になられてどこかの区を統治なされるようなことになれば、きっとその街は中央区にも負けない、素敵な区になるのではないかと……英雄様には、そんな期待を抱かせてくれるような、不思議な魅力がおありなんです」
それはまた……大きく出たな。
王族という権威をかざし、全区から富を無制限に吸い上げられる中央区よりも素晴らしい街なんか作れるわけがないだろうに。他人の金で贅沢することほど優越に浸れるものはないからな。
値段の書いていない寿司屋での食事は、自腹なら冷や冷やもんで味なんか分からんが、他人の奢りなら存分に堪能できる。そういうもんだ。
つまり、努力で王族を超える贅沢は出来ないということだ。
なにせ王族は、寝ていても金が入ってくるのだからな。
あぁ、羨ましい。
「俺、王族始めようかな?」
「あの……それは、始めようとして始められるものではないですよ?」
ジネットが、木こりギルドの時とはまるで違う反応を見せる。
あからさまに冗談だと分かるものには、焦りは見せないようだ。
「そ、それでさっ!」
一方。
素っ頓狂な声を張り上げた女がいる。抉れちゃ……もとい、エグレラだ。
「エグレラ」
「エステラだよっ!」
どこか浮かれていた表情が一瞬で吹き飛ぶ。が、すぐにまたそわそわと落ち着きをなくすエステラ。
何かを期待するような、薄ら笑いを浮かべて俺を見ている。
「実際、どうなんだい?」
「何がだよ?」
「だから……ヤ、ヤシロが、領主になる…………っていうか、なったら、なったとしたら……その…………そう! もしヤシロが領主なら、四十二区はいい街になると思うかい?」
こいつ、なんか途中で質問変えやがったな?
聞いて照れるような質問なら最初からすんじゃねぇっての。
……答えにくいなぁ…………ジネットもいるし。ギャグをギャグとして受け止めてくれなそうなんだよな、この空気。
ったく、もう……
「俺は領主にはなれねぇよ」
「もしもなったら、だよ」
「もしもでも、無理なもんは無理だ」
「…………そっか」
エステラの顔から浮かれたような表情が消える。
だから、そんな重く受け止めるような話じゃないだろってのに……
「もし、俺が領主になったら…………一家全員ド貧乳になってしまう!」
「誰がド貧乳だ!?」
「領主一族の呪いを断ち切るためにも、エステラ、お前は巨乳のお婿さんをもらうんだ!」
「巨乳のお婿さんってなにさ!?」
「探せばいるかもしれないだろう? Iカップの男」
「いたとしても、願い下げだよ!?」
頑なに拒絶するエステラ。……これでは、領主一族にかけられた抉れちゃんの呪いは、まだしばらく続きそうだな……
エステラが息子を生み、そいつがとんでもない爆乳娘を嫁にもらうしかないのか……しかし、抉れ遺伝が爆乳遺伝子を上回る可能性も…………
「とりあえず、孫の代に期待だな!」
「現領主も、まだまだ全然一切まったく諦めてないからね!?」
そんな、エステラの不屈の精神を見せつけられたところで、馬車はゆっくりと速度を落とした。
「エステラの意気込みを全否定するかのように、馬の足が遅くなったな」
「ボク関係ないよね!? 目的地に着いただけだよね!?」
エステラの言うことが正しかったと証明するように、停車した馬車のドアが外側から開かれる。
ドアを開けたのはハビエルのとこの御者……ではなく、見たこともない、折り目正しい制服を着た女だった。胸にどこかのエンブレムが刺繍されている。
あからさまに、貴族お抱えの人員だ。
「三十五区領主、ルシア・スアレスの側近だよ。粗相のないようにね」
すかさず、エステラが俺に耳打ちをしてくる。
……真っ先に注意されたってことは、一番粗相をしそうなのが俺だってことか? 心外だな。
もやっとした感情を抱きつつ、粗相をしてはいけない相手へと視線を向ける。
褐色の肌が目を引く。四十一区の料理人オシナのようなオリエンタルな雰囲気とは違い、もっと健康的というか……まぁ、平たく言えば強そうな印象を受ける。
人を射殺そうとするような鋭い眼光に、固く結ばれた唇。おっぱいは……おぉ~う……思わず感謝を述べたくなるような張り出し具合だった。おそらく、Fカップ!
「ミスターハビエルから聞いている、話は。ようこそ三十五区へ。存分に楽しいしてくれると嬉しい、私は」
一瞬、堅苦しい言葉遣いなのかと思ったのだが、カタコトなだけだった。
姿勢よく、堂々としているから威厳のあるしゃべり方だと錯覚してしまったようだ。
『楽しいする』ってなんだよ……
「出迎えを感謝するよ、ギルベルタ」
「うむ。久方ぶりの再会に、嬉しいしている、私は。領主になったようで、増えると思う、会う機会、あなたとは。今後はもっと、きっと」
「その際は、よろしくお願いするよ」
「うむ。よろしくするはず、我がマスターも、もちろん私も」
出迎えてくれた褐色美女は、ギルベルタという名前らしい。なんだか厳つい名前だ。まぁ、似合っているといえば似合ってはいるが……
しかし、こいつらの会話を聞いていると、なんともちぐはぐな気がするな。
「なぁ、エステラ。こっちのカタコト女子は領主の側近で、お前は領主だよな? なんで向こうは敬語じゃないんだ? なんか見た感じ、対等だぞ?」
「ギルベルタはルシアさんのお気に入りなんだ。だから、波風立てない方がいいんだよ。それに、ボクはそういうの気にしないし」
気にしないのも限度がある気がするが……誰に対してもフランクに接していると舐められかねないぞ。締めるところは締めなきゃ。
……とはいえ、「波風を立てない方がいい」か。
「……怖いのか、そのルシアってのは?」
「今、多少強引にでも君の口を塞ぎたくなったくらいには、ね」
「怖いのか」なんてことをおいそれと口にしちゃいけないくらいには怖い人物らしいな、三十五区の領主ってのは。
下手なことは言わないように気を付けよう。
そんなことを思いつつ、俺たちは促されるままに馬車を降りた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!