異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

139話 第四試合 悪魔の咀嚼音 -4-

公開日時: 2021年2月16日(火) 20:01
文字数:1,856

「う~ん! 快勝快勝!」

 

 意気揚々と四十二区待機スペースへ戻ると……なんか、みんなが微妙な顔をしていた。

 うん。とりあえず、全員目を逸らしているね。

 うんうん。分かる。分かるよ。

 

「お、お兄ちゃんは頑張ったです! みんなのために、一勝を勝ち取って、第五試合に希望を繋げてくれたです!」

「そ、そう……だよな! いや、なんか……すごい試合だったからよぉ……うん、そうだ! ヤシロ、お疲れ!」

 

 ロレッタが口火を切り、デリアがそれに賛同して、ようやく場の空気が少しだけ解れた。

 ははは……ムリしなくていいのに。

 

「まっ! 俺にかかればこんなもんよ! はっはっはっ! チョロいチョロい!」

 

 ワザと高慢に言って胸を張る。

 いまだ引き攣った笑顔がチラホラと見える。

 

「あ~、しかし、リンゴは大量に食うもんじゃねぇな。悪い、ちょっとトイレ行ってくるわ」

 

 ……俺がいない方が、いい時だってあるだろう。

 なんとか、五戦目までには気持ちを切り替えておいてくれよ。

 

 待機スペースを離れ、俺は会場の出口へと向かう。

 今から一時間くらい姿をくらませてりゃ、少しは空気もよくなるだろう。

 

 なんだろうな。久しぶりだぜ、この感覚。

 

 やっぱ俺って詐欺師なんだろうな。

 ……ふふ………………嫌われ者が板についてんじゃねぇか。

 

 やっぱ、詐欺師なんて生き物は、こうでなきゃ…………

 

 

「待ってくださいっ!」

 

 

 その声は悲痛で、必死で、ほんの少し泣きそうで……

 俺は、思わず振り返ってしまった。

 

「リンゴですよ! これは、ただのリンゴです!」

 

 ジネットが、ウサギさんリンゴとナイフを持って、観客の前に立っていた。

 そして、おもむろにウサギの耳を……いや、リンゴの皮を全部、綺麗に剥いてしまった。

 

「ほら! リンゴです! ヤシロさんが食べたのは、このリンゴなんですよ!」

 

 ジネットの手に握られているのは、綺麗に皮の剥かれた、ただのリンゴ。

 

「わたしだって、食べます。リンゴ、大好きですから!」

 

 そう言って、リンゴを一口齧った。

 シャクッという音が、やけにはっきりと鼓膜を震わせた。

 

「美味しいです。とても、美味しいリンゴですよ」

 

 ジネットは、観客に向かってしゃべっている。

 けれど……なんでだろうか…………その言葉は、俺の心の中にビシバシ届いて……なんか、喉の奥がギュッと締まる気がした。

 

「ジネット。私にも、その美味しそうなリンゴをくださいませんか?」

「シスター……はい。すぐにご用意しますね」

「ぁ……みりぃも、……たべたい」

「あ、ほな、ついでにウチももろとこかな」

「あたしも食べるです!」

「あたい、甘い物好きだからなぁ、ジャンジャン持ってきてくれ!」

「……マグダは……次の試合さえなければ全部食べ尽くすのに……」

「あんたは我慢するさね。アタシらで全部食べといてやるからさぁ」

「私もぉ、おひとつい~ぃ☆?」

「ちょっと、ネフェリー、皮剥くの手伝ってくれない?」

「もう、しょうがないなぁ、パウラは……くすっ。任せなさい!」

 

 どんよりと停滞していた重い空気が、一気に動き始めた。

 賑やかに、華やかに、女子たちがリンゴを囲んでわいわいと楽しそうな声を上げる。

 

「あ、はいはい! オイラ、実は皮剥きすっごい得意なんッスよ! 大工ッスから!」

「拙者も、彫刻家でござる故、少々腕に覚えがあるでござる」

「んなもん、俺なんか狩猟ギルドの支部を任されてる狩人だぜ? 皮を剥ぐなんざ、朝飯前だっつの!」

 

 野郎どもも、なんだか分からない理由で盛り上がってやがる。

 

「ヤシロさぁ~ん!」

 

 そして、ジネットが俺を呼ぶ。

 いつもの声で。

 いつもの笑顔で。

 

「どうですか? ヤシロさんもご一緒に!」

「……あぁ…………」

 

 ……くそ。ダメだ。

 

「食い過ぎて腹痛いから、トイレ行ってからなぁ~」

「はい! あ、では、手を綺麗に洗ってきてくださいね」

「へいへ~い!」

 

 片手を上げ、ふらりと会場を後にする。

 

 

 あんま、気ぃ遣うんじゃねぇよ……

 

 

「リンゴなんか、もう一切れだって食えるかよ…………」

 

 

 胸がいっぱいだっつうの……

 

 

 俺は、こんなやり方しか出来ない。

 こういう方法でしか、目的を達成できないのだ。

 

 カレーを作った時も、大会の初日も、俺らしさを欠いた結果、酷い目に遭った。

 誰かを頼っちまった。

 騙されるヤツがバカなんだと言いながら……他人を信用してしまった。

 

 変わることなんか出来ない。

 変われるわけがない。

 

 みんなで楽しくわいわいと?

 

 していいわけないだろ、詐欺師風情が……

 

 

 

 でもまぁ……

 

 

 

「優勝するまでは、頑張らなきゃな…………『みんなで』」

 

 

 胸に何かがつかえて息苦しい。何かさっぱりした物が食べたい気分だった。

 出来れば、――リンゴ以外の何かを。

 

 

 

 

 

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