「う~ん! 快勝快勝!」
意気揚々と四十二区待機スペースへ戻ると……なんか、みんなが微妙な顔をしていた。
うん。とりあえず、全員目を逸らしているね。
うんうん。分かる。分かるよ。
「お、お兄ちゃんは頑張ったです! みんなのために、一勝を勝ち取って、第五試合に希望を繋げてくれたです!」
「そ、そう……だよな! いや、なんか……すごい試合だったからよぉ……うん、そうだ! ヤシロ、お疲れ!」
ロレッタが口火を切り、デリアがそれに賛同して、ようやく場の空気が少しだけ解れた。
ははは……ムリしなくていいのに。
「まっ! 俺にかかればこんなもんよ! はっはっはっ! チョロいチョロい!」
ワザと高慢に言って胸を張る。
いまだ引き攣った笑顔がチラホラと見える。
「あ~、しかし、リンゴは大量に食うもんじゃねぇな。悪い、ちょっとトイレ行ってくるわ」
……俺がいない方が、いい時だってあるだろう。
なんとか、五戦目までには気持ちを切り替えておいてくれよ。
待機スペースを離れ、俺は会場の出口へと向かう。
今から一時間くらい姿をくらませてりゃ、少しは空気もよくなるだろう。
なんだろうな。久しぶりだぜ、この感覚。
やっぱ俺って詐欺師なんだろうな。
……ふふ………………嫌われ者が板についてんじゃねぇか。
やっぱ、詐欺師なんて生き物は、こうでなきゃ…………
「待ってくださいっ!」
その声は悲痛で、必死で、ほんの少し泣きそうで……
俺は、思わず振り返ってしまった。
「リンゴですよ! これは、ただのリンゴです!」
ジネットが、ウサギさんリンゴとナイフを持って、観客の前に立っていた。
そして、おもむろにウサギの耳を……いや、リンゴの皮を全部、綺麗に剥いてしまった。
「ほら! リンゴです! ヤシロさんが食べたのは、このリンゴなんですよ!」
ジネットの手に握られているのは、綺麗に皮の剥かれた、ただのリンゴ。
「わたしだって、食べます。リンゴ、大好きですから!」
そう言って、リンゴを一口齧った。
シャクッという音が、やけにはっきりと鼓膜を震わせた。
「美味しいです。とても、美味しいリンゴですよ」
ジネットは、観客に向かってしゃべっている。
けれど……なんでだろうか…………その言葉は、俺の心の中にビシバシ届いて……なんか、喉の奥がギュッと締まる気がした。
「ジネット。私にも、その美味しそうなリンゴをくださいませんか?」
「シスター……はい。すぐにご用意しますね」
「ぁ……みりぃも、……たべたい」
「あ、ほな、ついでにウチももろとこかな」
「あたしも食べるです!」
「あたい、甘い物好きだからなぁ、ジャンジャン持ってきてくれ!」
「……マグダは……次の試合さえなければ全部食べ尽くすのに……」
「あんたは我慢するさね。アタシらで全部食べといてやるからさぁ」
「私もぉ、おひとつい~ぃ☆?」
「ちょっと、ネフェリー、皮剥くの手伝ってくれない?」
「もう、しょうがないなぁ、パウラは……くすっ。任せなさい!」
どんよりと停滞していた重い空気が、一気に動き始めた。
賑やかに、華やかに、女子たちがリンゴを囲んでわいわいと楽しそうな声を上げる。
「あ、はいはい! オイラ、実は皮剥きすっごい得意なんッスよ! 大工ッスから!」
「拙者も、彫刻家でござる故、少々腕に覚えがあるでござる」
「んなもん、俺なんか狩猟ギルドの支部を任されてる狩人だぜ? 皮を剥ぐなんざ、朝飯前だっつの!」
野郎どもも、なんだか分からない理由で盛り上がってやがる。
「ヤシロさぁ~ん!」
そして、ジネットが俺を呼ぶ。
いつもの声で。
いつもの笑顔で。
「どうですか? ヤシロさんもご一緒に!」
「……あぁ…………」
……くそ。ダメだ。
「食い過ぎて腹痛いから、トイレ行ってからなぁ~」
「はい! あ、では、手を綺麗に洗ってきてくださいね」
「へいへ~い!」
片手を上げ、ふらりと会場を後にする。
あんま、気ぃ遣うんじゃねぇよ……
「リンゴなんか、もう一切れだって食えるかよ…………」
胸がいっぱいだっつうの……
俺は、こんなやり方しか出来ない。
こういう方法でしか、目的を達成できないのだ。
カレーを作った時も、大会の初日も、俺らしさを欠いた結果、酷い目に遭った。
誰かを頼っちまった。
騙されるヤツがバカなんだと言いながら……他人を信用してしまった。
変わることなんか出来ない。
変われるわけがない。
みんなで楽しくわいわいと?
していいわけないだろ、詐欺師風情が……
でもまぁ……
「優勝するまでは、頑張らなきゃな…………『みんなで』」
胸に何かが支えて息苦しい。何かさっぱりした物が食べたい気分だった。
出来れば、――リンゴ以外の何かを。
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