「は~び~え~る~♪」
「ぅおお、ヤベェ……風邪引いちまったかなぁ。すげぇ、寒気がしてきたわい」
俺が可愛らしく駆け寄ると、ハビエルは己の両腕を抱き身震いをした。……失敬な。こんなに可愛いのに、俺。
「あのねぇ~、やちろねぇ~、おねがいがあるのぉ~ぅ☆」
「ならまず、その気色悪いしゃべり方をやめてくれねぇか? 風邪が悪化して不治の病にかかっちまいそうだ」
「不治の病…………ハゲか?」
「ワシは大丈夫だよっ! アンブローズじゃあるまいし!」
「はっはっはっ、スチュアート。私はここにいるんだよ、発言には気を付けたまえよ」
デミリーが魔神のような笑顔でハビエルに詰め寄っていく。
「おい、ハビエル。あんま酷いこと言ってやるなよ」
「発端は君だよぉ、オオバ君~。いい加減、経済制裁かけちゃうぞ~?」
「デミリー、お前……そんなにエステラが憎いのか?」
「君だってばぁー!」
大人げなく、いい歳したオッサンが地団駄を踏む。やめろよ、埃が舞うから。
「ヤシロさん。いい加減本題に入ったらいかがですの?」
「いや、人が下手に出たらハビエルが酷いこと言うからよぉ」
「……さっきの、下手に出てたのか、ヤシロよぉ? つか、立場的に、ワシの方が格上だと思うんだが、そこんとこどうなってんだ、お前ん中でよぉ?」
細かいことをいちいち気にするハビエル。……やっぱり、デミリっちゃうのも時間の問題だろう。
俺は今、イメルダを伴って四十区の木こりギルドに来ている。
ハビエルに用があって来たのだが、なんでかその場にデミリーもいたのでついでに話をしておこうと思う。
「実はな、ハビエル。馬を貸してほしいんだ」
「馬、だと?」
「あれ、知らない? 首がにょ~んって長くてぱからんぱからんひひーんな生き物なんだが」
「知っとる! で、説明雑だな!? もっとあるだろう、馬の良さとか特徴とか!」
さすがは名馬主。馬には一方ならぬこだわりがあるようだ。
そう。
ハビエルの育てる馬は、貴族たちの間で相当高い評価を受けている名馬中の名馬なのだ。
馬力はもちろん、見た目の美しさも一級品なのだと聞く。
そいつを、パレードで盛大に使わせてもらいたい。と、いう相談に来たのだ。
「貸すっつってもなぁ……どれくらい必要なんだ?」
「二頭立ての馬車を五台だから……十二頭かな」
「多いな!?」
驚愕するハビエルの隣で、デミリーが首を傾げる。
「二頭立てが五台なら、十頭なんじゃないのかい?」
「前後に一頭ずつ、馬車に繋がないヤツを歩かせるんだ。普通に騎乗してな」
先頭の馬は先導。後方の馬は何かがあった時に対応するための、まぁボディーガード兼、故障馬の補充要員だ。
「それはまた、随分と豪勢なパレードだねぇ」
四十区の領主であるデミリーには、当然パレードの話は伝わっている。
けれど、その規模までは伝わっていなかったようだ。
「十二頭かぁ…………今、ウチにいるヤツを全部出せば足りなくはねぇが…………」
現在、ハビエルが育てている馬で、馬車を引けるほどしっかりと成長、調教されている馬は十五頭程度だとイメルダから聞いていた。つまり、限界まで貸してくれと言っているわけだ。
当然、パレードがあろうとも、ハビエル自身が使用する馬車の馬も確保しておかなければいけない。本当に、全部放出しろという無茶なお願いなのだ。
「そいつはちょっと難しいなぁ」
「結婚する二人の門出だぞ? 華やかにしてやりたいとは思わないのか?」
「そこまで負担してやるほど親しくもねぇからなぁ、ワシとその二人は」
まぁ、そう言うだろうな。
なにせ、ハビエルの馬は貴族と対等に渡り合える『交渉材料』にすらなり得るのだ。
下手なことをして怪我でもされたら大損してしまう。
慎重にもなるだろう。
とはいえ、ハビエルは懐の深い男だ。
他人とはいえ、知り合いを祝ってやることにやぶさかではないはずだし、『何かキッカケさえあれば』、惜しみなく力を貸してくれるだろう。
なので、その『キッカケ』を作りに……いや、けしかけに来たのだ。
「そこでだ、ハビエル! 俺と勝負しないか?」
「ほぅ……勝負か」
ハビエルの口元がにやりと歪む。
どうやら興味を引かれたようだ。
「大食い大会では、まんまとやられちまったからなぁ……いい機会だ、リベンジさせてもらおうか」
「……また、そんな昔のことを」
「うっせぃわい! あの日から、ワシが何度枕を濡らしたことか……っ!」
「よだれか?」
「鼻水ですわ」
「悔し涙じゃい!」
嘘吐けよ。
負けた直後は、「一杯食わされたぜぇ、がっはっはっ」って、さっぱりした顔してたじゃねぇか。
……まぁ、あの時は、ちょっと俺の方がいろいろあって長話とか出来ない状況だったけどな。
「ヤシロとの勝負は、こう、わくわくするんだよな。いいだろう、受けてやる!」
なんか、いつも以上に筋肉を盛り上げて、満面の笑みを向けてくるオッサンが俺の目の前にいる。……怖い怖い。
「それで、どんな勝負なんだい、オオバ君?」
デミリーも興味を引かれたのか、身を乗り出してくる。
俺は、事情を知っているイメルダと視線を交わし、二人のオッサンとの交渉を開始する。
「イメルダが百年に一度と言われる素晴らしい木材を手に入れたのは知ってるな?」
「う……っ。あぁ、オースティンとゼノビオスが張り切ったようだな……ったく、アイツら、イメルダのこととなると必死になりおって……ワシがどれだけ目をかけてやったか……ぶつぶつ」
どうやら、その素晴らしい木材を本部ではなく支部に持っていかれたのが悔しいらしい。
最高の木材を本部で取ってから移籍しろとでも言いたいのだろう。
「四十二区の街門はまだ出来て間もない。外の森には、まだまだお宝が眠っている可能性が高い」
「あぁ、そうだな。ワシもそう思ってな、本部からも積極的に四十二区の門へ木こりを派遣している」
「おかげで、四十区の入門税は減ったよねぇ……」
「何言ってんだよ、デミリー。その代わり、街道の開通とフードコートの充実で、全体的な税収は倍増してるって聞いたぞ」
「はっはっはっ! さすがオオバ君だ。耳が早いね。いや~、実はまったくもってその通りなんだよねぇ!」
ったく、タヌキおやじが。
四十二区の街門は、現在ちょっとした話題になっている。
仕事に使えるかと、試しに通りに来るヤツらが結構いて、通過点になる四十区、四十一区にも利益は生まれている。
宿場町になった四十一区なんか、うはうは状態だ。今度リカルドに飯でも奢らせよう。
「でだ」
話を戻す。
「その四十二区の門を通って、外の森へ行くんだ。馬車に使う木材が必要なんでな、そいつを用意してもらう。もちろん、より品質のいい木材を用意できた方の勝ちだ」
ここにデミリーがいてくれてよかった。
木こりギルドを担ぎ上げて勝負をするなんてことになったら、四十区の財政にも少なからず影響が出るだろう。
しかも、今回使用するのは四十二区の街門だ。
街門を持つ四十区としては、手放しで歓迎できる話ではない。
ちらりとデミリーを窺うと、穏やかな笑みで頷きをくれた。
問題ないということだろう。
むしろ、一枚噛みたそうな顔ですらある。
だが。
ハビエルは違った。
その顔に浮かんでいるのは…………迫力満点の鬼のような笑み。
戦に向かう武士のような鋭い眼光を伴った、プロの顔つきだった。
「ほほぅ……ワシと木こりの仕事で勝負しようってのか? ちぃと無謀過ぎるんじゃねぇのか、えぇ、ヤシロよぉ?」
木こりギルドのギルド長。伝説級のバケモノと呼ばれ、あのメドラと並び称された自他ともに認めるナンバーワンの木こり。
そのハビエルに、木こりの仕事で勝負を挑む。
無謀という言葉を通り越して、失礼にすら値することだろう。
だからこそ、そこに活路を見出せる。
「もちろん、ハンデはもらうさ」
正攻法では100%勝てない。
なので、裏技を使う。
「事前に、木こりギルド四十二区支部の全面協力を取り付けた」
「ほぅ……イメルダがそっちに付くのか」
「えぇ。容赦は致しませんわよ、お父様」
「ふはははっ! 面白い冗談だ、イメルダ!」
イメルダの挑発的な視線を豪快に笑い飛ばす。
ハビエルにしてみれば、手加減しても勝利は揺るがない。それくらいの自信があるのだ。
「もちろん、オースティンとゼノビオスも使わせてもらう。……どうだ、ハビエル?」
「ワシも舐められたものよなぁ…………あんな小童二人っ、まとめてかかってきても相手にすらならんわっ!」
いまだ現役。
すなわち最強。
俺の目の前にいるのは、性格と性癖が壊滅的に残念ではあるが、史上最強の木こりなのだ。
ハビエルの放つ自信に満ち溢れたオーラも、伊達ではない。
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